第8話 野球回は必須なのよ?
2時限目、いきなり体育がある日だったか。
『着替えは、みんなが出てから目隠ししてするように』
(できないから! 俺、そういう特殊技能ないから!
今日は体調不良でいいんじゃない?)
『駄目よ。成績表オール5が達成できなくなるじゃない!』
元々、俺はオール3なんだけどなあ。
「勇、行くよ」
聖愛が誘ってくれるが、さてどうしよう。
「あ~、みんな俺が男だと思ってたでしょ?
だから、みんなが着替え終わったら着替えるよ」
「ん? みんな気にしてないよ。
ていうか、男のあんたを覚えてるクラスメイト……いなかったわ」
「ん? も、もしかして、記憶操作? それとも精神汚染が始まってるのか!」
なんてことだ。油断していた。
あれからアンドロイドに襲われてないから、平和な気分に浸っていた。
いけないいけない。気を引き締めないと。
「あっ! ごめん言い直す。みんな男だったあんたに興味なかっただけ。でも今は興味津々なんだから、ほら早く!」
……聖愛? 言葉って、人を殺せるんだよ?
『溶け込むためには、聖愛の言う通りにすべきね。
しょうがない、行くわよ。
みんなの着替えシーンと、自分の着替えシーンを見ないようにしなさい』
前者はなんとかするとして、後者は無理なんだよなあ。
(自分なんだし興奮しないよ)
『つまり、聖愛や他の女子生徒には興奮してるのね。
これだから男は』
(女の俺……君だって俺の親友に発情してるじゃないか)
『は、発情なんかしてないわよ!
そ、そういうのは結婚してからの話!
でも……そうね。今すぐ結婚するのもありよね』
(俺たち16歳なんだけど)
『は? 精神的な結婚は問題ないわ』
駄目だこいつ……早くなんとかしなければ。
「ちょっとお、また勇と勇だけで会話してるのね。
これもどうにかしないと不便ね」
なんて言う聖愛に手を引っ張られ、俺は女子更衣室に向かったのであった。
女子たちから、ジロジロ見られていた気がするけど気にしない。
何はともあれ、俺は聖愛が用意してくれていた体操服に着替え終わり、授業が始まるのであった。
授業はソフトボールか。
帰宅部の俺には不向きな内容だなあ。
『何言ってるの? 野球回は必須なのよ』
(君……時々わけの分からないことを言うよね?)
男女混合で、聖愛とは同じチームで武彦とは別チームか。
「1番バッター俺……いや私⁉」
「みんな見たいのよ。あんたが多く動いている姿を」
聖愛? それって俺が珍獣扱いされてるってことじゃないの?
向こうのマウンドには……武彦だと?
しかも殺気立った目で気合入れてるし、女の身体の俺はモジモジしだしたし!
(ちょっと、ここで発情しないでくれ!)
『し、失敬な! 私はただ、バットとボールで戦場君のバットとボールを連想しただけよ!』
(それを発情って言うんだよ!)
ストライーク!
……なんか、剛球がマウンドから飛んできたような?
『戦場君、球技も得意なのね。……しゅきい』
ストライーク!
あっという間に2ストライク。
まあいいや、打てる気しないし、次は適当に振って休もう。
俺の体育成績も3だしな。
「勇……手加減はしねえ。たとえ……女だったとしてもだ!」
ダイナミックに振りかぶり、左腕をしならせて投げてくる武彦。
気合入ってるけど、単なる授業だし気楽にやろうよ。
えい。
ボールが来るタイミングで、バットを振った。
手に伝わる重たい感触。
上背を捻らせた反動で反発するボール。
手に残る強烈な痺れ。
あれ? ボールどこに行った?
「ホ、ホームラン!」
はへ?
膝から崩れ落ちる武彦を見つつ、俺は人生初めてのゆっくりペースでのベース一周を体験したのであった。
『150キロは出てたわね。
私を甲子園に連れて行ってくれないかしら?』
(いやいや、武彦は野球部員じゃないし、甲子園行ってる場合じゃないし!
……ていうか、思ったんだけど、俺と君、性能があまりにも違いすぎない?
あんなボール。男だった俺が打つなんて、天と地がひっくり返っても無理だし)
『こっちも誤算だったわよ。
まさか、こっちの世界の私が男でポンコツだったなんて。
……しかも、身体を乗っ取られるなんて思いもしなかったわよ』
こっちの疑問に、嘆息しながら疑問返しは止めてくれ。
凹むぞ。
(はっ⁉)
『……来たわ』
グラウンドの空気が一瞬にして変わった。
黒服のアンドロイドがゆっくりと俺たちの方へ歩いてくる。
そいつの気配は昨日の朝の襲撃と同じ、鉄と油の臭いが混じった異様な雰囲気だ。
『右手をマシンガンに! 先手必勝よ』
(わ、わかった)
俺は右手を念じ、黒光りするマシンガンへと変形させた。
だが周りはソフトボールの授業中だ。
生徒たちが騒ぎ出す前に、なんとかしなきゃいけない。
『指輪を使って、認識阻害の結界を張りなさい。弾も防げるわ』
(そんな便利な機能が⁉)
『早く!』
俺は右ポケットから指輪を取り出し、指にはめた。
冷たい金属の感触が指先に走る。
『偉大なる時空の神よ、この空間を包み、敵の攻撃を防ぎ、我々の戦いを隠したまえ!』
彼女念じると、指輪が淡く光り、まるで空気が歪むように周囲がぼやけた。
「キヒ……ヒャハハハハ!」
黒服のアンドロイドが銃を構える。
だが結界のおかげで、他の生徒たちには何も見えていないようだ。
聖愛や武彦も、普通にソフトボールを続けている。
「やるしかない!」
俺はマシンガンを構え、アンドロイドに向かって引き金を引いた。
バババババ!
弾丸がアンドロイドの胸に炸裂し、金属片が飛び散る。
だが、そいつは金属の体を震わせながらも、ニヤリと笑う。
「クッ……硬いな!」
俺はさらに連射を続ける。
弾丸がアンドロイドの腕や脚に当たり、火花が散る。
だが、そいつは倒れない。
逆に俺に向かって銃を撃ち返してきた。
バシュ! バシュ! という音が響き、弾丸が俺の周囲を飛び交う。
紙一重で躱し続けるが、一発でも急所に当たったら即死だ。
『もっと集中して! 弱点は頭よ!』
(わかった!)
俺は狙いを定め、アンドロイドの頭部に照準を合わせた。
マシンガンの引き金を引く。
ドドドドド!
弾丸がアンドロイドの顔面に集中するも、両腕で防がれてしまった。
「昨日の奴より強い⁉」
『余計なことは考えない! ファーストステージのボス戦と思いなさい!』
……残機なしのクソゲー、って考えちゃったじゃないか⁉
アンドロイドは腕の金属をひしゃげ、よろめきながらも、俺に向かって突進してきた。
「くそっ!」
俺は後退しながら、連射を続ける。
アンドロイドの関節を狙い、動きを鈍らせようとする。
だが、無意味だった。
まずい! アンドロイドが俺の目の前に迫ってきた。
「ヒャハハ! 死ね!」
アンドロイドが銃を振り上げる。
その時、俺の視界の端で聖愛がバットを振りかぶる姿が見えた。
4番バッター聖愛が弾き返したファールライナーが、黒服のアンドロイドの顔面に直撃して粉砕したのだった。
ガシャン! 鉄クズが地面に散らばり、アンドロイドの頭部が粉砕される。
オイルが飛び散り、そいつは動かなくなった。
『さすが聖愛ね。いえ、戦場君の剛球とのコラボレーションといったところかしら?
くっ! 如何に聖愛とはいえ、戦場君と合体技するのは私とだけよ!』
何? その嫉妬?
(結界は外側からの攻撃? は防げないんだ)
『敵の攻撃を結界張って防ぐ用途だもの。
ただ、敵も動き回り結界の外に出れるわ。
標的がいなければ意味ないの』
要は、俺という狙いがいるから、敵は応戦してくれただけか。
中々に使い勝手が悪い結界かも。
結界が解除され、景色が元通りに戻る。
「ちょっとお! その鉄クズと服なに?」
「よかった、人じゃなかったか!」
駆けつけてきた聖愛と武彦に、この鉄クズは片付けておくから気にしないでと告げた。
ちなみに、ソフトボールの試合は3ー5で負けた。
俺は3打数3安打3ホーマー3打点だった。
武彦は7回3失点21奪三振、3打数3安打3ホーマー5打点だった。
うん、武彦もやっぱり常人離れしてるよ。
『ハアハア……戦場君、凄い……しゅきい』
女の俺が好きになるのもわかるかな?
はっ⁉ 俺はノーマルだからな!