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第6話 学校、行きますか

 ふう……っと俺はカーテンから漏れる朝の光を浴びてため息が漏れる。


 無事に翌日を迎えたのだ。

 上体を起き上がらせて、昨日の出来事が夢だったと安心……したかったのだが、ピンクのパジャマから盛り上がっている胸を見て嘆息してしまう。


『ふわあ……朝ね。おはよう』


 この身体の本来の持ち主、女の俺の声も脳内に響く。


「あ、勇、起きた? 朝食済ませて学校行くよ」


 聖愛の声も聞こえてくる。

 ここは聖愛の家の客間だ。

 さすが大豪邸である修道院家、突然の訪問なのにふかふかのベッドだったよ。


「今行く」


 聖愛に返答しながら伸びをするけど、学校……行ってる場合なのか?


『何を考えてるのよ。無遅刻無欠席、友達たくさんで成績優秀が私じゃないの』


「いやいや、俺は成績優秀じゃないし。友達も1人しかいなし」


『……別世界の私。性別が違うだけで、ここまで性能の差が生じるなんて……世の中不思議ね』


 素の声で言わんでくれ。

 泣きたくなるよ。


「何またぶつくさ言ってるのよ。……何?」

「いや……えっと、ごめん」


 思わず顔を逸らしてしまう。


「ちょっと! 何赤くなってるのよ! 言っておくけど、私だって赤面興奮ものだったんだからね!」


 いや、聖愛……それはどうなんよ?


 昨日の話し合いの続きのことだ。


 聖愛からの申し出で、俺はだだっ広い聖愛の屋敷に泊まることになった。

 自宅が危険というのが一番の理由だが、女の俺と聖愛にとっては風呂が重要だった。


 端的に言うと俺は目隠しされ、お風呂の中で聖愛に身体を洗われたのだ。

 ……どんな羞恥プレイだよ。


 一応言っておくけど、女の身体同士だから犯罪ではないよ……ないよな?


『ちょっと君、聖愛が足を石鹸で滑らせて背中にぶつかった記憶を思い出して興奮してるのね。最低』


 いや、まあ……あれを興奮するなというのは無理だよ。

 でも興奮したところで、女同士の身体だから何も起きないし。


『これだから男は駄目ね。ていうか君、元々聖愛に惚れてたでしょ? 駄目よ、聖愛は私の親友なんだから』

 

 ……クソ。誰か、誰でもいい。

 魂が同じ身体にある中で、プライバシー保つ方法教えてくれ。


「フェアじゃない。……君の好きな子も教えてくれ。

 クラスメイトにいたりする?」


『……』


 ん? 今一瞬、残像のように誰かの顔が見えたような?


「沈黙はズルいぞ。こら、心を閉じるな!」


『観自在菩薩行深般若波羅蜜多時照見五蘊皆空度一切苦厄舎利子色……』


 は、般若心経……だと⁉

 しかも息継ぎ無しの早口だと⁉

 女の俺……出来る。


「ちょっと勇、早く来なさいよ。遅刻しちゃうじゃないの」


 聖愛に怒られ、俺は慌てて彼女の待つリビングへと向かったのであった。


 おお……アジの開きに沢庵、納豆に白米、湯呑の中に緑色のお茶。

 なんというか、修学旅行の旅館みたいな食事だな。


「氷華さんが作ってくれたから、感謝しなさいよ」


 美味しそうに食べながら聖愛が告げた名は、この修道院家のメイドさん。

 聖愛の両親は仕事で忙しく、ほとんど家にいないのが常だった。


 聖愛の世話係兼、教育係兼、俺たちが通う学校一の才媛と評される、化け物みたいな人物だ。


 フルネームは炎城寺氷華(えんじょうじひょうか)。俺たちの1つ上の高校2年生。

 

 もう学校行ってるみたいだけど、バイトで通いで働いているらしい。

 ひと月ほど前に転校してきて、学校中で噂になったので、底辺の俺ですら知っていることなのだ。

 

 昨日は会えなかったな。

 まあ、俺が会ったとしても会話することはないけど。

 今まで一回も喋ったことないし。


『炎城寺氷華?』

(知らないの?)


 記憶にあたる人物を検索している女の俺。

 なんだろう? 初めて感じる大きな違和感だ。


 と、それは検索終了まで待つとして、直近の問題についてだ。


「ていうか、女の俺の姿で学校行って大丈夫なのかな?」


 食事をいただきつつ、俺は疑問を口にする。


「昨日、話し合ったじゃない。1人で逃げ回ったら、いずれ勇がやられて指輪も回収されて、この世界も異世界人に侵略されて終わりだって」


「覚えてるって。……こんな話、警察も信じてくれないだろうしなあ」


「そう……だから、今は普通に過ごして相手の出方を待つの。

 それに、人が大勢いる場所でアンドロイドに襲撃されたほうが、勇の話を信じる人が増えるでしょ」


「簡単に言ってくれるなあ。犠牲者出たらどうしよう……」


「そこは勇が護る! でしょ?」


 満面の笑みを浮かべる聖愛に、俺は苦笑いするしかない。


「ていうか! そっちも重要だけど、俺、男だったんだけど? 男子高校生として学校通ってたんだけど?」


 当然戸籍も男だし、学校での性別認識も男だ。

 セーラー服来て通う美少女が、相模原勇を名乗るのは無理があるぞ。


「ああ、それなら『実は女でした』でいいじゃない」


「いやいや、無理があるでしょ」


「幼馴染の私が証人するんだし、身体はきっちりバッチリスタイル抜群美少女なんだから、みんな信じるよ」


 そ、そうかな? 聖愛は楽観してるけど、不安しかないぞ。


『君、度胸もないのね。昔から言うじゃない? 男は度胸、女は愛嬌って。

 学校では笑顔を振り撒いて、度胸も見せなさい。男でしょ?』


(今は女だし……)


『ちっ……』


 だから舌打ちはやめてよ! 俺にも愛嬌振り撒いて! 同じ俺なんだし!


「そろそろ行こっか」


 立ち上がった聖愛と共に、俺もセーラー服姿で学校へ向かうのであった。


 聖愛と共に家を出て、学校へ向かう途中、俺はセーラー服姿で歩きながら、改めて自分の身体を見下ろした。

 ピンクのパジャマから着替えたこの制服、胸元が少し窮屈で、スカートの丈が短すぎる気がする。

 

 いや、短すぎるってわけじゃないけど、男の俺には未知の領域すぎて、どうしていいかわからない。

 歩くたびに、スカートの感触が気になってしまう。


(……これ、めっちゃ恥ずかしいんだけど)


 試しに腕を上げてみる。

 するとセーラー服の袖がスルッと上がって、細い腕が露わになる。

 ……腕、めっちゃ白い。

 男の俺だったら、もっと筋張ってて、日焼けしてたのに。

 あと、このセーラー服も動きづらいなあ。

 肩が窮屈だし、胸が……いや、もう考えるのやめよう。


(……本当に、これで学校行けるのか?)


 聖愛は前を歩きながら、俺の不安なんて知らないかのように、軽快な足取りで進んでいる。

 

 俺の頭の中は、不安でいっぱいなのに。

 クラスメイトたちが、俺が女になったなんて信じるわけないよなあ。

 

 いや、信じてもらう以前に、俺がセーラー服姿で教室に入ったら、どうなるんだ?

 男子はドン引きするだろうし、女子はヒソヒソ話するに決まってる。

 ……ていうか、先生に呼び出されて、職員室で事情聴取とかされたら、どう説明すればいいんだよ?

 

 実は別世界の俺と魂が混じって、身体が入れ替わりました。


 なんて言っても、頭がおかしいと思われるだけだ。


(……いや、待て待て。聖愛が証人してくれるって言ってるし、なんとかなる……よな?)


 でも心の中の不安は消えない。

 この身体で教室に入って、みんなの前に立つなんて、想像するだけで胃がキリキリする。

 

 男の俺は目立たないように、ひっそりと席に座ってたのに。

 今は、この美少女の見た目が逆に目立っちゃう。

 

 ……ていうか、男子の視線が怖い。

 男の俺だったら、クラスの女子をチラ見するくらいはあったけど、今度は見られる側かと思うと、ゾッとする。


『君、考えすぎよ。そんなに悩んでも、答えは出ないわ。とりあえず、聖愛の言う通りに動けばいいの』


(……そう言われてもなあ。君は慣れてるかもしれないけど、俺は初めてなんだよ、女の身体で学校行くなんて)


『学校に着いたら、ちゃんとフォローしてあげるから、黙ってついてきなさい』


(……はいはい、わかったよ)


 そう思念で返事しながら、俺は聖愛の後ろを歩き続けた。

 でも、心の中では、まだ「これからどうなるんだろう」という不安が、ぐるぐると渦巻いていた。

 

 セーラー服の襟元を少し直しながら、俺は深呼吸した。

 ……よし、なんとか乗り切るしかない。

 

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