第7話 親友の反応は?
教室に入った俺に「誰?」って声があちこちから聞こえてくる。
そりゃそうだ。
さて、どう説明すべきか。
席に座って、またどよめきが起きる。
てか聖愛? フォローするとか言ってたけど、先生に呼ばれて出てっちゃうって、フォローする気ゼロだろ。
男子は顔を赤らめて、チラチラこっちを見てる。
女子はヒソヒソ話しながら、俺の顔や制服をジロジロ観察してる。
……いや、観察って何だよ。俺は動物園の珍獣じゃないぞ。
積極的に話しかけるきて、盛り上げてくれるキャラはいないのか?
そう俺が思っている時、クラスメイトたちは「美人すぎて声かけれねえ」とか、「高貴過ぎて目が潰れる」とか、「いい匂い……」とか思ってたそうな。
うん、嘘くさい。
見た目違うだけで、俺は俺だぞ。
(……これ、めっちゃ気まずいんだけど)
試しに少しだけ姿勢を正してみる。
するとセーラー服の胸元が少し窮屈に感じて、つい手で押さえてしまう。
……いや、押さえる必要ないだろ。
でも、この身体、胸があるせいで動くたびに何かが揺れる感覚が気になる。
男の俺だったら、こんなこと考えもしなかったのに。
……ていうか、みんなの視線が胸に集中してる気がする。
いや、気のせいだ。絶対に気のせいだ。
(……落ち着け、俺。視線なんて気にしない)
でも、気にしないなんて無理だ。
男の俺だったら、教室の隅でひっそりと存在を消してたのに、今は逆に目立っちゃってる。
この美少女の見た目が、逆に仇になってる。
……ていうか、男子の視線が怖いし女子の視線も怖い。
「誰この子?」
「転校生?」
ってヒソヒソ話してるけど、中には「なんかムカつく」とか思ってそうな雰囲気も感じる。
……いや、ムカつくって何だよ。俺、何もしてないのに。
(……本当に、これで学校生活続けられるのか?)
ふと、武彦の顔を見る。
こいつは、俺の唯一の親友で、隣の席にいるけど、今は警戒心丸出しでこっちを見てる。
……いや、わかるよ。俺だって突然知り合いが美少女になって現れたら、警戒するよ。
でも武彦、お前だけは信じてくれ。
俺は見た目は変わっても、中身は変わらないんだ。
いや、変わってるか。女の俺も一緒にいるし。
そういや女の俺、何故か大人しくなったな。
そう思いつつ、俺は深呼吸した。
でも、そのたびに胸が上下する感覚が気になって、余計に混乱する。
……本当に、この身体、どうにかならないのか?
「あんた転校生? そこの席、勇なんだが」
おお! 武彦! さすがは俺の唯一の友人にして硬派な男だ。
隣の席が武彦で助かったぜ。
ようやく、語りかけてきてくれた人が現れたよ。
戦場武彦、身長180を超えるガタイの良さと、喧嘩っ早さから周囲から孤立している存在だ。
髪は黒だし、不良行為は一切しない奴なんだけど、柄は悪いんだよね。
見た目と態度で損をしているが、俺とは何故か馬が合ったので一緒にいることが多い、親友と言っていい存在なのだ。
『デュキュン』
ん? 女の俺の様子がおかしいぞ? 呼吸が乱れ、心音が早まってるのがわかる。
って! 待て待て! 身体は1つなんだから、この身体に影響出てるんだけど!
「おい、聞いてんのか?」
武彦は怒っているように言ってるけど、長い付き合いでわかる。
武彦は警戒心と心配を、ないまぜにして訊ねてきてるのだ。
「えっと……俺」
「俺って……?」
やばい。動悸が止まらない。おい、女の俺、収まってくれ。
『しゅきい、しゅきい……戦場君……しゅきい』
ええ……
(ちょっと落ち着いて! 武彦との話が進まないから!)
『無茶言わないで! 私は純情なの! 好きな人を目の前にして冷静でいられるわけないでしょ』
こいつ……マジか。
(ともかく、自己紹介はさせてくれ)
『わかったわ。第一印象大事よ。笑顔ではっきり言って、口づけの姿勢で待つのよ』
(第一印象じゃないし! いや、この身体だと第一印象か。てか口づけなんてしないから! 流れ的にもおかしいだろ!)
よし、まずは冷静になって、心を穏やかにして。
『ドクンドクンドクンドクン』
うるせぇ……
「なあ、本当に大丈夫か? ちっ! しゃあねえから保健室に案内してやるよ」
立ち上がる武彦。余計なことを言わなければ紳士な振る舞いなんだよな。
その後、無言で背中見せて、ついて来いって両手をポケットに入れる姿も、言葉足らず過ぎる。
おっ? 武彦の顔が見えなくなったから、少し鼓動が収まってきたぞ。
「あのっ! 俺! いや、私、勇! 相模原勇! 本当は女の子だったんだ!」
違うけどね。そう言うように女の俺と聖愛に練習されただけだからな!
教室中が、絶句のち絶叫になったのは言うまでもない。
「はあっ⁉ おまっ……何を言ってるんだ! 勇⁉ 勇が女だった……?」
おお、武彦の驚愕声は初めて見たかも。
中学で出会ってから、驚愕声出すのは俺の役割だったからなあ。
『戦場君もクラスメイトも、まだ信じてないわ。
ここで畳み掛けるのよ』
(そう言われても……どう言えば?)
『聖愛に信じさせた手段を用いるのよ』
聖愛がBL好きだったのを暴露したあれか。
でもあれ、脅しだったような?
大体、俺はみんなとは武彦以外親密だったわけじゃいからなあ……あっ、あの話してみるか。
「武彦も、みんなも落ち着いて聞いてほしい。
俺……私が相模原勇だって証明する」
静まりかえる教室内。
のちに、この時の俺の姿、席を立って机に両手を置くシーンは、まさに神の祝福を述べる聖女だったと伝説になるのだが、誰だよ、尾ひれ付けて噂ばらまいた奴。
「1ヶ月前、授業中に犬が乱入して武彦が掴まえて外にポイっとしただろ?」
あったあった、戦場怖えってなったって声が聞こえてくる。
「ちょっ! あんた何を言う気だ?」
動揺する武彦を俺は手で制す。
そして続きを言うのだ。
「あの犬、今は武彦んちにいる。名前は……きらら。
武彦が大好きなアニメのヒロインの名前だ!」
静まりかえる教室内。
武彦が膝から崩れ落ちた。
「きらら? あれって女児アニメだよな?」
「おう、俺の妹も毎週日朝にテレビにかじりついて見てるわ」
「え? 戦場君って、そういうキャラ?」
「アニオタでロリコン? 戦場君、やばくね?」
教室内のあちこちで、ヒソヒソ声が聞こえてくる。
「武彦がロリコンなのは重要じゃない! 犬を助けて飼っている事実が重要なのだ!」
再び演説する俺。
まばらな拍手から始まり、徐々に大きな拍手が、崩れ落ちたままの武彦に浴びせられる。
「俺は……ロリコンじゃねえ……アニオタなだけだ」
そんな武彦の涙交じりの呟きは、当然拍手に掻き消されるわけでして。
「ん? 何? 何かあったの?」
ようやく聖愛が教室に戻ってきて、俺のことをみんなに説明するのであった。
始まる授業。
隣の席で武彦がどんよりしてるけど、さて、どうフォローしようかな?
そういや先生は、俺についてツッコまないのかよ。
『戦場君、あの時の犬を飼っていたのね。しゅきい。
……私も飼ってくれないかしら?』
俺の中にいる女の俺。
こいつについても、問題がまた1つ増えたなあ。
まさか武彦を好きだったなんて。
弱みを握ったような、握られたかのような複雑な感覚が俺の中でぐるぐる巡るのであった。