第26話 満月前日、想いを打ち明けて
満月の夜の前日、夕焼けが街を赤く染める中、俺、相模原勇はセーラー服姿で聖愛と一緒に、戦場武彦の家まで歩いていた。
目的は何かって? それは武彦の飼っている犬、きららの散歩だ。
「勇、早く早く! きららを紹介してよね!」
聖愛が明るい声で俺を急かす。俺が彼女に笑顔を返すと、武彦の家に到着。
ドアから出てきたのは相変わらず仏頂面の武彦。
でも、彼の足元には尻尾を振りまくって俺に飛びついてくるきららがいる。
小型犬の雑種で柴犬の特徴が強く、尻尾がクルンとしていて実に可愛い。
「おう、勇、修道院。お前ら、きららも喜んでるぜ」
武彦が手招きすると、きららが俺に飛びついてきた。
俺はその頭を撫でながらリードを手に取った。
「さて、散歩だな」
俺たちは3人で、きららを連れて近くの公園に向かった。
夕陽が沈みゆく中、緑の匂いが心地いい。
散歩道を歩きながら、武彦がふと何かを思い出したように口を開いた。
「なあ、勇。別世界の勇と俺たちって、どんなだったんだ?」
その問いに俺の脳内で女の勇が答えた。
『……戦場君のことを、遠くから眺めてるだけだったわ』
女の勇の声に乗せられたのは切なく響く記憶の断片。
彼女の世界では異世界人の侵攻で戦争の火の手が天に届き、彼女にとって心の安息地は灰燼に帰した。
彼女は幼い頃から才能に恵まれていたが、どこか空虚を感じていた。
そんな中で戦場武彦の存在は、彼女にとって唯一の光だった。
武彦は彼女が遠くから見守ることができる、唯一の希望だった。
彼はいつも、学校の片隅で1人で黙々と授業を受けていた。
彼女が見つめる先、彼は決して彼女に気づかず、ただただ自分の世界に没頭していた。
戦場君の笑顔や勉強に熱心な姿、その全てが彼女の心を温かく包んでいた。
しかしそんな平和な日々は、魔法と科学が融合した兵器によって一瞬にして奪われた。
『……私の世界では、戦場君は私の目の前で殺された。だから彼が笑っていたあの日々を思い出すだけで、胸が痛むのよ』
女の勇の声は静かな悲しみに満ちていた。
その悲しみは俺の胸にも染み込んできた。
彼女にとって武彦は救いであり、失った平和の象徴だった。
彼女が彼を遠くから眺めていたのは、ただ彼の存在が彼女の心を救ってくれたからだ。
その思いを抱えながらも、今、彼女は再び戦う決意を固めていた。
彼女の世界が滅んだように、この世界も滅びることは許されない。
そしてもしも時が戻るなら彼女はもう一度、彼の笑顔を見たいと思っていた。
そんな切ない想いが俺の心と一緒に、明日の戦いへの覚悟をさらに強くさせた。
俺は『……戦場君のことを遠くから眺めているだけだった』を口にすると、聖愛が嬉しそうに笑いながら言う。
「私と勇は幼馴染で大親友でBL仲間だよ! きっとそっちの私もお節介を焼いてたんじゃない? でも勇は不器用だし、戦場君もこんなだし、進展なかったんじゃない?」
女の勇がため息をつく声が脳内に響く。
『……当たり』
俺は思わず顔を真っ赤にした。
けど、気を取り直して勇気を出して訊ねる。
「武彦、女の俺ってどう思う?」
その瞬間、聖愛がパニックになる。
「え? マジでそうなるの?」
武彦も顔を真っ赤にして、意味不明な答えを返した。
「勇は勇だろ……勇は勇だ!」
俺はさらに続けた。
「必ず、氷華さんの実験を成功させて時を戻す。武彦……別世界の武彦だけど、女の勇の気持ちに応えてやれよ」
その言葉に女の勇が脳内で慌てふためく。
「当たり前だろ! むしろそっちの世界で俺と勇が親友じゃなかったことに驚きだぜ」
武彦の言葉に女の勇は思考回路が焼き切れる中、聖愛が呆れた顔で俺を見つめる。
「ほら、やっぱり戦場君、アホよね。向こうの世界の私がため息をついていた姿が想像できるわ」
俺は苦笑いしながら女の勇の混乱を感じていた。
『ちょっと、君、何言ってるのよ! 私はただ、戦場君のことを……』
俺は静かに彼女の声を聞きながら、内心で別の考えを巡らせていた。
(……氷華さんの実験が失敗し、異世界人との戦いでこの世界の俺の魂が消滅しても、武彦と聖愛なら安心して任せられる)
その考えを知った女の勇は一瞬黙り込んだ後、覚悟を決めたように呟いた。
『……そうね。私も覚悟を決めるわ。君がそんな覚悟をするなら私も……覚悟を決める。君の魂が消えても、私が戦場君と聖愛を守るわ』
俺たちは公園のベンチに腰掛け、きららが元気に走り回る姿を眺めていた。
聖愛はBL本を取り出して、何やら楽しそうに読んでいる。
満月の夜の前日。
夜空に星が瞬き始めたが今日は平和だ。
でも、この平和が明日も続くかどうかは明日の俺たち次第だ。
「勇、修道院、明日は本番だからな。……ちゃんと今日は寝ろよ」
武彦の力強い言葉に、俺は頷いた。
「ああ、俺たちは1人じゃない。……明日は、俺たちの未来を決める日だ」
聖愛も本から顔を上げ、真剣な目で俺たちを見つめた。
「そうだね。勇、戦場君、私も一緒に戦うよ。……絶対に、みんなが幸せになれる未来を作るんだから!」
俺たちは拳をぶつけ合い、決意を固めた。
その瞬間、きららが俺たちに飛びついてきて、みんなが笑った。
「きらら、明日こそは勇が戦場君の心を射止めてやるんだから、応援してね!」
聖愛がきららに向かってニヤニヤしながら言うと、武彦が顔を真っ赤にした。
「おい、修道院! 何を言ってんだ!」
俺も一緒に笑い、女の勇が脳内で暴走。
『ああ、戦場君の赤らめた顔……キュンキュンしちゃう! 私、明日こそは……』
俺は顔を真っ赤にしながら内心でツッコミを入れた。
(君、そんなことばっかり考えてないで、明日の戦いに備えようよ!)
そんな笑いと緊張感が混ざり合う中、俺たちは夜の静寂の中、心を一つにしていた。
明日は満月の夜、俺たちの運命が決まる日だ。




