第18話 実験場
俺は廃ビルの前に立っていた。
夕陽に照らされた廃墟は不気味な影を落としていた。
窓ガラスの破片が地面に散らばり、壁には無数の落書き。まるで世界の終末を思わせる光景だ。
「……ここか」
深呼吸をしてビルに入る。
中は暗く埃っぽい空気が喉を突く。
足元には割れたガラスやゴミが散乱し、歩くたびに不快な音が響く。
『君、気を引き締めて。炎城寺氷華はすぐ近くにいるわ』
「わかってる。……でも、聖愛と武彦はどこだ?」
その瞬間、ビルの奥から足音が聞こえた。
暗闇から現れたのは赤い髪と青白い瞳の氷華だった。
彼女の足元に縛られた聖愛と武彦が倒れていた。
「ふふ、よく来たわね、相模原勇。指輪は持ってきた?」
氷華の優雅な笑みに、心臓が締め付けられる。
「聖愛! 武彦!」
聖愛が弱々しく顔を上げた。
「ゆ、勇……来ちゃ駄目だったのに……」
武彦も歯を食いしばる。
「勇……俺たちのことはいい、逃げろ……」
「ふふ、感動的な再会ね。指輪を渡しなさい。そうすれば2人を解放してあげるわ」
氷華は手を差し出し、俺はポケットから指輪を取り出した。
「……氷華さん、君の目的は何だ? 指輪を渡したら、この世界はどうなる?」
「ふふ、いい質問ね。でも、あなたには関係ないわ。指輪を渡せば元の体に戻れる。それでいいじゃない?」
心が揺れる。元の体に戻れるなら戻りたい。
『君、信じちゃ駄目よ!』
(……わかってる。でも、聖愛と武彦を救うためには……)
俺は指輪を握りしめ、氷華を睨みつけた。
「……氷華さん、あなたの目的は異世界人と違うんじゃないんですか? 人質にするなら冷蔵庫の中の俺の男の肉体でよかったはずだ! こんな回りくどい方法をとる理由を聞かせてください。協力できるなら……手を取り合いたい!」
「ふふ、なかなか賢いわね。……でも、残念ながら、あなたは私の仲間にはなれない。あなたには勇気と正義感が多すぎる。私の目的には邪魔なのよ」
氷華が冷たく笑うと彼女の背後から10体の黒服アンドロイドが現れた。
赤い目が俺を嘲笑うかのように光る。
金属の関節が音を立て、鉄と油の臭いが充満する。
「⁉ 氷華さん、これは⁉」
「ふふ、これが私の本気よ。指輪を渡さないなら2人を殺す。そして、あなたもね」
氷華が指を鳴らすと、アンドロイドが襲いかかってきた。
「くそっ!」
俺は右手を念じ、マシンガンに変形させた。
同時に指輪をはめ、結界を張る。
『偉大なる時空の神よ、この空間を包み敵の攻撃を防ぎ、我々の戦いを隠したまえ!』
結界が張られ周囲が歪む。
しかし、アンドロイドの赤い目は俺を捉えている。
1体は突進し残りの9体は援護射撃を始める。
突進型のアンドロイドは猛獣のように速い。
俺はマシンガンを構え、引き金を引く。
ドドドドド! 弾丸がアンドロイドの胸に命中する。
だが、それは効かず、敵はさらに加速する。
「くそ……硬い」
援護射撃の弾丸が飛び交う。
バシュ! バシュ! と音が響き、俺は咄嗟に横に飛び、床に転がる。
『もっと集中して! 数を減らしなさい! 突進型を先に倒しなさい! 急いで!』
(わかった! でも、援護射撃が厄介だ!)
俺は突進型アンドロイドの頭部を狙う。
だが、援護射撃の弾丸が肩をかすめ、セーラー服の袖が裂ける。
ドドドドド! 弾丸がアンドロイドの顔面に命中し、よろめく。
その隙に援護射撃のアンドロイドが迫ってくる。
「まずい!」
俺は後退しながら連射を続ける。
援護射撃のアンドロイドの関節を狙うが、突進型が立ち上がり、襲いかかってくる。
「ヒャハハ! 死ね!」
アンドロイドが銃を振り上げる中、俺は指輪の力を再び念じた。
『偉大なる時空の神よ、敵の動きを封じ、我々に勝利を与えたまえ!』
指輪が光り、アンドロイドの動きがわずかに遅くなる。
その隙に、俺は突進型アンドロイドの頭部に全弾を叩き込む。
ガシャン! 突進型が金属片に変わった。
「1体目、倒した!」
しかし援護射撃のアンドロイドの弾丸が結界を貫通する。
『君、気を引き締めなさい! 聖愛と戦場君に弾丸が当たらないように動くのよ!』
(……了解!)
俺は必死に位置を確認しながら弾丸を避け、反撃のチャンスを伺う。
集中し、アンドロイドの頭部を狙い続ける。
次々とアンドロイドを倒していくが、まだ残り5体。
そこで氷華は冷たく笑った。
「ふふ、さすがね。……でも、これで終わりよ」
氷華が魔法を放つと俺の身体が浮き上がった。
「⁉ 氷華さん、何を⁉」
「ふふ、あなたの魂をこの身体から引き剥がすわ。指輪を渡さないならあなたの魂を消して、私がこの身体を乗っ取るだけよ。この世界を私の実験場にするために!」
視界が暗くなり、意識が遠のく感覚に陥る。
『君、目を覚ましなさい! 君の魂は私と繋がっているのよ! 負けないで!』
女の勇の声が俺の意識を引き戻す。
俺は最後の力を振り絞り、指輪を握りしめた。
「……氷華さん、君の目的はわからない。……でも、俺は聖愛と武彦を守る。そしてこの世界も守る!」
そう願いを込めた瞬間、指輪が眩しく光り、俺は地面に着地した。
氷華の魔法が解けたのだ。
「……ふふ、面白いわね。……でも、次は本気でいくわよ」
氷華とアンドロイドたちは消え、静寂が戻ってきた。
(消えた?)
『今のうちに2人を!』
俺は聖愛と武彦の元へ駆け寄り、縛りを解いた。
「聖愛! 武彦! 大丈夫か⁉」
聖愛は涙を流しながら俺の胸に顔を埋めた。
「勇……本当に来てくれるなんて……バカ……」
武彦もいつもの仏頂面を崩し、肩を叩いた。
「勇、お前、よくやったな。……けど、次は俺にも戦わせろ。親友として、黙って見てられねえよ」
「……武彦、聖愛、無事でよかった」
俺は2人を抱きしめ、安堵と決意を感じる。
だが、氷華の言葉が頭から離れない。
「この世界を私の実験場にするために!」
一体どういう意味だ?
『君、気を引き締めて。氷華はまだ近くにいるかもしれないわ。……それに彼女の魔法は、私の世界を滅ぼした連中と同じよ』
(……わかってる。けど、俺たちは1人じゃない。聖愛も武彦もいる。君もいる。絶対に負けない)
俺は聖愛と武彦を支えながら、廃ビルを出た。
夕陽が沈み、街が闇色に染まっていた。
日常の平和を感じさせる光景だが、戦いはまだ終わっていない。それだけは肌で感じていた。




