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第27話:完成

『……来て』


 一糸まとわぬ姿でベッドに寝そべり、俺を誘惑するように両手が差し出される。

 その言葉に、抗うことができる男なんて存在するのだろうか。

 いや、いない。


 脳の回路が焼ききれそうなくらいの熱が全身を駆け巡る。

 差し出された手を取り、ベッドの上へと導かれる。

 薄暗い部屋の中、安物のベッドがギシッと軋む音がやけに大きく響いた。


『んっ……』


 彼女の上に覆いかぶさると、その薄紅色の唇からか細い空気が漏れる。

 シャワーの後の湿った空気と、白い素肌から発せられる甘い香りが混じり合う。

 その甘美な匂いは男の理性を麻痺させるのには十分だった。

 両手を躊躇なく、素肌の感触を確かめるように這わせていく。


『大丈夫……続けて……』


 潤んだ瞳で自らの身体を貪る者を見上げながら、彼女は懇願するように言う。

 その表情は純真無垢な少女の様であり、また男の邪心を擽る魔女のようでもあった。

 心の真ん中に居座る罪悪感すらも、それを前にすれば欲望を昂らせる材料に過ぎない。

 倒錯がさらなる獣性を呼び起こし、その身体を無我夢中で貪らせる。


『あっ……もっと、もっと……めちゃくちゃにして……』


 互いが互いを求めるままに、身体と心を交錯させていく。

 もはやそこに理性など欠片も残されていない。

 あるのはただ、倒錯的な快楽に身も心も焦がされた二匹の獣だけ。


『やっ、だめっ……あっ、ッッ~~~!!』


 シーツを掴む指先に力が籠もり、彼女が背中を弓なりにしならせる。

 それでも止まることなく、俺は白河をただひたすらに、本能の赴くままに犯し続けた。


 ……もちろん、それは現実世界の出来事じゃない。

 タブレットの画面上にペンを走らせ、電子のキャンバスに描き出したものだ。


「……意気地なし」


 隣で身体にぶかぶかのシャツを着た白川が不満げに言う。


「意気地なしで結構。それに、同情するなって言ったのはお前だろ? あの状況であんな要望を飲むなんて、同情以外の何でもないだろ」


 図星をついてしまったのか、隣でムスっと頬を膨らまされる。


「そんなのより……お前に、本当に必要なのはこっちだろ?」


 俺がペンで指し示したのは、完成間近の原稿。

 俺たちの歪んだ関係の、唯一にして正当な成果物。


「まあ、そうかも……。それにこれまでエロマンガを読みすぎたせいで、実際に体験してみたら『こんなもんか……』ってガッカリしそうだったし、これで良かったのかも」

「なんだよ、それ。俺が下手みたいじゃねーか」

「下手でしょ。童貞なんだから。テクニシャンの童貞なんて、それこそ催眠アプリと同レベルのエロマンガファンタジーでしょ」


 すっかりと、『らしさ』を取り戻した姿に自然と苦笑が溢れる。


「そんなファンタジーに焦がれてるやつが何言ってんだか」

「私はファンタジーをファンタジーとして楽しんでるだけだから。真岡くんみたいな女子に幻想を抱きすぎてるユニコーン系男子とは違うの」

「人を勝手に処女厨にするな。てか、お前って……そういう自分がかなりのエロマンガファンタジー的な存在な自覚がないのか?」

「どういうこと?」

「さて、どういうことだろうな」


 下らない話をしながらキャンバスの上に線を一本、また一本と引く。

 その度に白河真白の存在そのものを転写したキャラクターは、画面の中で抑圧されてきた自らの欲を開放していく。


 俺は、俺たちの全てをこの数ページに叩きつけた。

 痛みも、孤独も、欲望も、後悔も。

 互いの醜さを認めあった瞬間に生まれた名前のない感情も、全て。


 当の本人は俺の隣に座り、次第に完成していく作品をただジッと見ていた。

 その内心がどうだったのかは分からないし、もう詮索するつもりもない。

 ただ、作品が完成した時に初めてその口から素直な『ありがとう』という言葉を聞いた。


 そうして、俺と白河の長いようで短かった共同作業は幕を下ろした。

 まだまだ続く人生で、この経験が互いにとっての『一箱のタバコ』になることを願おう。

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