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第15話:刺激的な非日常 前編

「た、試すって……? 俺と……お前が……?」


 俺の口から漏れ出たのは、我ながら情けないくらいに上擦った声だった。

 試す? エロマンガの何を? どうやって?

 色んな行為が頭の中でぐるぐると駆け巡り、血流と共に全身に運ばれていく。


「もちろん。他に誰がいる?」


 俺とは真逆の余裕な態度の白河が、自分のブラウスに手をかける。

 何の躊躇もなく、上から一つずつボタンが外されていく。


「ちょ、待てって……! まじでバレたらどうするんだよ……!」

「大丈夫。放課後にこんなところに来る人なんてほとんどいないから」

「ほとんどってことはたまには来るんだろ……!?」

「その時はその時。なんなら実際に窮地に陥るくらいの緊張感を体験できた方が、より作品の完成度を高められるかもしれないし」

「エロマンガにそこまでのリアリティなんて必要ないっての……!」

「そう? 私は必要だと思うけど」


 ああ言えば、こう言われる不毛な水掛け論。

 分かるのは向こうに止める気は微塵もないということだけ。


 既に半分のボタンが外されて、服で押さえつけていた胸が真の姿を半分露わにしている。

 学校用なのか、昨日と違って非常にシンプルなデザインの下着。

 その簡素さが逆に、制服と合わさって年齢相応のエロさを醸し出している。


 ……って、そんなことを考えてる場合じゃない。

 今はこいつをどう止めるかだ。

 これまでは頭のネジの一本か二本が外れてるやつだと思ってたけど、その程度じゃない。

 十本、いや百本は外れてる。

 そうじゃなければ、学校でそんなことをしようなんて考えもしない。

 いや、そもそも学校だからとかそういう理由じゃない。

 だって、俺には――


「俺には聖奈がいるんだよ!!」


 四階の窓から地上にまで響きそうな大声を張り上げた。

 やってしまった……と思うよりも先に、ポカンとした表情を浮かべる白河が目に入った。

 ブラウスのボタンを四つ目まで外したところで、手も完全に停止している。


「だから、その……前にも言ったけど聖奈を裏切るようなことはできないし……そもそも、初めてはお互い好き合ってる相手とするべきだろ……!?」


 勢いに任せて、何か余計なことを色々とぶち撒けてしまった気がする。

 込み上げてきた種々の感情を誤魔化すために、視線を机の上に落とす。


 白河はまだ何の動きも見せていない。

 もしかして、これもまた全てこいつの手のひらの上だったんじゃないか?

 これでまた変な弱みを握られていいように使われたりして……。

 顔を上げると、いつのもあの『してやったり』な笑みを浮かべているかも。

 そんなことを考えながら恐る恐る顔を上げると――


「何言ってるの……?」


 白河は心底不可解そうな表情を浮かべたまま、呆然と立ち尽くしていた。

 ただでさえ噛み合っていない俺たちだけど、今は輪をかけて噛み合っていない。


「いや、だからお前が……その……作中の二人と一緒のことをするって……」

「私、全く同じことをするなんて一言も言ってないけど」

「え?」

「常識的に考えて、こんなところでそこまでするわけなくない?」


 今まさに非常識なことをしてる奴から常識を諭された。


「いや、でも試すって……」

「あくまで学校で背徳的な行為に浸るという体験を通して、二人の感情をより深く理解しましょうってこと。作品のために」

「……つまり?」

「君が、今ここで、私をモデルに、エロマンガを描く。それだけ」


 一言ずつ区切りながら非常に簡潔且つ明瞭に説明してくれた。

 どうやら俺は一人で先走って、とんでもない勘違いをしていたらしい。


「いつも使ってるタブレットは?」

「一応、持って来ては……いるけど……」


 なんで持って来てるんだ、俺は。

 まるで白河がこう言い出すのを分かってたみたいじゃないか。


「そう。じゃあ、早速――」

「ちょっ! 待て待て待て! そもそもそれでもダメだろ!!」


 白河がブラウスのボタンに再び手をかけたところで制止する。


「どうして?」

「どうしても何も当たり前だろ。もしバレたら最低でも停学だぞ?」


 いくら俺たちが優等生とはいえ、最低でも謹慎か停学は免れないだろう。

 何よりも人の口に戸は立てられない。

 俺と白河が放課後の教室で何かいかがわしいことをしていたという噂は瞬く間に広がり、学籍なんかよりももっと大事なものを多く失ってしまう。


「でも、真に完璧な作品を生み出すには実体験に基づくリアリティが必要だと思わない?」

「思わないね。リアリティがあるに越したことはないけど、世の中にある全ての名作が実体験に基づいているわけじゃない。そもそも、傑作を生み出すのに実体験が必要だっていうなら俺が童貞の時点で無理だろ」


 どうせバレているなら潔く持論の補強に利用してやる。

 流石の白河も、否定すれば持論を否定することになるから反論できないだろう。


「それはそれ、これはこれ」


 無敵かよ、こいつ。


「それに、エロマンガは歪んだリビドーを持つ童貞の方が良い作品を描くとも言われてるし。例えば、昭和の時代には某お色気マンガの金字塔を描いた大先生の童貞を守る会が存在したなんて言う嘘か本当か分からない話もあったりね」

「どうでもいいし、俺は絶対にやらないからな」


 断固として拒絶の意思を示すと、困ったように溜め息を吐き出される。

 本当にそうしたいのは俺の方だ。


「じゃあ、折衷案」

「折衷案?」

「そう。上か下か、半分だけ脱ぐってのはどう?」

「やっぱり、お前が単に脱ぎたいだけだろ?」

「心外。また人を露出狂みたいに」


 思ったことを率直に告げると、ムッと子供が怒ったような表情をされる。


「心外も何も、事実その通りだろ。レンタルルームならまだしも学校でなんて」

「いい? 真岡くん。私は露出がしたいわけじゃない。ただ至高の作品のためにこの身体を捧げてるだけ。言うなれば……そう、殉教者」

「もう帰っていいか?」

「放置プレイってこと? それは悪くないかも」


 真剣に頭が痛くなってきた。

 ただ、俺がここで帰れば本当にやりかねない怖さがこいつにはある。

 進むも地獄、戻るも地獄。

 だとすれば、自分の目の届く範囲にいてもらう方がまだましか……。


「……分かった。じゃあ、脱ぐなら下にしろ」

「真岡くんの趣味はそっち?」

「違う。そっちなら窓の外から見られても大丈夫だし、もしも誰かが入ってきた時も椅子に座れば机で隠れるだろ」

「そういうこと。まあ私としてはどっちでもいいんだけど」


 途中まで開けたブラウスのボタンを一つずつ付け直していく白河。

 その間に俺は、もしもの時に備えて入口の鍵を内側から閉めておく。

 錆びて重くなった鍵を回して、しっかりとロックされているのを確認する。


「……よし」

「こっちも準備できたけど?」


 声に反応して振り返ると、スカートを脱いで準備万端の白河が立っていた。


「念願の学校で露出できた気分はどうだ?」

「流石にちょっとドキドキしてる……」


 少し興奮しているような声色で言いながら窓辺へと歩いていく。


「おい……窓の外から見えないように気をつけろよ……」

「大丈夫。ここよりも高い屋上に誰かがいるか……もしくは望遠レンズで進学校の旧校舎を眺めるのが趣味の変態が近隣に生息してない限りは見えないでしょ」


 窓に手を置いて、裏庭を見下ろす白河。

 地上では部活中の一年生が基礎練のランニングをしている姿が見える。


「まさか私たちがこんなことをしてるなんて思ってもいないでしょうね」

「そりゃそうだろ」


 みんな地上を走るのに必死で、旧校舎の四階を見上げたりなんかしない。

 ましてや上級生がそこで背徳的な行為をしているなんて考えもしないだろう。


「じゃあ、さっさと描いて終わらせるからその辺に座れよ」

「……こんな感じ?」

「そう。そのままじっとしてろ」


 これ以上、余計なことをしないように指示を出すとすんなり従う。

 作品作りに関することなら従順なのは良いのか悪いのか……。


 とにかく、やると言ってしまった以上はやらないとこいつは満足しない。

 鞄からタブレットを取り出して、その姿を白いキャンバスに描き出していく。


 放課後の教室。夕暮れの赤い光。二人きりの空間。

 そして、目の前には下着姿のクラスメイト。

 その一つ一つが俺の倫理観を麻痺させ、ペンを握る手には自然と力が籠もる。

 さっきは過度のリアリティは必要ないと答えたが、この背徳感が俺の創作意欲を刺激しているのを認めざるを得なかった。


「……やっぱり、上も少し開けた方がよさそうかもな」

「上も? こんな感じでいい?」


 今更、服を多少開けさせることくらいは誤差程度の違いしかない。

 そう思って、別に欲しくなった構図のための指示を出すと白河は素直に従う。

 指示通りに、ブラウスのボタンが上から一つずつ開けられていく。


「そう。そんな感じで……もうちょい右の方を向いて、腰を浅くかけて……いや、俺が移動した方がいいか」


 気がつくと、この状況を受け入れ、ともすれば楽しんでいる自分がいることに気がつく。

 こいつと過ごしていると、自分の本当の魂がどこにあるのかを時折見失ってしまう。

 しかし眼の前のそれにばかり気を取られていた俺たちは、もう一つの大事な視点を忘れてしまっていた。

 万が一、今この部屋に誰かが入ってきたら人生が終わってしまうということを。


「そう。それで机の上に寝転びながら目線はこっちに――」

「あれ? なんで鍵、閉まってるんだろう……?」


 そんな声と同時に、後ろからドアを開けようとする音が響いてきた。

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