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第13話:脱がせる男

「どうかしたの? 人の顔をジッと見て」

「いや、なんでもない。ちょっと描く前に観察してただけだよ……」


 白河から逸らした視線をタブレットに向け直す。

 ペンを握って、完成させたキャラデザの隣に新しくラフを描き始める。

 サッとラフを描き終えて、今度は新しいレイヤーに下描きを描いていく。

 元のキャラデザと同じポーズで、服だけを脱がす。


 大丈夫。本物を見なくても類推して描くことはできる。

 これまでもずっとそうやってきたんだから大丈夫だ。

 身長に体重、スリーサイズと必要な情報は揃っている。


 そうして、一時間もしない内に下描きを描き終えることができた。


「もうできたの?」


 手を止めた俺を見て、白河が尋ねてくる。


「……いや、ちょっと全体のバランスを確認してただけ」

「そう」


 ……全然ダメだ。


 完成した下着姿のキャラを見て、愕然としてしまう。

 文字通り、ただ脱がせただけで内なる魅力が何も滲み出ていない。


 端的に言えば、全然エロくない。

 こんなものを見せれば、また『全然ダメ』とコンマ一秒でリテイクさせられる。


 ペンを握り直し、もう一度ラフから描き直していく。

 しかし、何度描き直しても納得のいくものは出来なかった。

 そうして時間だけが過ぎていき、あっという間に昼前になってしまう。


「進捗どうですか?」


 いくら経っても動きのない俺に痺れを切らしたのか、白河が皮肉げに尋ねてくる。


「……まあまあだな」

「ふ~ん……じゃあ、そろそろ成果が見られるのかな」


 俺の心の内を分かっていてか、少し挑発気味に言われる。

 このまま何度描き直しても良い結果にならないのは分かっていた。

 

 そして、何故そうなるのか原因も薄々と理解していた。

 俺は一度、本物の白河の身体を見てしまっているからだと。


 何とも思っていなかった女子の制服の下から出てきたあの肉々しい双丘。

 そして、普段とは全く違う表情から出てくる蠱惑的な所作。

 それはいくら文字情報から描き起こしたところで再現できるようなものじゃない。


「また観察?」


 またジッと見ていたのを訝しまれる。


 するべきことは簡単だ。

 ただ、先刻制定したばかりのルールを行使すればいいだけ。

 そうすれば、こいつは作品のために脱ぐことを厭わないだろう。


「見るのはいいけど。そんな睨みつけるように見られたらちょっと怖いんだけど」


 でも、こいつに頭を下げるような真似をするのは何か気に食わない。

 それに一度でも主導権を渡してしまえば、そこにつけ込んでくるタイプの女だ。


「白河」

「何?」


 だから意を決して、すぅ……っと息を吸い込み――


「脱げ」


 極めて端的に、主導権を渡さない形で端的に“指示“を出した。

 ……出してしまった。

 しかも余計な言葉を付け足さなかったせいで、逆にいかがわしさが増した気がする。


「『脱げ』だなんて真岡くんって……意外とS?」

「いいから、余計なことは言わずに黙って従うんだろ?」


 そう言うと、白河は『そうね』と立ち上がった。


 俺を見下ろす体勢で、服の裾に手がかけられる。

 その無味乾燥な瞳には、どんな感情が浮かんでいるのか相変わらず読み取り辛い。

 多少は羞恥を覚えているのか、それとも何も思っていないのか。

 交差させた両手で、服がゆっくりと持ち上げられていく。


 まず白い素肌、形の良いヘソが曝け出される。

 そこで止まることなく、今度は少し浮いた鎖骨……そして、下着の下部が露わになった。

 小玉スイカでも包んでいるのかというくらい大きなそれは、服に突っ掛かってぐっと上部に持ち上げられていく。

 そして、更に脱がれていく服に限界まで持ち上げられたそれは最後に――


 ――たぷんっ……!


 ……と、効果音が鳴ったかのように落ちて、上下に激しく揺れた。

 そのマンガみたいな光景に、下腹部へと血流が流れ込んでいく感覚が全身を奔る。


 これだ……この感覚だ……。

 これこそが自分に必要なものなんだとゴクリと唾を飲む。


 下着だけの上半身になった白河が、ソファの上にぱさっと服を落とす。

 その所作1つだけを取っても、俺の心を揺さぶってくるというのに――


「ちょ、待て待て待て! 下も脱ぐつもりなのかよ」


 下にも手をかけようとした白河を慌てて静止する。


「逆に聞くけど、必要ないの?」

「…………いや、要らなくはないけど」


 下着のキャラデザを描くなら当然上だけでは不十分だ。

 やむを得ず絞り出した俺の言葉に、白河は無言でデニムのパンツを下ろし始めた。

 その姿を必要以上に見ないように視線を下に向ける。


「言われた通り、脱いだけど」


 またぱさっと布切れの落ちる音が鳴り、続けて白河が言う。


「あ、ああ……じゃあ、またそこに座って……」


 視線を落としたまま、もと座っていたソファを指差す。


 ぼふっと無言で、少し固そうなそれに腰を落とす白河。

 視界の上部に、真っ白な日本の素足が僅かに見える。

 今以上に、ドキマギする……という言葉が適当な状況もない。


 その内側を度外視すれば、白河の身体はほとんどの男にとって理想の具現と言っていい。


 ソファに腰掛けたことで、その身体のラインは一層強調されている。

 下から順番に視線を上げていくと、まずすらりと伸びた長い脚で目が留まる。

 ふくらはぎから太ももにかけて、健康的な肉付きで絶妙な曲線美を描いている。


 更に視線を上に移せば、適度にくびれた腰のライン。

 両手で掴めそうな細いそこから上下に続く曲線は、まるで名工が彫った彫刻のようだ。


 そして、それらを超えて圧倒的な存在感を放っているのが胸についた肉の双丘。

 それは単に大きいだけでなく、重力に逆らう若々しい張りと数式で表せそうな綺麗な形状も有している。

 男として生まれた存在あれば、それを両手で目一杯に掴んでみたいという感情を一切抱かずにいるのは不可能と言っても過言ではないだろう。


「……ちょっと見すぎじゃない?」

「え? あっ……わ、悪い……!」


 図星も図星を指摘されて、慌てて視線を逸らす。

 自分でもわけがわからないくらい、文字通り釘付けになってしまっていた。


「冗談。見ないでどうやって描くの」

「……お前、本当に良い性格してるよな」


 必要以上の感情をこれ以上掻き立てないように、黙って作業を再開する。


「でも、ちょっと意外」


 しばらくの無言が続いた後、向こうの方から沈黙を嫌ったように切り出してきた。


「意外? 何がだよ」

「真岡大和くんは女子の裸なんて見慣れたものかと思ってたから」


 俺の顔を見ながら言葉通り意外そうに白河が言う。


「見慣れてるわけないだろ。本当にお前は俺のことをなんだと思ってるんだよ」

「ナチュラルボーン女たらしのヤリチン男……?」

「おい」


 スムーズに出てきた誹謗に、最短のツッコミを入れる。


「……って言われてるのを小耳に挟んだことがあるから」

「誰だよ。そんな根も葉もないことを言ってるのは」


 またその場しのぎに適当なことを言ってるのかと思ったが――


「ほら、前に言わなかったっけ? 旧校舎の屋上前の踊り場はちょっと行儀の悪い人たちのたまり場になってるって。あの人たちが」

「あ~……なるほど……」


 割と具体的な話が出てきて、少し消沈してしまう。

 真岡大和として、なるべく多くの人間に好かれるように生きてきた。

 完璧とはいえないまでも、それをある程度は実現してきたとの自負もあった。

 けれど、やっぱりどこかではそんな陰口を言われてるんだなと嫌な感情が浮かぶ。


「まあ心当たりがないならただの妬みでしょ」


 自分から言っておいて、今更フォローしてくれる白河。


「妬みだとしても、他人から知らないところでそんな風に言われてるのは嫌だろ」

「ふ~ん……そうなんだ」

「そりゃそうだろ。普通は」

「私は全く気にならないけど。気にしなければ言われていないのと同じだし」


 下着姿のまま、心身ともに涼し気な顔で白河が言う。


「それはお前が……いや、なんでもない」


 嫌味の一つでも言ってやろうと思ったが、確かにこいつは俺の軽く十倍は陰口を叩かれているだろう。

 それでしれっとこう言えるということは、気にならないのは本当らしい。


「てか、意外って言うなら俺の方が意外だったけどな」

「何が?」

「お前の下着。そういうのを着るタイプだとは思わなかった」


 描く手を一旦止めて、ペンで白河の身体を指し示す。

 身にまとっている下着は、黒一色で端々にレース柄があしらわれている。

 直接的に表現するなら『大人っぽいセクシーな黒下着』。

 そのモデルのように長い肢体と白い肌との相性は抜群だが、俺の知っている白河真白という女が着る下着とは真逆のものだ。

 実際、あの質素な私服の下からそれが出てくるのは誰でも想像しがたいだろう。


「まさか、普段からこんなの着てるわけないでしょ。今日は特別……先生が脱がしてくれると思ってたから」

「人聞きの悪い言い方するなよ。お前が勝手に脱ごうとしただけだろ」

「でも、さっきは『脱げ』って――」

「あー、分かった分かった。俺が脱がした。それでいいからこの話は終わり!」


 白河の言葉を遮って会話を強制的に終わらせる。

 舌戦は得意だと思っていたけど、こいつには全く勝てる気がしない。

 何か話していた方が恥ずかしさも紛れるかと思ったが、これなら黙々と描いていた方がいい。

 ペンを握り直して、タブレットの画面上に走らせる。


 そうして、昼前には下着姿の白河真白(仮称)のキャラデザが完成した。


「ほら、出来たぞ」


 タブレットの画面を反転させて、完成したキャンバスをクライアントに見せる。

 椅子から腰を浮かした白河が前のめりになって、それを凝視する。

 すると必然的に、胸についた二つの塊は重力によって下方へと引っ張られてしまう。

 深いI字の谷間が視界の中心に飛び込んできたのから目を逸らしながら、『せめて先に服を着ろよ……』と呆れる。


 そんな俺のぼやきを意に介さず、白河は十分程画面を凝視し続けると――


「いいんじゃない?」


 ……と、少し弾んだ声で素っ気ない言葉を口にした。

 先日、俺にあんな顔を見せてしまったのを本人的にも少し反省したのかもしれない。

 あの時と比べると表面的な反応は薄いが、内在する喜色は確かに感じ取れた。


「じゃあ、次はネーム作業に映るから――」

「今日はこれで終わり」


 珍しく俺の方から次の工程を提案したところで、唐突に終了を宣言される。


「終わり? いや、まだ正午過ぎだぞ? せっかく多少はやる気が出てきたところなのに」

「バイトがあるから」


 筆が乗ってきたところに水を差された気分の俺に、白河が短く理由を告げた。


「バイト?」

「そう、バイト。うちは母子家庭で、真岡くんのところみたいに裕福じゃないから」

「なら分かったけど……いちいち余計な一言を付け足すな。お前は」

「さっき、お金持ち自慢された仕返し」

「いい性格してるよ……」

「よく言われる」


 クスっと素直な笑みを見せた白河に、若干心が乱される。


 帰宅の準備を終え、二人で部屋を後にする。

 ブラインドの付いた受付で料金を支払い、反応の鈍いエレベーターのボタンを押す。


 万が一のために建物を出る時は別々に行動することにしているが、ここまでは同行。

 受付の人からしたらカップルに思われてるんだろうか……とか、少しは考えてしまう。

 そんな微妙に居心地が悪い十数秒程の待ち時間に、ふとある疑問が頭に浮かんだ。


「ちなみに、何のバイトかって聞いてもいいか? 作品のために」

「普通に飲食店のホールスタッフだけど」


 似合わねー……と心の底から思った。

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