第28話 ラスボスが強いのは当たり前
満月が校庭を照らす中、俺、相模原勇(男)は重く湿った空気に包まれ、セーラー服の裾が泥と汗で固まっていた。
セーラー服の白い布地が月光に反射し、暗闇の中で異様な存在感を放つ。
指輪は俺の指先を冷たく締め付け、まるで氷のような感覚だ。
校庭の中央には巨大な魔法陣が描かれ、そこから放たれるエネルギーが空気を歪ませ、視界を歪曲させていた。
月光が校庭を照らす中、クロノスは金属の関節をカチカチと鳴らしながら、ゆっくりと歩み寄ってくる。
『君、気を引き締めて! この戦い、ただのマシンガンじゃ勝てないわよ!』
女の俺の声が脳内に響く。
俺は深呼吸し、マシンガンに変形した右手を構えるが、今回は何か特別な戦術が必要だと直感する。
俺は咄嗟に聖愛に目配せをした。
「聖愛、魔法で俺の弾丸を強化してくれ!」
聖愛が右手を高く掲げ、淡い光を放つ。光は俺の弾丸に吸い込まれ、青白いオーラを帯びた。
「おう、任せろ! 俺のバットで奴の視界を奪ってやる!」
武彦が叫び、バットを振りかぶるとクロノスの目の前で地面に叩きつける。
地面が揺れて泥と砂塵が舞い上がり、一時的にクロノスの視界を遮った。
それでもクロノスの圧倒的な力に抗うことはできず、俺の心臓は恐怖と疲労で荒々しく鼓動を刻む。
「……ふははは! 無駄だ! お前たちの力など俺には通用しない! 指輪を渡せば、少しは楽に死なせてやるぞ!」
クロノスの声が校庭に響き渡り、その音は金属的で不快に耳に突き刺さる。
彼の姿は半ば機械化されたもので、傷ひとつない金属の身体が月光の下で不気味に輝いていた。
赤い目が俺たちを嘲笑うように光り、その光は俺たちの命を奪う死神の視線そのものだった。
俺は歯を食いしばり、マシンガンを再び構える。
だが、弾丸はクロノスの装甲に跳ね返され、金属音が校庭に虚しく反響する。
筋肉が震え、引き金を引く力すら失いかけていた。
その時、クロノスが手を振り上げると影から無数の黒服のアンドロイドが姿を現した。
校庭が一瞬にして赤い目の海に変わり、鉄と油の臭いが鼻をつく。
アンドロイドたちは無表情で黙々と銃を構え、俺たちを包囲し始めた。
「……くそっ! どうすればいいんだ!」
俺の叫び声は絶望に染まり、思考が混乱する。
武彦は金属バットを握りしめていたが、彼もまた疲労で息を切らしていた。
額から流れる血が地面に落ち、赤い滴が土を染めていく。
聖愛は俺の肩に手を置き回復の魔法を放つが、その光もクロノスの前に弱々しく見えた。
彼女の手は震え魔法の光が途切れがちになり、俺の傷を癒す力すら失われかけていた。
「……勇、駄目だよ! このままじゃ、私たち全員……!」
聖愛の声は震え、涙が頬を伝い落ちる。
武彦が立ち上がり、拳を握りしめて叫ぶが、その声も虚しく響く。
「勇、俺に任せろ! お前は指輪を使うことに集中するんだ!」
しかしクロノスは一瞬で武彦に迫り、その金属の腕で強烈な一撃を加えた。
武彦の身体が校庭の地面に叩きつけられ、鈍い音が空気を震わせる。
彼のバットが地面に転がり、金属音が静寂を切り裂く。
武彦は動かず、血が地面に広がっていった。
「……武彦!」
俺が叫ぶと女の俺の悲鳴も脳内に響き渡る。
その声は普段の冷静さを失い、焦燥と恐怖に満ちていた。
『君、気を引き締めて! 指輪の力を制御して! このままだと君の魂が消えるわ!』
「……わかってる! けど、……それでも、やるしかない!」
俺は指輪を見つめ、覚悟を決めた。
だが、その決意は恐怖と絶望に塗りつぶされそうだった。
クロノスが再び俺たちに向かって突進してくる。
その足音が大地を揺さぶり、俺の心臓を締め付ける。
金属の関節がカチカチと音を立て、死のカウントダウンのように響いてくる。
アンドロイドたちが一斉に銃を放ち、校庭が弾丸の雨に見舞われた。
「……ふははは! 終わりだ! 死ね、相模原勇!」
俺は指輪をはめた手を高く掲げ、心の中で念じた。
だが、手が震え、言葉が喉に詰まる。
指が冷たく感覚が失われている。
女の俺の声が俺の行動を止めようとする。
『君、待ちなさい! これ以上指輪を使ったら、君の魂が消えるわ! それだけは絶対に……!』
「……もういいんだ。俺がやるべきことなんだ!」
俺は彼女の声を無視し、指輪の力を解放する。
指輪から放たれる光がクロノスを包み込むが、彼の身体は一瞬たりとも停止しない。
光の柱が彼の身体に当たる度に、反射されて魔法陣のエネルギーそのものを吸収し始めたのだ。
俺たちの希望を嘲笑っているかのように。
「……ふははは! 愚かな! 俺の身体は魔法と科学の究極の融合だ! お前たちの力など俺を強化するだけだ!」
クロノスの赤い目がさらに輝きを増し、彼の身体が一層巨大化する。
金属の関節がカチカチと音を立て、俺たちに向かって再び突進してきた。
「……⁉ そんな……!」
俺は膝をつき、息を切らしながら指輪を見つめる。
指輪の光が弱まり、俺の身体がさらに重くなる。
魂が消えていく感覚に恐怖が広がる。
視界が暗くなり耳鳴りが響く。心臓の鼓動が遅くなり、身体が冷たくなる。俺の身体から力が抜けた。
『君⁉ 君、しっかりしなさい! 魂が消えちゃうわ!』
女の俺の声が震えていた。
彼女の悲しみと焦りが俺の心に突き刺さる。
だが、俺の身体はもう動かない。
指が震え、指輪が地面に落ち、俺の視界が狭くなり、意識が薄れていった。
聖愛と武彦の叫び声が遠くで聞こえるが、俺には反応する力もない。
「……護らなきゃ……みんなを……君を」
俺はそう呟くも視界が暗転して焦点がおぼつかない。
魂が消える恐怖の中、俺は最後の力を振り絞り、クロノスに向かってマシンガンを放つが、弾丸は彼の装甲に跳ね返された。
金属音が虚しく響き、俺の希望を打ち砕く。
「……勇!」
聖愛が涙ながらに叫ぶ。
武彦が立ち上がり、俺の身体を支えようとするが彼の力も限界に近い。
血が口元から流れ、彼の顔は苦痛に歪んでいた。
聖愛も泣きながら俺に触れるが、手が震え、魔法の光が消えていった。
彼女の涙が俺の顔に落ちるが、俺にはその感触すら感じられない。
「……勇、死ぬな! 俺たちと約束したんだろ!」
武彦の声が遠くで聞こえる。
その瞬間、クロノスが再び俺たちに迫り、巨大な金属の腕を振り上げた。
その腕が振り下ろされる瞬間、時間がスローモーションのように思えた。
「……ふははは! 終わりだ! 指輪は俺のものだ!」
その時、氷華が呪文を唱え始めた。
彼女の声が校庭に響き魔法陣が再び輝き始めるが、すぐに消えそうなぐらい、その光は弱々しかった。
「……クショシリャク・シクシウヤク・サイクキウドン・クウアイケン・ショウジッタ・ハラミャン・ハンスギョウ・サツボザイジカン……」
そこへクロノスは氷華に向かって攻撃を仕掛けた。
彼女の身体が吹き飛ばされ、魔法陣の光が一瞬にして消える。
彼女の呻き声が校庭に響き、俺の心をさらに絶望に突き落とす。
彼女の身体は地面に倒れ、動かなくなった。
「……氷華!」
俺が叫びたかったが声もかすれ、力が入らない。
クロノスが俺たちを見下ろし、冷たく笑う。
「さらばだ! 相模原勇!」
アンドロイドたちが俺たちを囲み、銃口を向けた。
そこで俺の意識は完全に途切れ、絶望の淵に沈んでいった。




