第30話 悲劇なんて誰も望んでいない
目覚めると、そこはまだ校庭。
俺は周囲の静けさと満月の冷たい光を感じ、時間の巻き戻しが成功したのかと疑問に思った。
指輪が冷たく手の中に残っているが、その輝きは弱まっていた。
クロノスの姿はどこにもなく、ただ荒れた校庭だけが残されている。
「勇! どうなったの! 女の子の勇のほうは? 戻ったの?」
「とにかく、どうだ? 久々に男に戻った気分は?」
「聖愛……武彦……2人とも無事でよかった。俺は大丈夫。ピンピンしてるよ。女の俺はわからない。……消えたとしか……それで、どうなったの? 巻き戻しに成功したの!」
心配して駆け寄ってくれた聖愛と武彦と共に氷華に目を向ける。
「指輪の力は確かに発動したけど、完全な巻き戻しには至らなかったわ。理由は今現在この場にいて、あなたも聖愛も武彦も覚えているのが理由よ。時間の流れを変えるには完全な記憶の消去が必要よ」
氷華が静かに説明する。
彼女の声は冷静だがどこか悲しみを含んでいた。
俺は心臓が沈むのを感じた。
クロノスが完全に倒されたわけではなく、異世界へ強制送還されただけだと理解する。
「あの男はそう簡単に死なないわ。ただ、しばらくは我々の世界から遠ざけられただけ。でも、再び戻ってくる日は来るでしょう」
氷華の言葉に、俺、聖愛、武彦は絶句する。
ただ、氷華は俺の身体を見て、微かな笑みを浮かべた。
「テイア、だからあなたは相模原勇に指輪を渡したのね。……ええ、ええ、これならまだ何とかなる。指輪を発動させなさい。私の世界の大神殿に向かうわ」
「どういうこと!」
「君の身体には女の勇の魂の欠片があるわ。残滓かしら? それとも元からかしら?」
「どうでもいい! それで何とかなるなら今すぐ頼む!」
俺が叫ぶと、氷華は自信を持って頷いた。
「この指輪は、まだ完全には使い切られていない力を持っている。女の勇の魂の欠片がある限り、世界を救う可能性があるのよ」
しかし彼女は警告を付け加えた。
「でも敵の本拠地、クロノスもアンドロイドたちもいる。私の詠唱が終わる前に殺される可能性が高いわ」
それでも俺たちも即座に決意を示した。
「やるしかないんだ。女の俺の世界を救うために、俺たちは戦う」
「そうよね! ここまで関わって最終決戦に参加しないってなしよ! この聖愛に任せてよね!」
「……俺だって、女の勇を不幸にしたまま終わらせてたまるか!」
「「「俺たちは戦う」」」
そんな宣言に氷華はクスッと笑った。
聖愛が俺の肩に手を置き、力強く言う。
「勇、女の勇の世界だって、救わないとね!」
武彦もバットを握りしめ、ムッとした顔で頷く。
「勇、親友として、女の勇を救うために行くぜ。俺のバットで道を切り開いてやる」
氷華は微笑み、指輪の使い方を丁寧に説明し始めた。
「指輪をはめて手を繋ぎなさい。空間転移の呪文を唱えるわ」
俺は指輪をはめ、深呼吸する。
心臓がドキドキと早鐘を打つ中、俺は指輪の力を引き出す。
『偉大なる時空の神よ、我々を異世界の大神殿に導き給え!』
指輪が眩しく輝き、校庭の空気が歪む。
聖愛、武彦、氷華と共に、光の渦の中に引き込まれていった。
「行くぞ、みんな!」
俺の声と共に4人は異世界へと飛び込んだ。
目の前に広がるのは、魔法と科学の融合が極限まで進んだ世界。
巨大な神殿が天に聳え、周囲には無数の魔法陣が浮かび、空には異形の飛行船が漂っている。
「ここが私の世界よ。クロノスの支配下にある大神殿ね」
氷華が説明する中、俺は右手をマシンガンに変形させ、戦闘の準備をする。
「あれ? そういえば俺の身体でも普通にマシンガンが出せたぞ!」
これって女の俺の身体の特徴じゃなかったっけ?
「そこは私が何とかしたわ。大魔法使いよ。崇めなさい」
崇めるけど、これ、元に戻してくれるんだよね?
聖愛は回復の魔法を手元に用意し、武彦はバットを握りしめる。
「みんな、気を引き締めて。ここからは私の詠唱を守りながら神殿の奥に進むのよ。そこで私が新たな呪文を唱えれば、女の勇の魂を完全に復活させられるかもしれない」
4人は神殿の入口に向かって歩き出す。神殿の扉が開き、そこから無数の黒服のアンドロイドが姿を現す。
「来たわね。覚悟して」
氷華の声と共に、戦闘が始まった。
勇がマシンガンを放ち、武彦がバットで敵を弾き飛ばす。聖愛が傷ついた仲間を癒しながら進軍を続ける。
神殿の内部は魔法の光と科学の機械が混在する異世界の迷宮のようだ。
俺たちは敵を倒しながら、徐々に奥へ進む。
「クロノスの力がここに集まっている。油断は禁物よ」
その時、神殿の奥から地響きのような足音と共にクロノスが現れた。
彼は瀕死の状態でありながらも、凶暴で獰猛な動きを見せる。
金属の身体が半壊し、赤い目が不気味に輝いている。
「ふははは! 相模原勇! 好都合だ! 自ら来るとは都合がいい! お前たち全員をここで葬ってやる!」
クロノスの咆哮が神殿中に響き渡る。
その声は俺たちの心の奥底にまで届き、恐怖と怒りを呼び覚ます。
クロノスは腕を振り上げ、魔法と科学の融合技術で強化された拳を俺に向けて叩きつけてきた。
俺は咄嗟に身をかわすが、その衝撃で壁が崩れ去る。
「クロノス! 俺たちはここでお前を止める!」
勇はマシンガンを再び構え、クロノスに向かって引き金を引く。
しかし弾丸はクロノスの装甲に跳ね返され、クロノスが再び突進し、今度は武彦に襲い掛かった。
「戦場君!」
武彦はバットで防ぐが、その力に押され後退する。
聖愛が回復の魔法を放ち、皆の傷を癒すがクロノスの攻撃は止まらない。
「フレア、詠唱を始めてくれ! 俺たちが時間を稼ぐ!」
勇の叫び声に、氷華は頷き、呪文を唱え始める。
「クショシリャク・シクシウヤク・サイクキウドン・クウアイケン・ショウジッタ・ハラミャン・ハンスギョウ・サツボザイジカン。テイアの遺志に従い、我が魂、我が力よ、女の相模原勇の世界を改変せよ!」
クロノスの攻撃は激しさを増し、俺たちは全滅寸前に追い詰められる。
息が荒くなり、聖愛の魔法が限界に近づき、武彦もバットを振るう手に力が入らなくなる。
「貴様さえ存在しなければ……! 今頃、俺は全ての世界を手に入れたのだ!」
そう叫ぶクロノス……こいつだけは……こいつだけはここで倒す!
「うおおおおおおおお! 指輪よ! 俺を喰らいつくせ!」
クロノスの動きが鈍り始めた瞬間、俺は最後の力を振り絞り、指輪の力を全て解放する。
「終わりだ、クロノス! これ以上、この世界を傷つけさせない!」
光がクロノスを完全に包み込み、彼の身体が徐々に消え、俺の願いを込めた弾丸が、クロノスの額に命中した。
「……ああ、何故……何故、俺が死……」
クロノスの金属の身体が分解されていった瞬間、氷華の魔法が大神殿全体を光り輝かせる。
「今よ! 願いなさい! 時を戻して悲劇を食い止めなさい!」
氷華の声が響き、俺は指輪を握りしめ、魂を込めて願い、指輪を発動させる。
神々しい光が俺を包み込む。
身体から光が溢れ出し、徐々に光の中に溶けていく感覚だ。
「「勇!」」
聖愛と武彦が叫ぶ中、俺は消えた。
***
そして目覚めた時、俺の目の前には平和な授業の光景が広がっていた。
そして、視界から見えるのは白くて華奢な手とセーラー服の裾。
(何? あなた?)
慌てる俺に、この身体の持ち主である女の勇も慌てる。
『えっと、なんて言ったらいいか……別世界の相模原勇(男)です』
そう答えた瞬間、相模原勇(女)の身体が、ガタッと立ち上がった。




