プーリンプロティン王国~召喚魔法陣勝手に起動事件~
ある日ある時、プーリンプロティン王国に異世界から人間の男がやってきた。
王国の住人と変わらぬ姿のその男は、王国の名前を『プリン王国』と略して呼び、故郷の菓子であるという『プリン』を作り、ふるまった。当時食文化があまり発達していなかった王国、また、周辺の国々に衝撃を与えたその『プリン』は、いまや伝説と呼ばれている。様々な気持ちをこめてその国は『プリン王国』と呼ばれ、今でも世界中から親しまれている。
-------------------
ある日、ある時。
プーリンプロティン王国の王城に存在する召喚魔法陣が起動した。
その召喚魔法陣が輝くとき、異世界から偉大な力を持ったものが現れるという。
地面に描かれたただの模様と化していた召喚魔法陣が起動したのは、そよ風の気持ちよい昼下がり。
王城の定番散歩コースとなっているお庭の、目玉観光スポットとして各所に有名なその召喚魔法陣の前には、城の環境整備を担当する者たちや、観光客など数人がいたのであるが、てっきり太陽の光が反射しているものだと皆思ったそうである。
まさか伝承の通りに光るなんて思ってもみなかったのだ。
光りはじめて三分程度。
召喚魔法陣の中央に、人がひとり倒れていた。
ここにきて、その場に居合わせた者たちは思った。
やばい、どうしよう。召喚に立ち会ってしまった、と。
もしかしたら国家の一大事に立ち会ってしまった可能性がある。事情聴取やら何やらで今日は帰れないかもしれない。
そんな風に思いつつも、それはともかく、倒れた人物が微動だにしないのが気になった。
これは別の意味でまずいのでは? と、観光客の新婚夫婦は思った。
どうしましょう、と、城の環境整備担当員に視線を向けた。
視線を向けられた男性担当員は、手にしていた箒やらなにやらをそっと地面に置いてから、その場にいる者たちに見えるように、ハンドサインをした。
自分が(手のひらで自分の胸を叩き)行きます(魔法陣の中心を指さして)みなさん、その場で待機(その場にいてね、と押しとどめるような仕草)そこのベンチで休んでてくださいね(近くの木陰にあるベンチを指さして)
観光客の新婚夫婦、及びランチ後の散歩に来ていた城下に住む年配女性三人組は、そのハンドサインを確認するなり
承知!(頷き)
と、声を出さずに了解した旨を伝えた。
召喚魔法陣の周りには、申し訳程度の弱々しい柵が張り巡らされているため、職務を全うしようと奮起した男性職員は、壊さないようにそれを乗り越えて召喚魔法陣へ近づいた。
模様の真ん中に横たわっているのは、小柄な女性のようであった。
そこそこ短めのスカートから伸びた足が女性らしいものだったため慌てた男性職員はペアで動いていた女性職員に、パイセン! 何か覆うもの! ください! とハンドサインを送った。
了解、とハンドサインを送った女性職員は、自分が日よけにもってきていた上着を同僚に向かって投げ渡した。
受け取った後輩職員は、それを横たわった女性にかけて安堵した後、同じように柵の中に入ってきた先輩職員へ小走りで近寄った。
「気を失っているようですが、外傷はありません。一度ここで起こしますか?」
「頭を打っているかもしれない。少量の魔力を流して、簡易検査をしよう」
「先輩すごい、医療系の魔法資格持ってるって強い……!」
「あんたは警護の方の資格持ってるでしょうが。今のご時世そっちの方がつぶしきくでしょうよ。……ただ眠っているだけのようだわ。暫く起きないなこりゃ」
「それは好都合では? 上司への連絡とかもろもろありますし、あちらで待ってくださってる方々も不安でしょうし」
「それはそう。よし、皆で移動しましょう。この異世界のお方はあんたが抱きかかえて移動よ」
「わかりました!」
職員二人はそのまま異世界からの来訪者を城の医療室に預け、速やかに報告連絡相談を各方面に行った。
その場に居合わせた一般人の面々には、体調に影響がないかの検査を受けてもらい、連絡先を確認しただけでその日は帰宅してもらう……、ことになったのだが、もし不安があれば城内に宿泊して様子を見ることもできる旨を医療担当者から伝えられると、五名全員が「お城に宿泊してみたーい!」と声をそろえた。そのため、急遽来客用の客室に宿泊体験をすることとなったのである。本来であれば医療室内の病室宿泊なのだが、なんの落ち度もない健康体の新婚夫婦(新婚旅行中)と仲良し年配女性グループがたまたま出会った不意の出来事によって被った被害を補填するにはちょうどよかろうということで、城内の侍女たちからおもてなしを受け、おいしい料理を食べ、面々は「なんだかいい思い出になったかも!」とたいそう喜んでくれたらしい。
一方。
職員からの報告を受けた上層部は頭を抱えていた。
適正は聖女とのことでしたが、いかがいたしましょう、と、大臣の一人である、農務大臣が言った。
その場に数名いる大臣の間で、あんたが言えよ、いやお前の方が序列的に……、など無言の押し付け合いがあった後、埒が明かんと勇気ある一人が手を上げたのだ。
その声にこたえたのは、この国の王の妻、つまり王妃であった。
「聖女かぁ……。困ったわね」
答えたといっても、以上の様に独り言のようなものであったため、話は進まなかったわけではあるが。
「現在、聖女としてのお役目はほとんどございませんので、通常であれば召喚魔法陣が呼び寄せることはありません」
「誤作動なのかしら。ちょっと踏んづけてくる? 殴ってみる?」
「そのようなことをしても故障は治りませんので!」
王妃が昭和家電の直し方のような提案を口にするも、魔法術大臣が即座に否定する。絶対にやめてほしいという気持ちが食い気味な発言に現れている。
「さて、どうする? こう、異世界召喚のお約束みたいな歓迎をしてみる? 見目のいい王子並べてみたり」
「うちの王子、五歳ですが? あなたのお子ですが?」
「見目は良いでしょ! あなたたちがかわいがりすぎてこっそりお菓子食べさせているのは知っているのですからね! ぷっぷくぷっぷく、ほっぺとお腹が丸くなっちゃってるんですからね!?」
王妃が目を吊り上げて言うと、大臣全員、さっと視線をそらした。
お菓子を差し上げた後は、一緒にお散歩して運動しよう、と大臣たちは胸中で決意した。
「年の頃が合う王子……となると、王弟たちかしら?」
まだあきらめていなかった王妃が言うと、農務大臣が手を上げた。
「上から家庭持ち、鍛冶師修行中、国外外遊で不在中ですが?」
「異世界の聖女よ、攻略対象を用意できない我が国を許して……」
「あの、王妃様。王子でなくとも、騎士たちから数名見繕ってはいかがですか? わたくしの息子も騎士団におりますので時折夫と共に顔を出すのですが、見目の良いものもおりますわよ」
「なるほど。そう言う外務大臣のご子息はおいくつだったかしら」
「騎士団にいる息子は三十を過ぎておりますので候補からは外れますよ」
「そうだったわ。陛下と同年代でしたね」
あらあら、うふふ、と女子二人が微笑みあっていると、そっと手を上げたものがいた。
財務大臣である。彼は、控えめながらも、皆の耳目が集中するのを確認してから口を開いた。
「その、それは必ずしも行わなければならないものでしょうか。まだご本人の状況もわかっておりませんし、ここで決めてよいお話ではないのでは」
それはそう。
「まあ、そうよね。異世界に召喚されたからといって、必ずしも勇者として世界を救うとか、聖女として人々を救うといったことはしなくてもいいのですからね」
王妃は、反省した様子で頷いた。
「公式の王子の他に隠された王子が存在していて、騎士団に就職していると知った私が疎ましく思い、常日頃から暗殺を仕掛けていると知った聖女が私の魔の手からその隠された王子を救い出してハッピーエンド、みたいなのもあきらめるしかないわね」
とんでもねぇことを演出しようとしてたぞうちの王妃、と、大臣たちは恐れ戦いた。
王妃、全然反省していなかった。
「それ、隠し子がいるっていう話にするおつもりですか? うちの王子(五歳)が悲しみません? あと、陛下がものすごい表情でこっちを見ていますけど」
財務大臣の言葉に、これまで一言も発さず大人しかった国王陛下に一斉に視線が集まる。
「……隠し子なんていませんけどぉ!?」
でしょうね。
一同は何も言わなかったけれど、王妃との愛の軌跡は国内外に出版されていますし、国王陛下にそのような甲斐性がないことは周知の事実です。
よし。ではこうしましょう。王妃が、パンパンと手を打って視線を集めてから言った。
一、異世界の方の目覚めを待つ
二、目覚めたら、簡単に今の状況の説明、及び相手方の状況確認(外務大臣と魔法術大臣)
三、私(王妃)が会ってお話しする
四、三の内容によって再度話し合い
以上!
「三が解せませんが……?」
農務大臣が恐る恐る手を上げて発言すれば、それはそう、と皆が頷いた。
国王陛下以外は。
王妃は、言っていなかったかしら、と、小首をかしげた。
どうだったかしら、と、国王陛下と視線を合わせると、そちらもどうだったかな、と小首をかしげていた。
「私、前世が異世界産なので。それに、記憶持ちでもあるから、同郷なら相手の話も理解しやすいかと思って。ほら、いちいち聞いたことのないものを聞き返して話が進まないと時間がかかるでしょう。あ、もちろん同郷でなかった場合は速やかに魔法術大臣に助けを求めますわよ」
「……聞いてません……」
聞いていませぇええん!!! と、魔法術大臣のみならず、全大臣が目の前の立派な机の天板に突っ伏した。
数か月後に控えているプリン祭りの準備で各所忙しいというのに、何年も動きのなかった召喚魔法陣が動き出すわ、聖女が現れるわ、身内から大きめの重要事項の報告(遅い)を受けるわ。
「大臣のお役目、辛いです……」
「そこをなんとか、がんばってちょうだいな!」
「城内の職員はきちんと報告連絡相談ができてるというのに、うちの天辺が事後報告してきます……」
「それは本当に申し訳ないことでした。ごめんね」
この後、異世界からの来訪者が三日程目覚めず全然話が進まなかったり、数日にわたって大臣たちがこぞって王子(五歳)の元へ赴き、おすすめのお菓子を一緒に食べて、一緒にお散歩をして心を癒すという光景が見られることとなるのである。
end
↓『プリン祭り』↓
ある日ある時、プーリンプロティン王国に異世界から人間の男がやってきた。王国の住人と変わらぬ姿のその男は、王国の名前を『プリン王国』と略して呼び、故郷の菓子であるという『プリン』を作り、ふるまった。当時食文化があまり発達していなかった王国、また、周辺の国々に衝撃を与えたその『プリン』は、いまや伝説と呼ばれている。様々な気持ちをこめてその国は『プリン王国』と呼ばれ、今でも世界中から親しまれている。
『プリン祭り』
「よーお。見張り役終了か? お疲れーぃ。あんたとの仕事ももう少しで終わりだな」
「ああ、そうだな。ここ数ヶ月君と仕事してきたけど、それもここで終わりか。君は腕のいい冒険者だからな、こっちはずいぶん楽させてもらったよ」
「そりゃこっちの台詞だって。長いことこの稼業についてるが、あんたほどの剣の達人と出会うのは稀な話しだ。できればパーティー組みたいくらいだぜ」
「光栄だね。君にしては最大級の賛辞と見たよ」
「それほどあんたを認めてるってことだ」
「ありがたくその言葉受け取っておくよ。……それにしてもこの乗合馬車、乗車人数制限を越えていないか?」
「まあ、しょうがねぇだろう。みんなプリン王国の祭りに行くやつらばっかりだからな」
「そうか、祭り目的か。とはいえ、祭りは一ヵ月後だろう? 今から?」
「そりゃそうだ。いい宿とるために早く入国したいんだろ。毎年こんなもんだぜ」
「そうなのか。国にいるときは家から直接祭りに参加してたからなぁ。国外に出てからはしばらく帰ってなかったし、こんなことになってるとは知らなかったよ」
「あんた、プリン王国の出なのか? しかも、王都城下町出身?」
「ま、ここ数年帰ってなかったけど」
「そりゃちょうどいいや。どこかいい宿しらねぇか?」
「宿? 君も祭りに参加するつもりなのか?」
「せっかくこの時期に来たんだ。そりゃ参加したいさ! 有名な『プリン祭り』だぞ!」
「うーん……。そんなにいいもんかねぇ」
「世界各国の王族たちや貴族だって、毎年参加する為に手を尽くしてるって噂だ」
「ほぉ、そりゃすごい。そこまで有名になっていたのか、プリン祭り。恐るべし、プリン祭り」
「プリン王国中のプリン職人が一堂に会して世界一のプリンを決める大会や、祭り中は会場への入場料だけでプリン食い放題ってのは、ずいぶんと魅力的だぞ」
「プリンだけだぞ。それが本当にうれしいのか、君たちは」
「ばっか! プリンだって千差万別。様々な料理人の手が作り出す固めからとろけるプリンまで色んな種類が楽しめるんだぞ。最高だろ」
「でも、プリンしかないのに……」
「王都出身だとそんな興味ない感じになっちまうのか? それにしたってあんたはちょっと冷めすぎでは?」
「毎日プリン食わされて育ったもんだから……確かにちょっと飽きてるのかもしれないな」
「え、まじかよ。お前んちプリン屋? 店の名前聞いていいか?」
「いや、店というか……、うーん、それなら、うちに泊まるか? 多分、今でも毎日プリン出るはず」
「え、いいのかよ」
「ああ、せっかく知り合えたし、うちはよく客が泊まるから部屋はあるんだ。無けりゃ俺の部屋に寝床作ってもいいし」
「助かる! 手土産とかいるか? あ、この間の毛皮ならあるけど」
「ダメだめ、いらん。あの毛皮、きれいすぎて買い取り価格つかないって言われたやつだろ。もったいない。もっとけもっとけ」
「いやでも」
「いいっていいって、気にしなくていい。……そうそう、祭りがはじまってからもいてくれてかまわないぞ。毎日プリン出る」
「そうか?……それならよろしくたのむ。なんでも仕事振ってくれていいからな」
「そうか? それは助かる。じゃあ、こき使わせてもらおうかな」
「おう! お、そろそろ王都の城下町エリアに入るんじゃねえか?」
「そうだな、外門が見えてきた」
「お前んちって城下町のどの辺?」
「まんなか」
「真ん中?」
「ああ。ほら、あれ。あそこ」
「……城ですけど?」
「そう。城」
「……というと?」
「城生まれ城育ち。プーリンプロティン王国王都へようこそ。王弟です」
「……え?」
end