第9話 不穏な影
「武彦、ちょっといいか?」
放課後になり、俺は帰ろうとする武彦に声をかけた。
キュンキュンしている女の俺は無視だ。
「なんだ勇……いや、相模原さん」
「あはは、今まで通り、勇でいいよ」
「そういうわけにはいかんだろ。
男と、お、女だったんだしな」
うわあ、こいつも面倒くせえ。
てか、顔を赤らめるなよ。
女の俺のトキメキ値が急上昇しちゃってるぞ。
「俺の話。何故、女になったかって話なんだ」
真剣な顔をして告げる俺。
こう言えば、根が真面目なこいつだ。
絶対に話を聞いてくれる。
「……女になった? 女だったんじゃねえのか?」
ほら、食いついてきた。
「勇、帰ろ。え? 何? 戦場君とデート?」
口に右手を当てて、キシシ笑いしてくる聖愛。
そして顔が赤くなる俺と武彦。
くそ……女の俺に引っ張られるな俺。
意識をしっかり保て。
武彦は俺の親友なんだぞ。
「ちょっとお、戦場君。私の幼馴染にして親友、取らないでよね」
聖愛が俺の腕を組んでくるけど、どういう意味だよ⁉
む、胸が当たってるって。
落ち着け俺の鼓動。俺の今の身体は女。
聖愛が言う親友は、女の俺に対してだ。
「ばっ⁉ デートは20歳になってからだろ!」
武彦……それお酒とタバコな。
聖愛……ドン引きしないでくれ。武彦は古風な奴なんだよ。
(君、静かだね。いつもなら聖愛にセクハラすんなって怒ってきそうなのに)
『…………』
(……もしかして、武彦とのデート妄想して昇天した?)
『はっ! 危なかったわ。この身体の所有権が私だったら、後ろへ倒れて頭を打ってたところだったわ』
うん、やっぱり駄目だこいつ。俺がしっかりしなくっちゃ。
「ともかく、話を聞いてくれ。
俺は武彦を生涯の親友だと思っている。
その俺を信じてくれないか?」
俺の真面目な声に、武彦も顔を引き締めて頷いてくれたのであった。
「今のさ、聞いてる立場だと、男同士なら萌えるけど、女と男での会話だと、モヤモヤして小っ恥ずかしいだけね」
聖愛……真面目な顔で茶化すの止めてくんない?
何はともあれ、俺たちは聖愛の家に向かったのであった。
***
相模原勇たちが校門を出る姿を、2階の窓から見下ろす女子生徒が1人。
髪色は燃えるように赤く、瞳は氷のように青白い。
彼女の右耳にあるワイヤレスイヤホンに、苛立った声が伝わってくる。
『聞いてるのか! 指輪の回収と、あの相模原勇とかいう女の始末はまだなのか!』
若い男の声だ。
人を見下した、自分しか考えていないとわかる声色である。
「わかっております。ですが、しばしお待ちくださいクロノス様。
彼女の右手のマシンガンは、強力な魔法兵器でございます」
女は恭しく返答し、クロノスと呼ばれた男は鼻で笑った。
『貴様がいる世界に逃げたのだ。天運はまだ我々にある。
いいから早く、指輪を回収して一旦こっちに戻ってこい。
俺たち全員の運命がかかっているのだ』
全員とは生き残っている全員か、声の主の者たち王侯貴族か。
きっと後者だろうと想像し、女は無表情のまま答える。
「了解しましたクロノス様。
すべては私たちが生存するために」
『……期待しているぞ。最後の偉大なる魔女、フレア・サンクチュアリ・クリスタリン』
通信が途絶え、フレアと呼ばれた女は歩き出す。
彼女の頭の中には、別世界の記憶が次々と蘇る。
燃え盛る森、崩れ落ちる家屋、そして、彼女が隠遁していたあの静かな場所。
……あの場所は、彼女にとって唯一の安息の地だった。
だが、その安息も、戦争によって打ち砕かれた。
(……あの戦争さえなければ、私はあんな決断をしなかったのに)
フレアの故郷、別世界では魔法が全てを支配していた。
魔女として生まれ、幼い頃から才能を認められた彼女だったが、その才能ゆえに孤独だった。
周囲は彼女を恐れ、敬い、だが決して近づこうとはしなかった。
たった1人、テイアを除いて。
彼女は森の奥深くに隠れ住み、魔法の研究に没頭することで、心の空虚を埋めようとした。
時々訪れるテイアとの会話。
それだけで生きている実感が湧いてきた。
……だが、それも終わってしまった。
世界の崩壊は、彼女の全てを奪った。
(テイア……どうして裏切ったの?)
指輪は、異空間移動を可能にする唯一の鍵。
クロノスたちは指輪を使って新たな世界を侵略し、原住民を虐殺することで、自分たちの生存を確保しようとした。
……だが、結果は惨憺たるものだった。
見つけた世界は核兵器の使用によって、新たな大地も住めなくなり、クロノスの計画は失敗に終わった。
(テイア……どうしてクロノスに殺されたの?
なぜ……指輪を相模原優に託したの?)
彼女は目を瞑った。
脳裏に描くはテイアとの幸せな日々。
テイアは第1目標の地へ派遣され、彼女は第2目標の地に調査員として派遣された。
第1目標で移住が完了すれば、また2人で穏やかな日々を過ごせるはずだったのに。
……いや、正確には、移住などという生易しいものではなかった。
彼女たちが求めたのは、実験場だった。
この科学が発展し、魔法の存在しない世界で、彼女は新たな魔法の可能性を探るつもりだった。
聖愛の家でメイドとして働いていたのは偶然。
けれど、指輪を奪った女がこの世界に来たのだ。
聖愛の幼馴染として、親友として。
まるで必然だったようではないか。
これから楽しむ褒美として、相模原勇の現実的な性別問題は、彼女の魔法で処理しておいた。
戸籍のない彼女自身と同じように、存在することが当たり前のように周囲が思うように。
「あ、炎城寺さん、今帰りですか?」
「ええ、ごきげんよう」
女子生徒から声をかけられ、彼女は優雅な笑みで返した。
フレア・サンクチュアリ・クリスタリン。
日本に来て名乗っている名は炎城寺氷華。
アルバイトで、修道院家のメイドをやっている女子高生だ。
(聖愛の家でバイトしているのは、私の意志だと思ってたけど、必然だったようね。
相模原勇、どうやって生き残り、どうしてテイアから指輪を託されたか、とても興味深い)
彼女は立ち上がり、窓の外を見つめた。
夕陽のオレンジ色が広がる中、彼女の心は使命と欲望の間で揺れ続けていた。