第23話 氷華の真の目的は?
「……氷華さん、君の実験についてもっと詳しく教えてくれ。俺たちが協力するなら、その内容をはっきりさせないと俺たちは納得できない」
俺は深呼吸して、はっきりと口にした。
部屋の中が一瞬にして静まり返った。
氷華は静かに笑い、優雅に髪をかき上げた。
彼女の仕草は優雅だが、その目はまるで氷のように冷たい。
「ふふ、相模原勇、君の覚悟は素晴らしいわ。……いいでしょう。私の実験について詳しく説明してあげる」
「氷華さん、勇に変なことさせないでよね! 私たちがいるんだから、勇1人で背負うなんて絶対に許さない!」
「……修道院の言う通りだ。勇、お前がそんな覚悟をするのはいいが、俺たちを無視して1人で突っ走るのは許さねえぞ!」
聖愛の意志がこもった言葉と武彦の力強い言葉。
それを聞いた女の勇も脳内で呟いてくる。
『君、聖愛と戦場君の言う通りよ。君1人で抱え込むなんて、絶対に駄目』
「……ありがとう、聖愛、武彦、女の俺。氷華さん、それでは説明をお願いします」
氷華はふっと笑い、優雅に首を振った。
「ふふ、いいでしょう。……では、説明を始めましょう。私の実験は魔法と科学の完全な融合を目指すものよ。……具体的には、この世界の電気エネルギーを利用して、指輪の魔法結晶を活性化させ、新たな魔法の力を引き出すこと。……その結果、魔法の力を無限に増幅し、時空を自由に操る力を手に入れるの」
「……時空を操る⁉ そんなことが本当に可能なのか⁉」
俺が叫ぶと、氷華は冷静に続ける。
「ええ、可能よ。……指輪に封じられた魔法結晶は、時空を操作するエネルギーを生み出す力を持っているわ。……でも、そのエネルギーを引き出すには膨大な電力が必要なの。私の世界では、そのエネルギーを賄うことはできなかった。……でも、この世界なら話は別よ。科学が発展したこの世界の電気を使えば、指輪の力を最大限に引き出すことができるわ」
「……それって、どういう仕組みなんだ⁉ 具体的に教えてくれ!」
武彦が拳を握りしめ、声を荒げる。氷華は静かに笑い、説明を続ける。
「ふふ、戦場武彦、君の疑問はもっともよ。指輪の魔法結晶は、魔法と科学が融合した特殊な物質で、時空の歪みを制御する力を持っているわ。その結晶を活性化させるには、私の魔法のエネルギーだけでは足りない。科学の力が不可欠なの。この世界の電気エネルギーは魔法の結晶に必要な振動を与え、結晶内部の時空操作の回路を活性化させるのよ。その結果、指輪は空間転移や結界生成を超える力、例えば時間を巻き戻す力を引き出すことができるわ」
「……時間を巻き戻す⁉ そんなことが本当にできるの⁉」
聖愛が目を丸くし、驚愕の声を上げる。
氷華は頷き、続ける。
「ええ、聖愛様、時間を巻き戻すことは理論上可能よ。指輪の魔法結晶は時空の歪みを制御する力を持っているわ。その歪みを操作すれば過去の特定の時点に戻ることができるの。ただし、そのためには膨大なエネルギーと、強い意志が必要なの。そしてその代償として指輪を使う者の魂が削られるわ」
「……魂が削られる。それはわかりました。でも、膨大なエネルギーを得るためにこの世界が危険に晒されるのには抵抗を感じます」
俺の呟きを聞き、氷華は冷静に続ける。
「ふふ、心配しないで。私の実験は、この世界の人間に直接的な危害を加えるものではないわ。私の計算では数日間は電気が使えなくなる程度よ。ただし指輪を使う者の魂が消えるリスクは避けられないわ。相模原勇、君がその覚悟を持っているなら、私の実験に協力してくれるかしら?」
その氷華さんの言葉に俺は覚悟を決めた。
『……君⁉ 何を考えてるの⁉ そんな成功するかわからない実験に協力するなんて、絶対に駄目よ! 君の魂がただ消えるだけってオチは、私が許さないから!』
女の勇の声が震えていた。
彼女の感情が俺の心に直接伝わってくる。……けど、俺はもう決めたんだ。
「……氷華さん、もしその指輪が本当に時間を巻き戻す力を持っているなら、俺にはお願いがある。……女の俺のいた世界も時間を巻き戻してほしい」
「……⁉」
部屋の中が再び静まり返った。聖愛が目を丸くし、武彦が「勇⁉」と叫び、女の勇が脳内で絶句している。
『……君⁉ 何を言ってるの⁉ 私の世界を⁉ そんなこと、君が……』
(……君の気持ちはわかる。けど、俺は……俺は君の世界も救いたい。時間が巻き戻るなら君の世界も何とかなるかもしれない。なら、俺は君の世界も救うために戦う)
『君……本当にバカね。君がそんな覚悟をするなんて』
「……ありがとう、もう1人の女の俺」
俺はそう呟きながら指輪を握りしめた。夕陽が沈み、部屋の中が暗闇に包まれる。
「……ふふ、相模原勇、君たちの絆は本当に素晴らしいわ。……でも、覚えておきなさい。クロノスはもうすぐこの世界に現れる。その時、君たちの覚悟が試されるわよ」
氷華の言葉に俺たちは一瞬静まり返った。
……クロノス。女の勇の世界を滅ぼした侵略者。
その名前を聞くだけで背筋が寒くなる。
「……氷華さん、そのクロノスについても教えてください」
俺が訊くと、氷華は静かに笑った。
「クロノスは私の世界の王だった男。彼は魔法と科学の融合を極め、全ての世界を支配しようとした愚か者よ。彼は指輪を奪うために、どんな手段も選ばない。必ずやって来ると思ってなさい。そして彼がこの世界に現れる時、君たちの世界は最大の危機を迎えるわ」
「……そんな奴が来るなら、俺たちは絶対に負けない! 勇、俺たちでクロノスをぶっ飛ばしてやろうぜ!」
武彦が拳を握りしめ、力強く叫ぶ。
聖愛も頷き、俺のセーラー服の袖をぎゅっと握った。
「仕方ないわ。修道院聖愛、戦場武彦。君たちに私の魔法を一部渡してあげる」
氷華さんの身体が青白く発光し、聖愛と武彦を包んでいった。
(なんと……ズルい。俺も欲しい)
『君、私はもう貰っているのを忘れないで。私に指輪を託した異世界人から貰った、マシンガンの能力よ』
(そっか、あれも魔法なんだね)
聖愛と武彦も最初は戸惑ったが、すぐに自分の力を理解したようだ。
「勇、私も戦うよ! 氷華さんの魔法を使って、私もみんなを守るから!」
聖愛は回復能力のようだ。
俺の太ももについていた小さな傷を見つけ、淡い温かい光を出して治癒してくれた。
ありがたい、これで死なない程度に無茶して動ける。
「俺は力が増したみたいだ。早く実戦で試したいぜ」
武彦は武力か。
ありがたい、攻撃役は何人いてもいいからな。
『君、気を引き締めて。クロノスは私の世界を滅ぼした男よ。彼の力は、私たちが想像する以上に強大。……絶対に油断しないで』
(……わかってる。……これからが本番だ)
静かな部屋の中、俺たちの心臓の鼓動だけが響き続けていた。




