第20話:嫉妬
土日は何事もなく終わり、週明けの月曜日――
「真白ー! お昼ご飯一緒に食べよー!」
俺の彼女が、白河を下の名前で呼び捨てにするようになっていた。
「あれ? 大和、どしたの? 変な顔して……」
横を通り過ぎようとした聖奈が、俺の動揺に気づいたのか足を止めた。
パラレルワールドに来たのか、それとも俺の記憶が飛んでしまったのか。
まるで1巻飛ばして漫画を読んだような感覚になってしまっている。
「い、いや……白河さんのこと、名前で呼んでたから……」
「あー、それね! 実は昨日の日曜日、二人で買い物に行ったんだよね」
「か、買い物……?」
「うん、なんかPINEで真白が服とかあんまり持ってないって話になって。それなら私が選んであげるから買いに行こうって感じに。そこで仲良くなったから『真白って呼んでいい?』って聞いたら、『好きにすれば』ってOKもらったから」
「へ、へぇ……」
「でも、向こうはまだ私のことを名前で呼んでくれないんだよね~……」
金曜日に初めて連絡先を交換して、関係性が一足飛びに進んでいる恐怖。
まるでサスペンス映画の一幕にあるような、日常の中で家族が人質に取られているのを仄めかされるシーンを体験しているような気分になる。
「けど真白って背も高くてスタイルいいのに、本人は全く頓着してなかったみたいだから服の選び甲斐がすっごくあったんだよね~」
「あ~……確かに」
「それで色んなお店を回ったせいで、もう今日はクタクタ……」
「そ、そっか……ところで、ちょっと聞きたいんだけど……」
肩を落として疲労を表現する聖奈に
「ん? 何?」
「その……昨日、俺のことは何か言ってたりした?」
こんなことを聞いても逆に怪しまれるだけだろ。
そう思いながらも、何故か口が勝手に動いてしまった。
「え? 大和のこと? ん~……特に何も言ってなかったと思うけど……なんで?」
「いや、特に何かあるわけじゃないんだけど……なんとなく……」
「ふ~ん……あっ、真白~! 待ってよ~!」
俺の曖昧な答えを一瞬訝しむ素振りを見せるも、すぐに白河の方へと駆け寄っていく。
「私、一人で食べる方が好きなんだけど」
「まあ、そう言わないで一緒に食べようよ。私のおかず、分けてあげるから」
食い下がる聖奈と、煙たがりながらも以前のように強くは拒絶しない白河。
教室から出ていくその後ろ姿は、友達のそれにしか見えない。
聖奈の想いが遂に実を結んで孤立していた同級生の心を氷解させた……と言えば聞こえは良いが、俺にとっては大きな不安材料が増えたに他ならなかった。
***
「一体、どういうつもりなんだ?」
その日の放課後、俺は社会科準備室で白河の行動を問い詰めることにした。
「どういうことって、何が?」
視線は手元のノートに落としたまま、逆にその意味を尋ねられる。
「とぼけるなよ。なんで急に、あれとは関係のないところで俺に近づいてきてる?」
「近づいてきてるって……それはこっちの台詞なんだけど。しつこく誘ってくるのは君の彼女の方なんだから」
「いや、まあ……それはそうなんだけど……」
それを言われると、あっという間に答えに窮してしまった。
「嫌なら断ればよかっただろ。前までみたいに」
「そんなの私の勝手でしょ」
「勝手って……あれがバレたら困るのはお前も一緒だろ」
こいつ相手に遠回しな忠告は意味がないと、真正面からはっきりと言う。
バレたら俺が困るのはもちろんのこと、こいつにだって問題がないわけじゃない。
ある種の不貞行為の当事者として、今以上の好奇の目に晒されるだろう。
人目を気にしてないとはいえ、進路や日常にも影響が出るのは流石に困るはずだ。
「それに……あのことについて黙ってたのもそうだ」
「あのこと?」
「歌と……父親のことだよ。お前の……キャラクターのパーソナリティに関わる大事なことだろ。なのにお前、そんなことは一言も言わなかったよな? 最高の作品を作りたいとか自分から言ってたのは口だけか?」
一口に喋りすぎて少し荒くなった呼吸を整える。
ここでようやく俺は、自分がひどく余計なことを言ってしまったことに気がついた。
これじゃまるで何も知らなかったのに疎外感を感じて、拗ねてるみたいじゃないかと。
「……悪い。余計な詮索は無しだった」
「別に、言ってることはもっともなところもあるし」
怒ってもよさそうなところを軽くいなされて、逆にばつが悪くなる。
「でも、言わなかったのは別に言いたくなかったわけじゃない。あの時にも言ったけど、私からすればもう十年前……記憶もあやふやな子供時代のこと。元々、仕事人間で家族を禄に顧みなかった父親が他所で若い女を作って出ていったってだけの話だし」
「だけって……お前……」
「歌についても一緒。人前で歌ったことなんて一度もなかったから上手い下手なんて知らなかっただけ……それだけ」
俺にではなく、自分の言葉に怒っているように少し語気を強めて言われる。
「もし、それが作品作りに活かせるっていうなら好きにして。話はそれだけなら私はもう帰るから」
「ま、待てよ……!」
俺の横をすり抜けようとした白河の腕を掴む。
初めて自分から能動的に接したその身体は、普段の態度が嘘のようにか弱かった。
少し力を込めれば折れてしまいそうなそれに異性を感じてしまっていると、立ち止まった白川が俺の顔を見ているのに気がついた。
「聖奈と仲良くするのは構わないけど……俺たちのことは絶対に話すなよ」
「何? 私が西園寺さんにバラすと思ってたからそんなに慌ててたの?」
「そこまでは思ってないけど……」
「心配しなくてもそこまで愚かじゃないし、余計なリスクを背負うつもりもない」
「だったらなんで――」
「単に、一度カラオケに行ってみたかっただけ」
「へ?」
白河らしからぬ言葉に、変な声が出てしまう。
「体験として一度行ってみるのも悪くないかなって思っただけ。本当にカメラがついてるのかも確認しておきたかったし。まあ、ついてなかったんだけど」
「あ、ああ……そう……」
「それにほら、ああいうシチュエーションってエロマンガなら机の下で色々としたりするでしょ? 流石にしなかったけど」
「いちいち俺に聞いてくるなよ……」
でも、分かってしまう自分が嫌だった。
「あと服を買いに行ったのもただの気まぐれ。相手は西園寺さんじゃなくても良かったし、ただ暇を持て余してただけ。それでも問題ある?」
「まあ……それなら……別にお前のプライベートに口出ししたいと思ってるわけじゃないし……」
「そう。てっきり、私に西園寺さんを取られたと思って嫉妬してるのかと。あっ、そういう場合も寝取られっていうのかな? 最近、流行ってるよね。寝取られも」
「お前な……」
「もう用は済んだ? だったら、そろそろ帰りたいんだけど」
「え? あ、ああ……悪い……」
掴んでいた手を離すと、白河は何事もなかったかのように部屋から出ていく。
四階の静かな部屋に一人取り残されると、時間が止まったような気分になる。
しばらくすると、まだ別の感情がカーっと熱のように身体の芯から湧き上がってきた。
「あ~~~~~~~……何やってんだ俺は……」
地面にしゃがみ込み、頭を抱えて湧き上がる感情に悶える。
こんなダサい姿、他の誰にも絶対に見られたくない。




