第21話 指輪の真実?
夕陽が沈みかけ、街全体がオレンジ色に染まる。
俺、相模原勇は聖愛と武彦と共に、炎城寺氷華のマンションの302号室に足を踏み入れた。
部屋の中は意外なほどシンプルで、まるでモデルルームのように整然としている。
壁には何の装飾もなく、家具も必要最低限。
まるでここに住む人間の感情が欠落しているかのような空間だ。
「……ふふ、座ってちょうだい。聖愛様、相模原勇、戦場武彦。……今日は特別に私の話を聞いてもらうわ」
氷華が優雅な笑みを浮かべながら、ソファを指し示す。
俺たちは緊張しながらも言われた通りに座った。
俺は深呼吸して、心を落ち着かせようとした。
すると氷華が静かに口を開いた。
「さて、どこから話すべきかしら。……そうね、まずは私の故郷、異世界の話から始めましょう。私の名前はフレア・サンクチュアリ・クリスタリン。この世界では炎城寺氷華と名乗っているけど、それはただの仮の姿にすぎないわ」
「……やっぱり、君は異世界人だったんだな」
俺がそう言うと氷華はふっと笑った。
「ええ、そうよ。私の世界は魔法が全てを支配していた。……でも、それは遠い昔の話。私の故郷には深い森があったわ。そこは私が愛した場所であり、私の研究の場でもあったの」
氷華の目が遠くを見るようにぼんやりと霞む。
まるで彼女がその森の中にいるかのような、懐かしさと悲しみが混じった表情だ。
「その森は魔法の力が満ち溢れていて、まるで生きているかのようだった。木々は光を放ち、夜になると星のように輝いた。……私は幼い頃から魔女として生まれ、そこで魔法の研究に没頭していたの。自然と調和しながら魔法の可能性を探る日々は、私にとって唯一の安息だったわ」
「……それ、めっちゃ綺麗な場所だったんだね」
聖愛が呟くと、氷華は苦笑した。
「ええ、聖愛様の言う通りよ。でも、その平和は長くは続かなかった。……魔法科学の発展が始まり、戦争が起こったの。私の森は燃え盛る炎に包まれ、崩れ落ちる屋敷と共に灰と化したわ。……私の愛した全てが奪われたのよ」
氷華の声が少し震える。
彼女の青白い瞳に、深い憎悪と悲しみが宿っている。
「……その戦争は私の世界を滅ぼした。魔法と科学を融合させた兵器が次々と開発され、国々は資源と領土を巡って争い始めた。私は隠遁生活を続けていたけど、戦争の波は私の森にも押し寄せた。……私の研究はただ純粋に魔法を愛するためのものだったのに、彼らの欲望と愚かさが全てを壊したのよ」
「……それで、君はこの世界に来たのか?」
俺が訊ねると、氷華は頷いた。
「ええ。私の世界は滅びつつある。生き延びるためにこの世界への潜入に志願したわ。……でも、これ以上の力を使うには指輪が必要だったわ。相模原勇、あなたが持っているその指輪は、私たちの世界で最も重要な鍵なのよ」
俺は右ポケットに手を入れ、指輪を握りしめた。
冷たい金属の感触が、俺の心臓を締め付ける。
「……指輪の起源と仕組みを教えてあげるわ。指輪は私の世界の大神殿に安置されていた、空間転移の鍵よ。魔法と科学が融合した技術の結晶であり、時空を操作する力を持っている。……でも、その力には代償があるわ」
「代償……?」
武彦が眉をひそめる。氷華は冷たく笑った。
「ええ。指輪を使うたびに魂が少しずつ削られるのよ。……相模原勇、あなたも気づいているでしょう? 指輪を使った後のあの疲労感、まるで身体が空っぽになるような感覚。……それはあなたの魂が消え始めている証拠よ」
「……⁉」
俺は思わず息を呑んだ。
『……君、気を引き締めなさい。彼女の言う通りよ。指輪を私に託した異世界人も、すでに身体が半分透明になっていた話はしたでしょ』
(……そうだったな。なら、俺たちはもっと慎重に使わないと……)
氷華が続ける。
「指輪の具体的な能力は空間転移と結界生成、そして敵の動きを遅くする力よ。……これらの力は指輪に封じられた魔法の結晶が、時空を操作するエネルギーを生み出すことで発動するの。結晶は魔法と科学が融合した特殊な物質で、時空の歪みを制御する力を持っているわ。……でも、そのエネルギーを引き出すには、強い意志と生命力が必要なの。使いすぎれば、あなたの魂は完全に消滅するわ」
「……そんな危険なものが、なんで存在しているんですか?」
俺が訊くと、氷華は冷たく笑った。
「それは私も知らないわ。……でも、私にはその指輪が必要なの。私の世界の連中の真の狙いは、ただの資源や土地の奪取ではないから」
『……真の狙い?』
女の勇の脳内の呟きを、そのまま口にする。
氷華は頷いた。
「ええ。私の世界を滅ぼした連中、クロノスたちは、新たな世界を侵略し、原住民を虐殺することで自分たちの生存を確保しようとした。……でも、それだけじゃない。彼らは魔法の力で全ての世界を支配下に置くことを目指しているの。……そのための鍵が指輪なの」
「……そんなこと、許せるわけないだろ!」
武彦が拳を握りしめて叫ぶ。聖愛も顔を青ざめさせながら呟く。
「……氷華さん、それを回避するにはどうしたらいいの……?」
「ふふ、聖愛様、指輪が存在する以上、回避は不可能ですよ。……でも、私は彼らとは違う。この世界を私の実験場にしたいだけなの。私の研究を完成させ、新たな魔法の可能性を探るためにね。……成功すれば回避も可能になるかしら」
「……実験場って、どういう意味ですか?」
俺が訊ねると氷華は優雅に笑った。
「この世界には魔法が存在しない。その純粋な科学の世界で私の魔法を試すのよ。……私の研究は魔法と科学の完全な融合を目指している。相模原勇、あなたの世界は私にとって理想的な実験場なの。……具体的には、この世界の電気エネルギーを利用して魔法の結晶を活性化させ、新たな魔法の力を引き出す実験をしたいの」
「……それは、俺たちの世界を壊すという意味で?」
俺が顔を険しくして問うと、氷華は静かに首を振った。
「壊すつもりはないわ。ただ、私の研究のために利用させてもらうだけよ。……でも、クロノスたちがこの世界に侵攻すれば話は別よ。彼らは何もかもを焼き尽くすでしょう。……だから指輪を渡しなさい。相模原勇」
「曖昧な話で渡すわけにはいきませんね。あなたの目的が何であれ、この世界を実験場にすると言っている以上、信じるわけにはいきません」
俺がそう言うと、氷華は冷たく笑った。
「ふふ、いいでしょう。……でも、最後に一つだけ提案があるわ。指輪を渡せば君たちはもしこの世界が滅んでも助けよう。私の魔法で君たちだけは別の安全な世界に逃がしてあげるわ。……どうかしら?」
「……⁉」
俺は言葉を失う。聖愛も武彦も絶句したまま氷華を見つめている。
「……氷華さん、そんな提案、受けられるわけないよ! 私たちは、勇と一緒に戦う!」
聖愛が叫ぶ。武彦も拳を握りしめて続ける。
「俺たちを舐めるな、炎城寺氷華! 俺たちは勇と一緒に最後まで戦うぜ!」
氷華はふっと笑い、立ち上がった。
「ふふ、いいでしょう。……でも、覚えておきなさい。君たちの選択が、この世界の未来を決めるのよ」
俺たちは絶句したまま、彼女の言葉の重さに押し潰されそうになっていた。
(……どうする? 炎城寺氷華を信じるべきか?)
静かな部屋の中、俺たちの心臓の鼓動だけが響き続けていた。




