第3話 冷蔵庫の預け先
『まずはここから移動よ。またいつ襲われるか、わからないわ』
彼女(別世界の女の子な俺)に言われ、俺たち(女の身体の俺)は身支度を整え外に出ようとする。
ふう、今日が日曜日で良かったよ。
もうすぐ夏になる7月の青空は、すでに汗を掻く温度を超えている。
「ちょっと待って、俺の右手のマシンガン。このままだと、銃刀法違反で捕まらない?」
『念じてみて。マシンガンよ引っ込めって』
そんな簡単な……まあ、言われた通りにやってみるか。
「マシンガンよ、引っ込め」
すると、黒い鉄の塊だった右手が光り、本来の5本指がある手になった。
「おお……すごい」
『感心してる場合じゃないわ。安全なところに避難するのよ』
「そう言われてもなあ。俺、天涯孤独だし」
俺の両親は、俺が小6の時に事故死した。
マンションの一室を所有していたのと、祖母がいたので俺は施設に預けられずに済んだのだ。
その祖母も、昨年天寿を全うした。
『知ってる。私は君よ。何でも知ってるわ』
「そっか……性別違っても、似たような人生歩んでたのかな? この制服も、俺の通っている高校の女子制服だし」
『スカートの両裾掴まないの! はしたない!』
う~む。性別もそうだけど、性格も大分違う気がしてきたぞ。
俺、こいつほど冷酷じゃないし怒りっぽくないし。
……いや、冷酷というのは言い過ぎか。
俺だって突如異世界人に侵略されて地球が滅び、自分だけ別世界に飛んだと考えよう。
うん、きっと発狂するぞ。
「おっと、そうだ」
『……何で冷蔵庫を担ごうとしてるの?』
「だって、俺の身体だし。それに、ここに置いていってアンドロイド連中に確保されたら、何が起こるかわからないでしょ?」
『……それもそうね。でも、担げるの? 自慢じゃないけど、私、力は弱いわ』
たしかに小さくても冷蔵庫、電化製品なのだ。
それに俺の男の身体の体重60キロが加わっている。
「どうしよう……持てない」
いっそ、身体だけ取り出して背中に背負うか?
……うん、親切な通行人に救急車とパトカー呼ばれること間違いなし。
『仕方ないわ……さっきの指輪取り出して指にはめて。
あと紙とペン。今から行って説明するから大切に保管していて、相模原勇よりって書くのよ』
「わ、わかった! でも、どこに飛ばしてどこに行くの?」
『いいから! 早くしなさい! 指にはめたあとは、私が呪文を唱えるから!』
頭の中に、自分(女子高生)の叫び声が響くのって慣れないなあ。
はーあ。とりあえず、自分(男子高生)の肉体の安全がかかってるから、言うことを聞くけどさあ。
「書いたし、指輪をはめたよ」
『よし……偉大なる時空の神よ。この冷蔵庫と中身を、大いなる彼の地に運びたまえ!』
指輪をはめた瞬間、冷たい金属が指に食い込むような感覚が走り、血が凍るような寒さが全身を駆け巡った。
彼女の呪文を口にした瞬間、静かに、しかし確実に、空間が歪んだ。
目の前が一瞬暗くなり、次に現れたのは青白い光の渦。
冷蔵庫がその光に吸い込まれるように浮かび上がり、空間が歪む音が耳に響き、世界がねじれるような感覚に襲われる。
目には見えないが、肌で感じる。
異次元の風が俺の身体を吹き抜けていくような感覚だった。
「おお……消えた!」
俺の肉体入り冷蔵庫が消える。
本当に成功したのか、若干どころじゃない不安混じりだけど。
『安心しなさい。別世界への移動じゃないから、成功率は高いわ』
「それ……失敗する可能性もあるってことじゃ……」
『細かいことはいいのよ! それじゃあ行くわよ。君も絶対に知っている場所へ』
そう言われて、歩き出す女子高生姿の俺。
なんか通行人からチラチラ見られてる気がするけど、まさか敵の異世界人なのか⁉
『は? 美少女の私にみんな見惚れてるだけでしょ。
いつものことじゃない』
「いやいや、俺、歩いていて見つめられたことなんてないし!」
『大声出さないでよ! ていうか俺って言うのもやめて!
ほら、通行人が美少女なのに俺って言ってるって驚いてるじゃないの!
私との会話は思念だけで大丈夫だから、そうしなさい』
(こ、こう?)
『そうよ』
(あれ? ということは……俺の考えていることダダ漏れってこと?)
『そうよ……言っておくけど、私のつい思ったことを記憶したら殺すわよ』
(お互い様ってことか……まあ、別世界の俺だし、思考は大体似たような感じだから大丈夫……かな?)
『エッチなことを考えても殺すわよ』
(わかったよ。大体、男の身体じゃないし、考えても無駄だろうし)
『あっ、次、右に曲がって』
(ん? ……この道って……)
目的地に向かう道中、俺は女子高生の姿で歩きながら、通行人の視線を浴び続けるのだが、慣れないなあ。
さっき「女の俺」が言ったみたいに、美少女だから見られてるだけかもしれないけど、俺にとっては初めての経験だ。
男の俺は、こんな風に見られることなんて絶対にない。
……いや、むしろ存在感が薄すぎて、誰にも気づかれなかったくらいだ。
(これ、めっちゃ気まずいんだけど)
歩くたびに、スカートの裾が揺れる感触がまだ慣れない。
それに肩に当たる長い髪が、風が吹くたびに顔にかかってくる。
無意識に髪をかき上げる仕草をするけど、その動きすら、自分じゃないみたいで違和感しかない。
……ていうか、この身体、歩き方まで違う気がする。
男の俺だったら、もっと大股でガサツに歩いてたのに、今は自然と小股で歩いてる。
これって身体が変わったから?
それとも、無意識に周囲の視線を意識してるから?
(……やばい、考えすぎると頭おかしくなりそう)
でも、心の中の不安は消えない。
この身体で、これからどうやって生きていけばいいんだ?
学校に行くのも、買い物に行くのも、全部女の姿でやらないといけないのか?
(……今は考えるのやめよう。目的地に着くまで、何も考えない)
そう決めて深呼吸で落ち着こうとするけど、胸が上下するたびに、どんどん頭がぐちゃぐちゃになる。
……本当に、この身体、どうにかならないのか?
『君、考えすぎよ。そんなに悩んでも、答えは出ないわ。とりあえず、今は私の言う通りに動けばいいの』
(……そう言われてもなあ。君は慣れてるかもしれないけど、俺は初めてなんだよ、女の身体なんて)
『ふん、男の私って、本当に面倒くさいわね。まあ、いいわ。目的地に着いたら、ちゃんと説明してあげるから、黙って言う通りに進みなさい』
(……はいはい、わかったよ)
立ち止まる足。
目の前にあるのは広大な敷地を誇る、瓦屋根の和風豪邸。
「ここって……」
『幼馴染で親友の家じゃない。何を戸惑ってるのよ。早くインターフォン押しなさい』
(ちょっと待って! よく考えたらそりゃそうだ!
そっちは女だったから、ずっと仲が良かったかもしんないけど、俺は違う! 彼女とは高校入ってから一度も会話してないぞ!)
『は? マジで?』
(マジもマジ、大マジ! 考えたらわかるでしょ!
俺は男で、彼女は女なの!)
『そ、想定外だわ。性別が違うだけで、他は同じだと思っていたのに』
うわあ……こいつもやっぱ俺なんだ。
肝心なところで抜けてるところがあるんだあ。
『聞こえてるわよ!』
やっば。プライバシーないって、マジやばいよ。
「ちょっと! 私の家の前で、何を1人であたふたしてるんですか!」
俺が俺の中の女の俺と口論していたら、この大豪邸に住む、幼馴染の女の子が家から飛び出して現れた。
その子が家から飛び出して来た瞬間、彼女の金髪が夕日に輝いて神々しい光を放っているように思えた。
金髪ショートヘアの、活発そうな見た目の美少女のこいつの名前は修道院聖愛。
俺の幼馴染だ。
「美人ね。……それに、私と同じ学校の制服……」
訝しげに見られてるけど、そりゃそうだよなあ。
「あっ……えっと、俺は……」
「俺?」
困った! どう説明すればいいんだこれ?
『何をグズグズしてるのよ。君の身体がちゃんと冷蔵庫ごと運ばれているか聞きなさい。
それで聖愛は信じてくれるはずよ』
どこからその自信が湧くのか知らないが、たしかにそうだ。
俺の肉体を保管されずに、警察に渡されても人生詰む。
ここはわかりやすく丁寧に、聖愛に説明しなくては。
「俺……相模原勇でしゅ!」
大事なところで噛んでしまった俺に、生暖かい風がビューっとだけ吹いた。