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第17話:雌雄を決する戦い

「ダメだな……」


 今しがた、出来上がったばかりの1ページを見て呟く。

 画面に映っているのは、虚山(うろやま)が初めて自分の意思で黒羽(くろは)を押し倒す。

 そんな山場の一つ手前、彼女が持ち前の魔性で彼を誘惑する大ゴマの場面だ。


「確かにダメね」


 横から画面を覗き込んできた白河も全く同じ感想を呟いた。


「具体的にどこがダメだと思う?」

「それを考えるのは私の仕事じゃないし」

「お前はいつもそれだな……ダメ出しするだけで……」


 何か助言のようなことを言うでもなく、そそくさとソファに戻った白河に愚痴る。

 とはいえ、ダメだと思っているのは俺も同じなので直さないといけない。

 ペンを握り直して、再びタブレットの画面と向かい合う。


 主人公の虚山が、自分の立場と秤にかけても勝るような劣情。

 それを想起させる黒羽の魅力をどういう形で描き出すべきなのか……。

 何度か細かい修正を重ねてみるが、なかなか納得いく仕上がりにはならない。

 むしろドツボにはまって、より悪化しているようにさえ思えてきた。


「なあ」

「何?」


 呼びかけると、すぐに返事をしてくれる。


「意見は要らないから代わりに何かインスピレーションをくれよ」

「もう少し具体的に言ってくれないと、何をどうすればいいのか分からないんだけど」

「なんか……こう……男を落とすのに、どう誘惑するか……とか、俺には分からない女子ならではの視点があるだろ? 言葉とか所作とか……」


 こいつに女子ならではの視点を求めるのは多分間違ってる。

 けど、現状を打開するには頭の中を掻き混ぜるための刺激が何か一つ欲しかった。


「じゃあ、もしもお前が男を誘惑するってなったら……どんな感じでする?」


 俺の質問に、白河は分かりやすく顎に手を当てて思案しはじめた。

 しかし一分、二分、三分、四分……十分経っても答えが返って来ない。


「そこまで考えても出てこないもんなのか?」

「仕方ないでしょ。処女なんだから」


 何故か怒り気味に、強めのカミングアウトで反論される。


「それ、偉そうに言うことか……?」

「当然、偉いに決まってるでしょ。処女は童貞と違って価値があるんだから。まさか、真岡くんともあろう者がそんなことも知らずに、私に擦りに擦られまくった不落城の例え話をさせる気?」

「いやまあ……世間的にはそうなんだろうけど……」


 まあ最近は非処女ヒロインも一部では人気だけど……。

 ただ、それも王道に対するカウンター的な意味合いが強いから付随するテーマがないならわざわざリスクを取ってズラす必要もないよな……とか考えてしまう。


「じゃあ、この勝負は私の勝ちってことで」

「……いや、白河真白ともあろう者が、まさかその程度の認識で止まってるとはな」

「何が言いたいの?」


 俺の煽りに、白河が少しムッとした表情を作る。

 このまま適当に勝ち誇らせておいた方が良かったのかもしれないが、今日はなんとなくこいつを言い負かしたいという欲求が鎌首をもたげてきた。


「俺くらいのイケメンだと童貞にも価値が付く」

「うっわぁ……もはや取り返しのつかないレベルのナルシストがいる……」


 俺が繰り出した渾身の理屈に、白河が全身を使って『ドン引き』の言葉を表現する。


「はっ、なんとでも言えばいい。実際、最近は女性用風俗とかでイケメン童貞需要は高まってるのは事実らしいからな。男も清純派の時代なんだよ」


 こんな下世話な会話、他の誰とも絶対にできない。

 だからなのか、今のこの空間には妙な居心地の良さを感じていた。


「ふぅ……どうやら、貴方とはいずれ雌雄を決さなければならないようね……。あっ、この流れで雌雄を決するとか言っちゃうと変な意味に聞こえちゃうけど、決してそういう意味じゃないから勘違いしないように」

「何を言ってんだ、お前は」

「ちなみに知ってる? ヒラムシって呼ばれる扁形動物はオスメスの区別がない両性具有で、決闘をして負けた方がメス役になって勝者に孕ませられるんだって。文字通り雌雄を決する戦いなんて面白くない?」

「だから何の話だよ、まじで……」


 突然のカミングアウトからの意味不明な持論展開。

 もしかして、今になって恥ずかしくなったのを照れ隠ししているんだろうか。

 そんな素顔の部分に妙な形で触れてしまったせいか、ふと悪戯心が湧いてきた。


「ん……待てよ……そういうことなら……」

「どうかした?」

「いや、原稿に使えそうな良さげなアイディアを思いついたというか……。ちょっと、そこに座ってくれないか?」

「いいけどけど、何するの……?」


 備え付けのベッドを指差すと、『原稿のため』と言われたからか素直に従う白河。

 ベッドの縁に座ると、怪訝そうに見つめてくる。

 視線を受けながらペンをテーブルの上に置いて、白河の隣まで移動する。


「……で、何?」


 拳二つ分くらいの隙間を空けて並ぶと、隣から更に訝しげな視線を向けられる。


「今描いてる場面で、虚山は初めて自分の意思で黒羽を求めるわけだろ?」

「そうね。だから、虚山が何を思って事に及んだのか。読者の共感を得るために、直前の黒羽をどう描くかが大事ってこと」

「もちろん、そこも大事だけど……もう一つ重要な描写があると思わないか?」

「もう一つ重要な描写……? それって、な――」


 正解が思い当たらなかったのか、白河が疑問の言葉と共に振り返る。

 その瞬間、俺は白河の両肩に手を置いて、一気にベッドの上に押し倒した。


「初めて受けに回った黒羽の反応も必要だと思わないか?」


 想像以上にか弱かった身体を上から見下ろして言う。

 この時の俺はまだ、ただ悪戯が上手く成功した充足感だけを覚えていた。


「どうだ? 驚いたか? いつもやられてる仕返――」


 しかし、俺の勝ち誇った言葉は途中で途切れてしまった。

 俺の目の前には、想像していたのとは全く違う状況が広がっていたからだ。


 白いシーツの上に、墨を流したように広がる黒い髪。

 シャツ越しにも存在感を放つ、重力に逆らった二つの大きな膨らみ。

 いつも俺を射抜くように見つめてくる強い光を宿した瞳は、今はただ驚きに見開かれ、行き場を失ったように揺れている。


 薄く開かれた唇からは、抗議の声も、いつもの皮肉も聞こえてこない。

 ただ、微かに乱れた呼吸の音だけが、やけに生々しく耳に届いた。

 まるで時間が止まってしまったんじゃないかという心地に陥る。


 いやいや、お前はこんな反応をするタイプじゃないだろ……。

 もっと憎まれ口を叩いて、これでもかと舌戦で仕返ししてくるような女だ。

 こんな普通の年頃の女子っぽい……純な反応をするわけが……。


 それを認識した途端に、今のこの状態がジワジワと別の意味を持ち始めた。


「……で、何?」


 しばらく経った後、白河がようやく口を開いた。

 その声はいつもの抑揚のないものではなく、微かに震えていた。


「い、いや……ちょっとした悪戯のつもりだったんだけど……」


 お前が意外な反応を見せたせいで固まってしまった……とまでは言えなかった。


「そう。じゃあ、もう満足した? そろそろ退いて欲しいんだけど」

「あ、ああ……悪い……」


 両手をついて覆いかぶさっていた状態から横に退く。

 白河は一拍空けてから身体を起こすと、服と髪を整えてソファの方へと戻った。

 その時に俺が顔を見れなかったのは当然としても、何故か向こうも少し余所余所しかったように思う。

 感情と一部身体の変調が収まるのを待ってから俺も元の場所へと戻る。


 椅子に座って、タブレットを手に取る。

 さっきまでは何がダメなのか分からなかった原稿のページを一旦白紙に戻す。


 最初の一本の線を引くと、詰まっていたのが嘘のように軽やかに筆が進んだ。

 主人公の虚山が一線を超えるとすれば、それはきっと彼女の普段とは全く違う顔を見てしまった瞬間に違いないだろうと。

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