第13話 俺の性別問題ついに!
「相模原、ちょっと話があるんだが」
昼休み後の授業が始まる前、俺、相模原勇は担任の先生に呼び止められた。
セーラー服姿のまま、職員室の前で立ち尽くす俺。
……ついに来たか、この瞬間。
戸籍と見た目の不一致について、ついにツッコまれる時が来たのか?
(……やばい、どう説明すればいいんだ? 「実は別世界の俺と魂が混じって、身体が入れ替わりました」なんて言えるわけないよなあ)
『君、落ち着きなさい。私の成績表はオール5なんだから、先生にだってちゃんと説明できるわよ』
(いや、成績は関係ないだろ! だからそれは君であって俺じゃないし)
脳内で女の俺と言い争っている間に、担任の先生が俺をじろじろと見てくる。
50代くらいの、ちょっと疲れた感じの数学教師だ。名前は田中……なんだっけ?
「相模原、お前、最近なんか変じゃないか? 制服も女子のものだし……戸籍と違うんじゃないか?」
来た! ついに来た!
俺は冷や汗をかきながら、なんとか平静を装おうとする。
「あ、あの、先生、実は……」
と、言いかけた瞬間、田中先生の目が急にぼーっとした。
まるで魂がどこか遠くに行っちゃったみたいな、虚ろな表情だ。
「……ん? あれ? 相模原は元から女だったよなあ。なんだ、俺の勘違いか。ははは、すまんすまん。気にしないでくれ」
……は?
田中先生は笑いながら職員室に戻っていった。
俺は呆然と立ち尽くしたまま、頭の中が真っ白になる。
(……何が起こったんだ? 俺、元は男なんだけど?)
『……何? 君、私の世界でもこんなことなかったわよ。先生が急に納得するなんて気持ち悪いくらい奇妙ね』
(奇妙って言うな! 俺だって混乱してるんだぞ!)
俺は首を振って、なんとか気持ちを切り替えようとする。
でも、心の中のモヤモヤは消えない。
(……はあ、とりあえずホッとしたけど、なんか釈然としないなあ)
『君、考えすぎよ。そんなことより次の授業の準備をしなさい。私の成績表が……』
(だから成績は俺のだろ!)
そんな脳内会話をしながら、俺は教室に戻ろうと廊下を歩き始めた。
でも、その瞬間、背筋がゾクッとするような感覚が走った。
空気が重くなり、まるで時間が止まったかのような静寂が廊下を包む。
(……何だ、この気配?)
『……来たわ。敵よ。しかも、2体』
直後、廊下の奥から黒服のアンドロイドが2体現れた。
鉄と油の臭いが混じった異様な雰囲気。
だが、今回はそれだけじゃない。
そいつらの目が赤く光り、以前よりも鋭い殺意が漂っている。
「くそっ! こんなところで⁉」
俺は周囲を確認する。
幸い、昼休み終了後の時間だから廊下にはほとんど人がいない。
でも、このままじゃ他の生徒や先生に危害が及ぶかもしれない。
いや、それどころか、この学校全体が危険に晒される。
『右手をマシンガンに! 結界を張って戦いなさい! 今すぐよ!』
(わ、わかった!)
俺は右手を念じ、黒光りするマシンガンへと変形させた。
同時に右ポケットから指輪を取り出し、指にはめる。
冷たい金属の感触が指先に走り、俺の心臓が早鐘を打つ。
『偉大なる時空の神よ、この空間を包み、敵の攻撃を防ぎ、我々の戦いを隠したまえ!』
女の俺が念じると指輪が淡く光り、まるで空気が歪むように周囲がぼやけた。
結界が張られ、他の生徒や先生には何も見えていないはずだ。
だが、アンドロイドの赤い目が俺を捉え、まるで嘲笑うかのように光る。
「キヒ……ヒャハハハハ!」
アンドロイドが2体、揃って銃を構えた。
1体は俺に向かって突進し、もう1体は距離を取って援護射撃を始める。
……コンビネーション攻撃か⁉ しかも動きが以前よりも速い!
「やるしかない!」
俺はマシンガンを構え、突進してくるアンドロイドに向かって引き金を引いた。
ドドドドド! 轟音が響き、弾丸がアンドロイドの胸に命中する。
だが、そいつは金属の体を震わせながらもニヤリと笑う。
まるで俺の攻撃を嘲笑うかのように。
「クッ……以前より頑丈になってる⁉」
俺はさらに連射を続けるが、援護射撃のアンドロイドが放つ弾丸が俺の周囲を飛び交う。
紙一重で躱し続けるが、一発でも急所に当たったら即死だ。
いや、それどころかこの強化型の攻撃力なら結界ごと俺を粉砕しかねない。
『もっと集中して! 弱点は頭よ! 突進型を先に倒しなさい! 急いで!』
(わかった! でも、援護射撃が厄介だ!)
俺は狙いを定め、突進してくるアンドロイドの頭部に照準を合わせた。
マシンガンの引き金を引く。
ドドドドド!
弾丸がアンドロイドの顔面に集中し、ようやくそいつがよろめく。
だが、その隙に援護射撃のアンドロイドが俺に迫ってきた。
「まずい!」
俺は後退しながら連射を続ける。
援護射撃のアンドロイドの関節を狙い、動きを鈍らせようとする。
けれど突進型のアンドロイドが立ち上がり、再び俺に向かって突進してきた。
まるで機械ではなく、猛獣のように柔軟で素早い跳躍だ。
「ヒャハハ! 死ね!」
アンドロイドが銃口を向けた。
その瞬間、俺は指輪の力を再び念じた。
『偉大なる時空の神よ、敵の動きを封じ、我々に勝利を与えたまえ!』
指輪が一瞬強く光り、アンドロイドの動きがわずかに遅くなる。
その隙に俺は突進型のアンドロイドの頭部に全弾を叩き込んだ。
ガシャン! 鉄クズが地面に散らばり、突進型は沈黙した。
「1体目、倒した!」
援護射撃のアンドロイドが俺に銃口を向ける。
俺は咄嗟に横に飛び、弾丸を回避。
弾丸は結界を貫通し、廊下の壁に穴を開けた。
(……結界が破られた⁉ こんなこと、今までなかったぞ!)
『君、気を引き締めなさい! こいつら、ただの強化型じゃないわ。結界を貫通するほどの力を持ってる!』
俺はマシンガンを構え直し、援護射撃のアンドロイドの頭部に照準を合わせる。
そいつはまるで俺の動きを予測したかのように、素早く移動しながら射撃を続ける。
「くそっ! 動きが速すぎる!」
俺は必死に弾丸を躱しながら、反撃のチャンスを伺う。
アンドロイドの赤い目が俺を捉え、まるで「もう逃げられない」と言わんばかりに輝いた。
『君、集中して! 頭を狙うのよ! 絶対に外しちゃ駄目!』
(わかってる! でも、狙いづらいんだよ!)
俺は深呼吸し、心を落ち着かせる。
そしてアンドロイドが一瞬動きを止めた瞬間を見逃さず、引き金を引いた。
ドドドドド!
弾丸がアンドロイドの顔面に命中し、そいつも鉄クズとなって崩れ落ちた。
「はあ……はあ……なんとか倒した……」
俺は息を切らしながら、結界を解除する。
景色が元通りに戻り、廊下には散らばった鉄クズと結界を貫通した弾丸の痕跡だけが残っていた。
『よくやったわ、君。でも、こんな学校で襲撃されるなんて敵も本気になってきたみたいね。しかも結界を貫通するなんて……』
(……そうだな)
俺が鉄クズを片付けようとしたその時、背後から優雅な声が聞こえてきた。
「ふふ、ご苦労様。相模原勇」
振り返ると、そこには聖愛の家のメイドの炎城寺氷華が立っていた。
いつもの優雅な笑みを浮かべ、赤い髪と青白い瞳が不気味なほどに輝いている。
足元には別のアンドロイドの残骸が転がっていた。
「氷華さん⁉ あ、あの、これは……」
俺は慌てて言い訳をしようとするが、氷華は散らばった鉄クズを一瞥し、薄ら笑いを浮かべる。
「ふふ、気にしないでいいわ。むしろ感心したわ。あなた、なかなかやるじゃない。でも……この程度の敵に苦戦するなんて、まだまだね」
俺は警戒しながら見つめ続ける。
すると氷華は一瞬、目を細め、驚くべき提案を口にした。
「指輪を渡せば、あなたを元の身体に戻してあげましょう」
「……は⁉」
俺は言葉を失う。
元の身体に戻れる? そんなことが本当に可能なのか?
(……待て待て、冷静になれ。それってつまり?)
『……君、どうするの? 私個人の意見で言えば、つまりこの炎城寺氷華は異世界人よ。……私の世界を滅ぼした……ね』
(わかってる)
俺は氷華を睨みつけ、勇気を振り絞って問いかけた。
「君は異世界人なのか?」
すると氷華は薄ら笑いを浮かべ、まるで煙のようにその姿が消えた。
「その指輪には、あなたの世界の未来がかかっているのよ」
そんな謎めいた言葉を残して。
「……⁉」
俺は呆然と立ち尽くす。
廊下には彼女の笑い声だけが残響として響いていた。
(……何なんだ……)
『君……私もね。もっと気を引き締めないと駄目ね。ラスボスはすぐそこまで来てるわ。いや、もう目の前にいるのかもしれない』
(……ああ、そうだな)
俺は深呼吸して、なんとか気持ちを落ち着かせた。
でも、心の中の不安は消えない。
氷華の提案、元の身体に戻れるという言葉。
それが本当なら俺の願いが叶うかもしれない。
でも彼女の目的が何なのか、俺にはまだわからない。
いや、それどころか彼女が敵か味方かもわからない。
……これから俺はどうすればいいんだろう?
静かな廊下に俺の心臓の鼓動と、遠くで鳴る授業開始のチャイムだけが響いていた。




