第4話 幼馴染は頼るもの
聖愛の部屋はピンクの壁紙が夕陽に照らされ、温かい光に包まれていた。
ふわふわのクッションやレースのカーテンが、乙女チックな雰囲気を醸し出している。
ベッドの上には、黄色のTシャツに紺色のジーンズ姿の聖愛が座り、傍らには小さなぬいぐるみが並べられていた。
心臓がドキドキする。深呼吸して聖愛に向き合う。
俺は正座して彼女を見上げ、事情を話しだした。
「あのさ、聖愛。俺……いや、私の話を聞いてくれ」
『……』
女の俺の頷きが静かに響く。
「俺は、この女の身体は別世界から来た相模原勇だ。
そこは、この世界と全く同じで、同じ学校、友達、日常があった。
でも……ある日突然、魔法を使う集団に滅ぼされたんだ」
別世界の自分の肉体に入り込み、男と女の魂が混ざっていることも告げた。
聖愛は驚いて口を押さえた。
「魔法? アニメとかじゃないの?」
「本物の魔法だ。有無を言わさず虐殺されたんだ。まるで原住民は不要といった感じで」
沈黙が続く。張り詰めた空気が静かに震えていた。
オレンジジュースを飲む音と、煎餅を食べる音だけが聞こえる。
「信じられない……でも、冷蔵庫が突然現れて、あんたの遺体が入ってたし……」
聖愛の視線の先には、この部屋に不釣り合いな俺の肉体が入った冷蔵庫があった。
扉は閉じられ、ガムテープで封鎖されている。
ん? ガムテープ?
「死んでないよ! それに、警察に通報してないよね?」
「当たり前! あんたごときで警察を巻き込むのはごめんよ! 庭に埋めるつもりだったよ。
それに、手紙だけで冷蔵庫送ってくるなんてどういうこと? どれだけ驚いたと思ってるの!」
ヒエッ……ここに肉体を運んだのは失敗だったか?
なあ、もう1人の女の俺。
「勇、ちゃんと説明しなさいよ。どうして冷蔵庫に男のあんたが入ってるの?
それをきちんと説明できないなら、今の話は信じないから」
そうだよな……信じろっていうのが無理な話だよな。
『聖愛の本棚の一番上、右から3冊目から15冊目を見て』
(は? 普通の学習参考書じゃないか)
突然何を言い出すんだ、女の俺。
『これから私が言うことを一字一句違えずに言いなさい。そうすれば、聖愛は信じるわ』
(わかった)
本棚に視線を向けた俺に、聖愛は警戒の色を強める。
……これは何かあるな。
「聖愛。この数学の本、中身は『禁断の蜜月』よね! 男子高校生2人の愛情を描いた傑作だったわ」
ん? はい? 聖愛の顔色が変わる。
「その次の英語の本、『菊一文字の牢獄』シリーズよね! 看守さんの棒が次々受刑者……って! 何を言わせるんだ!」
『ちょっと、最後まで言いなさいよ。聖愛が信じてくれないでしょ?』
不満げな女の俺だが、言えるか! BL本、しかもどう考えても18禁だろそれ!
聖愛は青ざめ、震えだした。
「何故……私の……私だけの秘密を……もう生きていけない!」
部屋から飛び出そうとする聖愛を、慌てて腕を掴む。
震える手に触れた時、彼女の体温が伝わってきた。
どうする? どうすればいいんだ? ピンクのカーテンが揺れ、陽の光が聖愛の顔に影を落とす。
『ナイス、男の私。こう言うのよ、別世界では、私と聖愛は同志だったって』
ええ……でも、言うしかない!
「聖愛、俺たちは同志だ!」
「ほ、本当?」
「ああ。聖なる夜の夜明けや、一輪の華で一晩中語り合った仲じゃないか!」
「ハヤト✕ヤマト、ヤマト✕ハヤト……どっち?」
『フッ……当然、ハヤト✕ヤマトよ』
その瞬間、聖愛は俺の両手を力強く掴んだ。
「信じる。あなたこそ、本物の相模原勇(女)よ」
ちょっと待って聖愛! こいつは別世界のことで、この世界の本物は男の俺なんだけど⁉
「それで、幼馴染にして大親友の私を頼った理由は、偽物の相模原勇(男)の始末でいいのかな?」
脚を組んで言う聖愛に、『その通りよ』という声が脳内で聞こえるが、無視だ無視。
話を続ける。聖愛は乙女チックな部屋で、好奇心と驚愕の入り混じった目で俺を見ている。
「言ったと思うけど、この身体を支配しているのは男の俺なんだ。
別世界から来た女の俺は、俺と脳内会話しかできないよ」
何故混ざったのか。右手にマシンガンを見せて聖愛に説明を始めた。
聖愛はマシンガンを見て微動だにしない。
BL本より衝撃がないのか?
「それで? どうしてこっちの世界に?」
聖愛は俺の前に膝をつく。
『侵略者たちは、私たちの世界を滅ぼし、資源を奪おうとした。奴らは無慈悲で、圧倒的な力を持っていた』
俺は黒く、冷たく、硬いマシンガンの形になった右手を戻す。
「抵抗するために、この右手は魔法と科学を融合させた武器に変えられたんだ。
でも、私の世界は壊滅した。生き残るため、指輪を使ってこの世界に逃げてきた……って言っている」
聖愛の顔が蒼白になる。
「指輪? その指輪が?」
「ああ。指輪は異世界間を移動する鍵で、私が持っていた時は、私の世界とこの世界を繋ぐ唯一の手段だった。
でも、それを使った瞬間、何かがおかしくなった。
だそうだ。」
『指輪は本来、大神殿に安置されていて、空間転移を安全に行うためのものだった。
でも、私が急いで逃げるために、安全装置を無視して使ったから……』
「俺の魂と、元の俺の魂が混じったんだ。
身体は一つなのに、俺たちは別々に存在している。
男の俺の肉体は、冷蔵庫に保管されているんだけど、それは空間転移のバグか何かで、ここに女の俺が来た時の衝撃でこうなったんだ」
聖愛は俺の話に食い入るように聞いている。
「それで、侵略者たちは指輪を追ってここに来たの?」
「そう。奴らは指輪を取り戻さないと、この世界に大規模な侵略ができない。だから指輪を奪うため、アンドロイドを送り込んでいるんだ」
「アンドロイド……?」
「ああ。奴らの先兵だ。人間じゃなく、魔法と科学で作られた機械兵士。奴らは感情を持たず、命令に従うだけだから、無慈悲に人を殺す」
聖愛は息を呑んだ。
「じゃあ、私たちも危険なのね?」
「うん。でも指輪が私にある限り、魔法を使う奴らはこの世界に来る手段を持たない。
だから、指輪を守るしかないんだ」
聖愛は立ち上がり、俺の前に立った。
「わかった。勇、私があんたを守る。幼馴染で親友として、どんなことがあってもね」
「聖愛、ありがとう。俺……私たちは、本当に助かってる」
『聖愛、信頼できる友達がいて良かったわ』
聖愛は俺の肩に手を置き、温かく微笑んだ。
「とりあえず、私の服で似合いそうなのを持ってくるから待っててね」
その聖愛の言葉に俺が真顔になり、女の俺が『ありがたいけど、目隠しもお願いしたいわ』なんて言う脳内声を聞いて、逃げ出したくもなったのであった。