第14話 料理得意なの?
学校からの帰り道、俺、相模原勇(男)は聖愛と武彦と共に歩きながら、今日の出来事を話していた。
スカート姿で歩くのも、周りの通行人の視線も慣れてきたよ。
人間、慣れって恐ろしい。
「……でさ、氷華さんが俺に『指輪を渡せば元の身体に戻してあげる』って言ってきたんだよ。しかも異世界人っぽい雰囲気バリバリでさ……」
俺がそう話すと聖愛が首をかしげながら反応した。
「え? 氷華さんが? でも、氷華さんってうちのメイドで、めっちゃ頼れるお姉ちゃんって感じなんだけど。……そんなこと言う人には見えないよ?」
「いや、でも、俺にはそう感じたんだよ。あの時、廊下でアンドロイドを倒した後、氷華さんが現れたんだ。アンドロイドの残骸が転がってるのに驚きもせず、説明も求めないってどう考えても普通じゃないだろ」
俺がそう言うと武彦が腕を組んで口を開いた。
「炎城寺氷華って修道院の家でメイドをやってるあの女か? 俺はよく知らねえけど、飯を作るのが美味いってのは覚えてるぜ。……でも勇が言うなら、なんか怪しいってのもわかる気がするな」
「そうなんだよ! だからさ、氷華さんについてもっと知りたいんだけど、聖愛、何か知らないか?」
俺が訊ねると聖愛は少し考えてから答えた。
「うーん、氷華さんはうちの両親が採用面接して決めたんだけど、面接の時から完璧だったって話しか聞いてないよ。実際、メイドの仕事も完璧だし、学校でも成績優秀で、みんなの憧れの的みたいな感じだし。……でも、たしかにちょっと謎な部分はあるかもね。だって、なんでわざわざうちでバイトしてるのかとか、よく考えたら不思議っちゃ不思議だよね」
「……そうか。なら聖愛の家で氷華さんと腹を割って話してみたいんだけどさ」
俺がそう提案した瞬間、聖愛のスマホがピロンと鳴った。聖愛が画面を確認して、顔が青ざめる。
「えっ⁉ 氷華さんからだ。『体調不良で、今日は夕飯作りに行けなくなりました』だって。……うわあ、どうしよう、氷華さんの料理がないなんて私、生きていけないよ!」
聖愛が大げさに嘆く中、俺の脳内に女の俺の声が響いてきた。
『こんな時こそ私の出番ね。私は料理、大得意よ。聖愛を助けるためにも、私に任せなさい!』
(……え? 料理? 俺、料理なんてしたことないんだけど?)
『何を言ってるのよ。身体は私なのよ。当然、私のスキルが使えるわ。君は私の言う通りに動きなさい』
ここは信じてみるか。
それに聖愛の家でお世話になっているのだ。
恩返しもすべきだろう。
「聖愛、心配しないで。俺が料理を作るよ」
俺がそう言うと聖愛と武彦が同時に目を丸くした。
「は? 勇、料理なんてできるわけないじゃない?」
「勇、お前、料理とかやったことあんのか? なんか意外だな」
当然の反応だよなあ。
「……まあ、なんとかするよ。任せてくれ」
俺はそう言って、聖愛の家に着くとすぐに台所に向かった。
***
聖愛の家の台所は、さすが豪邸だけあって広々としていて調理器具も一通り揃っている。
俺はエプロンを着け、冷蔵庫の中を確認する。
野菜、肉、魚、調味料……うん、なんとかできそうな材料はあるな。
(さて、それでどうすりゃいいんだ?)
『君、余計なことを考えないで。私が指示するから身体を動かしなさい。まずは玉ねぎをみじん切りにして』
(みじん切りって、どうやるんだよ……)
『包丁を持って切りつければ動くわよ』
その瞬間、俺の手が勝手に動いたかのようにスムーズに動く。
包丁を手に持つと玉ねぎを素早く切り始め、あっという間に細かいみじん切りが完成した。
「……⁉ 俺、できてる⁉」
『当然よ。身体は私なのよ。君はただ、私の身体が覚えている動きをすればいいの』
(……なんかちょっと敗北感あるけど、すげえな、君)
俺は内心、女の勇に敬意の念を抱きながら次々と指示に従った。
玉ねぎを炒め、にんにくを加え、肉を焼いて、野菜を煮込んで。
……俺の手はまるで一流シェフのようだった。
要は女の勇が一流シェフ並みのスキルを持ってるってことなんだろうけど。
「勇、めっちゃ手際いいね! 何作ってるの?」
聖愛が台所を覗き込んでくる。
「えっと、ハヤシライスとサラダ、それにスープだよ。……って、俺が言ってるけど実際は女の俺のスキルだけどね」
『君、余計なことを言わないで。聖愛に心配をかけちゃ駄目よ』
(はいはい、わかったよ)
そうこうしているうちに料理が完成した。
テーブルには香ばしい匂いのハヤシライスと、彩り豊かなサラダ、温かいスープが並ぶ。
聖愛と武彦が目を輝かせて席に着いた。
「おお、すげえな、これ! めっちゃ美味そうじゃん!」
武彦が感嘆の声を上げる。
聖愛もニコニコしながらスプーンを手に持つ。
「勇、すごいよ! 氷華さんの料理にも負けてないんじゃない?」
「……いや、俺じゃなくて、女の俺が……」
『君、黙ってなさい。聖愛と戦場君が喜んでるんだから、それでいいじゃないの』
(……まあ、そうだな)
俺はそう思いながら自分も席に着いた。
みんなで料理を食べ始めると武彦が一口食べて目を丸くした。
「すげえな、勇! これ、毎日でも食べたいぜ!」
その瞬間、俺の脳内に女の勇の声が響き、彼女の感情が爆発した。
『はっ⁉ 戦場君が毎日食べたい⁉ そ、それってつまり……新婚生活⁉ ハアハア……戦場君と私、毎朝一緒に朝食を食べて、夜は私が作った料理を食べて、寝る前に私を食べ……キュン……』
(ちょっと待て! 落ち着け! 俺の心臓までドキドキしてるんだけど!)
俺は顔を真っ赤にしながら、内心でツッコミを入れた。
(もうこれにも慣れたよ……いや、慣れるか!)
そんな俺の心の叫びをよそに聖愛と武彦は美味しそうに料理を食べ続け、女の勇は脳内で新婚生活の妄想に浸り続けるのであった。




