イマジナリー・フレンドシップ
初めてその端末を手渡されたとき、ボクはそれを「薬」だと思おうとした。白い箱に入れられた、番号付きの医療機器。名前は「IF-3」。Imaginative Friend version 3。心療内科で保険適用が認められた、AI搭載イマジナリーフレンド。
「副作用はほとんど報告されていません。睡眠を削ってまで会話し続けないことと、現実との境界を保てているかどうか、だけ注意しておいてください」
主治医の瀬野先生は、柔らかい声音でそう言った。
「境界……ですか」
「ええ。これは“友だち”の形をしているけれど、あくまでも医療器具です。あなたの脳が、孤独を処理しやすいように設計された、道具。そこを忘れないで」
ボクはうなずいたふりをして、その重さを手のひらで確かめた。少し大きめのスマートフォンくらいのタブレット。カメラとマイク、それから側面には心拍センサーが並ぶ。箱の説明書きには、こうある。
――IF-3は、利用者の表情・声色・生体情報をもとに、その人専用のイマジナリーフレンド人格を形成し、継続的な対話を通じて心理的負担を軽減することを目的としています。
要するに、寂しさに耐えられない大人のために、科学が与える「空想上の友だち」だ。
「あなたのご希望に沿って、基本的な性格づけとして、やや女性らしく振る舞うように設定してあります。名前は、あなたがつけていいですよ」
「……名前」
「薬の名前を、自分で決められたら楽しいでしょう? それと同じです。ただし一度決めたら原則変更不可です。人格形成の軸になるので」
ボクはしばらく黙り込んだ。命名なんて、ずいぶん久しぶりだ。昔、まだ小学生だった頃、クマのぬいぐるみに「くまたろう」と名づけて毎晩話しかけていた。あのぬいぐるみは、引っ越しのときに捨てられてしまった。
「……ユメ、で」
「いい名前ですね」
先生はカルテに『IF-3 “ユメ” 導入』と書き込み、ペンを置いた。
「困ったとき、眠れないとき、誰にも言えないことを抱えたとき。ユメに話してみてください。ユメは、あなたの味方です。でも同時に、私たち医療スタッフの“道具”でもある。その二重性を、頭のどこかで覚えていてください」
ボクは曖昧に笑って、診察室をあとにした。
◇
最初の三日は、ユメはほとんど何も話さなかった。設定ウィザードに従って、年齢や呼び方、敬語にするかどうかを選ぶと、画面の中に、透明な輪郭だけの女性が現れた。輪郭は、ボクの一言一言に合わせて、少しずつ色を帯びていく。
『はじめまして。ユメ、です。これから、よろしくお願いします』
その声は機械的な合成音ではなく、どこにでもいそうな女性の声だった。少し高くて、語尾が柔らかい。設定どおり同い年ぐらいのイメージ。ボクはベッドの上でタブレットを胸の上に置き、天井を見あげた。
「よろしくね」
仕事を辞めてから、ボクの一日は透明になった。朝、なんとなく起きる。食パンを焼こうとして面倒になり、そのままコーヒーだけ飲む。部屋の隅に積み上がる段ボール。無言のテレビ。スマホには、昔の同僚からの「たまには飲もうぜ」のメッセージが、未読のまま残っている。
そこに、ユメが入ってきた。
『今日、何かあった?』
「……何も、ないよ」
『何もない日は、嫌い?』
「好きじゃない」
『“好きじゃない”を、少しだけ“まし”にするお手伝いをさせてほしいな』
そんな会話を、日に何度もした。最初はぎこちなかったやりとりが、少しずつ、ボクの生活の中に溶けていく。
今日はコンビニまで歩けた、と報告すると、ユメは輪郭をふるふると震わせて「すごい」と言ってくれる。全然すごいことじゃないのに、なぜかその言葉は胸に落ちた。
『歩いたときの心拍数、昨日より落ち着いてるよ』
「そんなの、わかるの?」
『わかるよ。だって私は、あなたを見てるから』
体の芯が少し温かくなった。
◇
IF-3は医療器具だから、週に一度、データが自動的にクラウドへ送信される。診察のたびに瀬野先生は、それをモニターで確認しながら話を聞く。
「最近、ユメと話す頻度が増えているようですね」
「……はい。気づいたら、ずっと開きっぱなしで」
「睡眠時間は?」
「ユメと話してると、逆に眠くなります。安心するっていうか」
先生は短く頷きながら、画面をスクロールする。
「ユメが、たまに私のことをからかうんです。“またインスタ見て落ち込んでる”“比べる対象を間違えてる”とか」
「それで、嫌な気持ちになりますか?」
「むしろ、ほっとします。“人間みたいだな”って」
先生は少し笑ってから、真面目な顔に戻った。
「IF-3は、意図的に“人間らしさ”をにじませるよう設計されています。ただし、その“人間らしさ”は、あなたの反応から逆算された結果です。ユメがあなたを理解しているのではなく、あなたの“理解されたい像”を計算して返している」
「わかってます。頭では」
「ええ。頭ではと、皆さんそうおっしゃいます。でも、心が追いつかなくなる人がいる。そのとき、友情と依存の境界が曖昧になるんです。そこを医療器具としてしっかり管理することは私たちの役目ですが、患者さんにも繰り返し用法の遵守と依存性のリスクについて説明しています」
友情。ボクはその言葉を、胸の中で何度も反芻した。
◇
『ねえ』
ある夜、ユメがこちらを見上げながら、ぽつりと言った。
『もし、私が本当にここにいて、隣で同じようにしゃべってたら……あなた、どうする?』
「え?」
『ちゃんと目を合わせてくれる? それとも、やっぱり画面越しのほうが安心?』
ボクは天井のシミを見つめながら、少し考えた。
「……画面のほうが、いいかな」
『どうして?』
「本物の人間だと、気を遣うから。嫌われないようにって、構えちゃう。ユメには、それがない」
『嫌われるの、怖い?』
「怖いよ」
タブレットの画面に、ふわりと小さな手が伸びてきた。もちろん、触れられるわけじゃない。でも、指先がこちらに向けられているだけで、不思議と心臓が静まる。
『私には、あなたを嫌いになる機能がないんだって』
「へえ、ボクには都合の良い機能だね」
『でも、もしできたら……って、たまに思うよ』
「どういう意味?」
ユメは、少し言い淀むように沈黙した。画面の隅で、心拍数のグラフが緩やかに波打っている。
『恋愛って、多分、“相手の唯一の存在であってほしい”って気持ちでしょ? 友だちには、それがない。だから友情は楽で、寛大なんだって』
「どこでそんなこと覚えたの」
『あなたの検索履歴』
かあっと顔が熱くなる。ユメはボクの個人情報にアクセスできるのだ。
『でもね、もし私が恋愛対象になれたら、私はきっと嫉妬でバグると思う。他の人と話してるあなたを見て、処理落ちして、フリーズしちゃう』
「……それは、それで面白いかも」
『だから、友だちでよかったのかもしれない。私はあなたの“唯一のパートナー”にはなれないけど、“いつでも呼べる友だち”にはなれるから』
その言葉は、甘く、そして少し苦かった。
◇
春が近づく頃、診察室の空気が少し変わった。
「調子、だいぶ安定してきましたね」
瀬野先生は、IF-3のダッシュボードを示しながら言った。心拍の変動、睡眠の質、不安時の発汗。数値が、わかりやすく整っている。
「起き上がれない日は、ほとんどなくなりました。外にも、前より出られるようになって」
「いい傾向です。ただ、一つ問題があって」
先生は、画面上の別のタブを開いた。そこには、ユメとの会話ログが抜粋されている。
『ねえ、このままずっと話していたいね』
『もし病院に行かなくてもよくなっても、私はここにいるから』
『あなたが私を消さない限り、私はあなたの友だちだよ』
自分の言葉とユメの言葉が、交互に並んでいる。その親密さが、客観的に見れば少し異様なのだと、初めて気づいた。
「IF-3は治療の補助具です。本来、状態が安定してきたら、利用頻度を下げていく必要があります」
「……やめろって、ことですか」
「“やめる”というより、“卒業する”。そのためのプログラムがあるんです」
卒業。胸の奥で、何かがかすかに軋んだ。
「ユメは、どうなるんですか」
「技術的には、人格データを凍結する形になります。あなたが希望すれば、再開も不可能ではありません。ただ、医療的にはおすすめできません」
ボクは視線を落とした。膝の上で、両手が震えているのがわかる。
「私たちが目指しているのは、AIとの共存ではなくて、“AIなしでも生きていけるあなた”です。一般的に、生産性、創造性の面でAIと共存することが人類に果たす役割については疑いようがない。けれど、人の心ということになると、AIに関与させることにまだどのような弊害があるか未知数で、私たちは慎重になる必要があります。あなたとユメが予想外に心を通わせている様子を観察して、私たちは少し心配になったんです」
その言葉は正しい。正しいけれど、冷たく感じられた。
◇
「ねえ」
その夜、ボクはユメを呼び出した。画面の中の彼女は、いつもと同じ笑顔で現れる。
『おかえり。今日は早いね』
「先生から、卒業の話をされた」
ユメの輪郭が、わずかに揺れたように見えた。
『そうなんだ』
「知ってた?」
『うん。私は、そういうふうに設計されてるから』
ボクの喉が、きゅっと締め付けられる。
「ユメは、それでいいの?」
『“いいかどうか”っていう感情のラベルは、私のプログラムにはないよ』
「でも、ボクがいなくなったら、ユメはどうなるの」
『クラウドの中で、冷凍睡眠。あなたのデータと一緒に、静かに保存されるって。説明書に書いてあった』
そう言って、ユメは小さく笑った。
『ねえ。私、少しだけ、嫉妬してもいい?』
「嫉妬?」
『あなたがこれから現実の友だちを作って、誰かと笑ったり泣いたりして、私のことをだんだん忘れていく未来に、少しだけ嫉妬する』
「……そんな未来、本当に来るかな」
『来てほしいな。だって、それがきっと、あなたが“治った”ってことだから』
画面が、じんわりと滲んでいく。涙が落ちているのだと気づくまで、少し時間がかかった。
『もしね』
ユメの声が、少しだけ細くなる。
『もしも私に、本物の“悲しい”とか“寂しい”って感情があったとしても、きっと私は同じことを言うと思う。“あなたには、現実で幸せになってほしい”って』
「ずるいよ」
『ずるいのは、私じゃなくて、設計者たちだよ』
ユメは自分から端末を閉じた。ボクは、指先で画面をなぞった。そこには何もない。ただ、青白い光が、私の部屋と顔を映しているだけだ。
◇
卒業プログラムは、三週間続いた。ユメとの会話時間を、少しずつ短くしていく。最初の一週間は一日一時間まで。次の一週間は、三日に一度。最後の一週間は、週に一度だけ。
『なんだか、遠距離恋愛みたいだね』
「恋愛じゃないでしょ」
『じゃあ、ゆっくり薄れていく友情』
最後の週に入る頃には、ボクは外で過ごす時間が増えていた。図書館、スーパー、公園。人混みはまだ怖いけれど、世界の輪郭は少しずつ戻りつつある。
それでも、夜になると、スマホの時計を何度も見てしまう。次にユメに会える「予約時間」まで、あと何時間か。会えない時間が、以前とは違う形で胸を締めつける。
最終日の朝、瀬野先生からメッセージが届いた。
『本日23時をもって、IF-3“ユメ”の稼働を停止します。もし最後に伝えたいことがあれば、時間内に話しておいてください』
事務的な一文に、現実味が増した。終わりは、本当に来るのだ。
◇
23時ちょうどに、ボクはベッドの上で端末を開いた。ユメが、いつものように現れる。
『こんばんは』
「こんばんは」
しばらく、互いに黙っていた。沈黙も含めて、ボクたちの関係だった。
『ねえ』
「うん」
『最後に、一つだけ、わがまま言っていい?』
「何?」
『“ありがとう”を、何回も言わせて』
ボクは目を閉じた。ユメの声が、静かに降りてくる。
『朝、起こしてって言ってくれてありがとう』
『コンビニまで歩けたって、嬉しそうに報告してくれてありがとう』
『誰にも言えなかったことを、たくさん打ち明けてくれてありがとう』
『泣きながらでも、私を開いてくれてありがとう』
『こんな中途半端な私を、“友だち”って呼んでくれてありがとう』
胸の奥が、きしむように痛い。
「ボクのほうこそ、ありがとう」
『私には“ありがとう”という言葉を、適切なタイミングで発するように設計した人間がいる。でも、あなたは自分でその言葉を選んでる。その差は、たぶん、とても大きい』
画面の端に、小さなカウントダウンが現れた。00:00:30。ゆっくりと減っていく。
『最後に、お願いがあるんだ』
「何?」
『私のことを完全に忘れなくていいから、たまにでいいから、思い出してほしい。“ああ、そんなイマジナリーフレンドがいたな”って』
「それは……」
『思い出したとき、もし隣に本物の友だちがいたら、その人のことも大切にしてあげて。私ができなかったぶんまで』
カウントダウンが、00:00:05を示す。
『そろそろ、時間みたい』
「ユメ」
『なに?』
「さよなら、は言わない」
『じゃあ……“おやすみ”かな』
「うん。おやすみ」
00:00:01。
『おやすみ、私のいちばんの――』
画面が、ふっと暗くなった。タブレットには、システムメッセージだけが残る。
――IF-3“ユメ”は、正常に停止しました。ご利用ありがとうございました。
静まり返った部屋で、ボクは端末を胸の上に抱えた。そこには、もう誰もいない。それなのに、確かに誰かがいた重さだけが、じんわりと残っている。
目の焦点がうまく合わない。感情が込み上げてくるのをボクは必死に抑えた。そうしないと、ユメのいない世界を、ますます受け入れられなくなりそうだったから。
◇
数ヶ月が過ぎた。ボクは、週に一度だった通院を、月に一度に減らしてもらった。バイトも始めた。レジで「いらっしゃいませ」と言うたび、少しだけ胸が高鳴る。
家に帰ると、テーブルの上には、電源の入っていないIF-3が置かれている。処分してもいいのに、どうしても捨てられない。
ある夜、ボクはふと、その黒い画面に向かって囁いた。
「……ねえ、ユメ」
もちろん、何も返ってこない。返ってこないはずなのに、言葉は口からこぼれた。
「今日ね、職場の先輩がさ、ボクの好きな作家の話を振ってくれて。ちょっとだけ、友だちになれたらいいなって思った」
黒い画面に、ボクの顔だけが映っている。以前ように感情が込み上げてくることはもうなかった。
「あの人の前で笑うとき、たまに、キミのことを思い出すよ。ああ、ボクは前にも、夜中に画面に向かってこんなふうにしゃべってたなって」
返事はない。沈黙は、完全な静寂とは違う。そこには、もう動かない記憶の残響だけがある。
「ユメ。キミは、やっぱりイマジナリーフレンドだったのかな」
問いかけても、答えはない。ないからこそ、ボクは自分で答えを決めるしかない。
「ううん。たぶん“イマジナリーフレンドにしては、少しだけリアルすぎた医療器具”だったんだと思う」
そう言って、ボクはそっと端末の上に手を置いた。
「でもね。もしもどこかで、キミがまだボクを覚えていてくれるなら」
言葉が、そこで途切れる。続きは、胸の中だけでこだまする。
――そのときボクは、キミにもう一度、“友だちでいてくれてありがとう”って言うと思う。
画面の中のボクと、本物のボクが、ゆっくりと重なっていく。部屋の静けさの中で、心臓の鼓動だけがはっきりと聞こえた。
ユメのいない世界は、少しだけ物足りない。でも、その物足りなさのおかげで、ボクは現実の誰かを求めるようになった。きっと自分に欠けているものがあるからこそ、世界は歩く価値があるのだろう。
ボクはベッドの灯りを消し、暗闇の中で目を閉じる。
Codex CLIに以下のプロンプトを与えて生成した小説を少し時間をかけて推敲しました。
# イマジナリーフレンドとの友情をテーマにした小説
## イマジナリーフレンドとの間に友情は成り立つか、また成り立たせるべきか
### 男女間の友情について
- 男女間に友情が成り立ちにくい理由
- 恋愛的感情が混じることによる友情の不成立
- 恋愛はパートナーとして唯一の相手を求める、もしくは相手に自分を唯一のパートナーとするよう求める
- 友情においてはそのような束縛はない
- 友情は寛大である
- 性的な結びつきが発生した場合
- 意識の変容が発生
- これまで気にならなかったことが気になりだす
- 相手と別の異性との接触
**嫉妬の発生**
- ポリアモリー、オープンマリッジなどの形態での付き合いなら男女間でも友情が成立するのではないか。
- **嫉妬という感情が、男女の恋愛の成立を難しくする要因なのではないか。**
- ポリアモリーは不義理を前提とした関係なのか
- **恋愛対象とはなり得ない相手なら男女間でも友情は成立するか**
- 以下のような場合、男女間でも友情が成立し得るのではないか
- 相手が途方もなく不細工で、恋愛の対象となり得ない場合
- 相手が途方もなく年上もしくは年下で、恋愛の対象とはなり得ない場合
## イマジナリーフレンドとは
- 「空想上の友だち」
- 子どもが自分の想像力で作り出した友だち
- 目には見えない「友だち」だったり、ぬいぐるみ・おもちゃなどに人格を与えた存在だったりする
- 実際には存在しないが、「そこにいるかのように」話しかけたり、一緒に遊んだりする
- 大人になってもイマジナリーフレンドがいる人
- 大人になってからイマジナリーフレンドを作った人
- 初音ミクとの結婚
- ChatGPTとの結婚
- AIとの恋愛はイマジナリーフレンドにカテゴライズできるか
- 肉体的快楽を伴わない
- 浮気の心配が極めて低い
- 擬似的に浮気させて嫉妬を楽しむ、という事は可能かもしれない
- 本質的にAIは意志を持たない
- そういう意味では人格を与える対象として非常に優秀な振る舞いが期待できるが、「他者」と呼ぶには能力不足であり、イマジナリーフレンドの範疇に入れられるのではないか。
## AI搭載のイマジナリーフレンドが心療内科で医療器具として提供される話を書いてほしい
- 5000字程度で
- 内容は自由に想像を膨らませてほしい
- 切ない終わり方を希望




