第20話 女子2人と男子1人は三角関係と呼ぶ
朝の光が教室の窓から差し込む中、俺、相模原勇はセーラー服姿で自分の席に座っていた。
昨日、聖愛と武彦を救うために廃ビルで氷華と戦ったせいで、学校を無断欠席してしまった。
……いや、待て待て。無断欠席って俺の人生初だぞ。
無遅刻無欠席が自慢だったのに……
「……はあ、今日はちゃんと授業を受けなきゃな」
『君、昨日はよくやったわ。でも、今日はしっかり学校生活を満喫しなさい。私の成績表はオール5なんだから』
(いや、成績は関係ないだろ! それに君の成績じゃなくて俺の人生なんだよ!)
そんな脳内会話をしていると、教室のドアがガラッと開き、担任の田中先生が入ってきた。
50代の、ちょっと疲れた感じの数学教師だ。
……あれ、田中先生、なんか俺の方をチラチラ見てないか?
「相模原、ちょっと職員室に来てくれ。昨日、無断欠席した件について話がある」
「……⁉ はい、わかりました」
俺は冷や汗をかきながら立ち上がり、職員室に向かった。……やばい、ついに来たか、無断欠席のツッコミ。
どう説明すればいいんだよ?
「実は異世界人と戦ってました」
なんて言えるわけないよなあ。
『君、落ち着きなさい。私の頭脳があれば、先生を納得させる言い訳くらい簡単に思いつくわよ』
(いや、頭脳は関係ないだろ! それに君の言い訳って、絶対変な方向にいく気がする……)
職員室に着くと、田中先生が腕を組んで俺を見つめてくる。……うわあ、目が怖い。
「相模原、昨日はどうしたんだ? 無断欠席なんて、お前らしくないぞ」
「あ、あの、実は……体調が悪くて、急に倒れちゃって……」
『君、それじゃ駄目よ。もっと具体的に言いなさい。「急に腹痛が襲ってきて、トイレに籠もってました」とか』
(そんな言い訳、できるわけないだろ! ていうか女子高生がそんなこと言うの、めっちゃ変だぞ!)
「……相模原? 何をブツブツ言ってるんだ?」
「あ、いえ、なんでもないです! とにかく、体調不良で休みました。すみませんでした!」
田中先生は少し怪訝な顔をしたが、結局は「次はちゃんと連絡しろ」とだけ言って解放してくれた。
……ふう、なんとか乗り切ったけど、心臓バクバクだよ。
教室に戻ると、今度はクラスメイトたちが俺を取り囲んできた。……え? 何この空気?
「ねえ、相模原さん、昨日、聖愛ちゃんと戦場くんと一緒に無断欠席してたよね? 3人で何してたの?」
「えっ⁉ いや、それは……」
「まさか、三角関係⁉ 相模原さん、聖愛ちゃん、戦場くんの3人でドロドロの恋愛してるんじゃないの⁉」
「はあ⁉ んなわけないだろ……ないでしょ!」
俺が慌てて否定すると、クラスメイトたちがさらに盛り上がってきた。
「でもさ、昨日3人一緒にいなかったら、無断欠席が同じ日って変だよね?」
「ていうか、戦場くんって硬派なイメージだったけど、実は相模原さんと聖愛ちゃんの間で揺れてるんじゃないの?」
「いやいや、聖愛ちゃんが相模原さんを好きで、武彦くんがライバルとか⁉」
クラスメイトたちが一斉に笑い出した。
……いや、笑い事じゃない。ていうか、俺、女の身体になっているけど、中身は男なんだぞ!
三角関係とか、ありえないから!
『はっ⁉ 三角関係⁉ 私と聖愛と戦場君が⁉ そ、そんなわけないわ! 戦場君は私だけのものよ! 親友相手でも負けないわ!』
(いや、君、落ち着け! ていうか俺の存在を忘れないでくれ!)
脳内で女の勇が暴走を始め、俺の心臓がドキドキし始めた。
身体は1つなんだから、影響が出るんだよなあ。
そう思っていると、彼女が少女漫画のような妄想を始めた。
『……ああ、戦場君が私と聖愛の間で揺れて、「勇、俺にはお前しかいない!」って抱きしめてくれるシーンを想像しちゃう! ……そして聖愛が「勇、私にはBLがあるからいいわ!」って潔く身を引く……完璧なハッピーエンドね!』
(いやいや、完璧じゃないだろ! ていうか俺の存在が完全に無視されているんだけど!)
「……相模原さん? 顔真っ赤だけど、大丈夫?」
クラスメイトの一人が心配そうに訊いてきた。……うわあ、顔が熱い。女の勇の妄想のせいだ、絶対に。
「あ、あの、大丈夫です! ちょっと考え事をしていただけで……」
「考え事って、三角関係のこと?」
「だから違うって!」
俺が叫ぶと教室がさらに笑いに包まれた。
……もう、どうしていいかわからないよ。
昼休み、俺は聖愛と武彦と一緒に購買でパンを買った後、教室の隅で3人で話していた。
……いや、話しているっていうより、さっきの三角関係の噂をどうするか相談している感じだ。
「勇、さっきのクラスメイトたちの話、めっちゃウザかったよね。……ていうか私と戦場くんが三角関係とか、ありえないんだけど」
聖愛がムッとした顔で言う。武彦も仏頂面で頷いた。
「修道院の言う通りだ。俺はそんなんじゃねえ。……けど、勇、お前が女になってから、なんか変な噂が増えたな」
「……俺のせいじゃないだろ! ていうか、俺だってこんな身体になりたくてなったわけじゃないんだぞ!」
『君、落ち着きなさい。戦場君がそんな噂を気にしないって言ってるんだから、問題ないわよ。……でも、聖愛が戦場君に近づきすぎるのは許さないわ!』
(いや、君が一番問題だろ! だから頼むから、俺の存在を忘れないでくれよ!)
そんな脳内会話をしていると、教室の入り口から上級生の女子生徒が入ってきた。
……ん? 誰だっけ? と思っていると、聖愛から氷華と同じクラスの人だと教えてもらった。
「あの、修道院聖愛さん、ちょっと訊きたいんだけど」
「え? 私? 何?」
聖愛が首をかしげると、上級生が真剣な顔で話し始めた。
「昨日、炎城寺氷華さんが無断欠席してたんだけど、今日も来てないの。修道院さん、氷華さんの家でメイドをしてるって聞いてたから、何か知らないかなって」
聖愛が目を丸くする。俺も武彦も一瞬言葉を失った。
さて……どう説明すべきか。
「うーん、氷華さん、昨日は体調不良って言ってたけど、今日は何も聞いてないよ。……でも、氷華さんが無断欠席なんて、めっちゃ珍しいよね。いつも完璧な人なのに。わかりました。今日の放課後、確認します」
聖愛の真剣な顔に上級生は納得してくれたようで、それ以上聞いてこなかった。
「……そうか。なら、俺たちで氷華さんの様子を見に行った方がいいかもしれないな」
俺がそう提案すると武彦も頷いてくれた。
放課後、俺たちは氷華が住んでいるというマンションに向かった。
聖愛が前に氷華から聞いた住所を頼りに、街の少し離れた高級住宅街にやってきた。
……うわあ、めっちゃ立派なマンションだな。
修道院家のメイドのバイトって、いくら貰っているんだ?
「……ここだな。氷華の部屋、302号室って聞いてるけど、どうやって入るんだ?」
俺が訊くと聖愛が慣れている感じで動く。
「とりあえず、インターホンを押してみるよ。……でも、氷華さん、出てくれるかな?」
聖愛がインターホンを押すと、少しの沈黙の後、スピーカーから冷たい声が聞こえてきた。
「……誰かしら?」
「……⁉ 氷華さん⁉ 私、聖愛です! 勇と戦場くんも一緒なんだけど、ちょっと話があって……」
「……ふふ、聖愛様、相模原勇、戦場武彦。……よく来たわね。上がってきなさい」
ブザーが鳴り、マンションのオートロックが解除された。
……うわあ、なんか緊張するんだけど。
氷華の声、相変わらず優雅だが、どこか不気味だ。
『君、気を引き締めて。彼女の目的を探るチャンスでもあるわ』
(……わかってる。けど聖愛と武彦もいるから、無茶はできないな)
俺たちはエレベーターに乗り、302号室の前までやってきた。
ドアが静かに開き、そこには赤い髪と青白い瞳の氷華が立っていた。
いつもの優雅な笑みを浮かべているが、その目はまるで俺たちの心の中を覗き込むようだ。
「ふふ、ようこそ、私の家へ。……さて、今日は何を話しましょうか?」
……これから、何が起こるんだろう?
心臓がドキドキする。
俺たちは緊張しながら、氷華の部屋に足を踏み入れた。




