第12話 幼馴染と親友は相容れないもの
昼休み。俺、相模原勇は購買でパンを買うために席を外していた。
セーラー服のまま購買に並ぶのは相変わらず気まずいが、もう慣れるしかないって感じだ。
でもなあ、胸が窮屈だし、スカートがヒラヒラするたびに視線が気になるよ。
まあ、そんなことは置いといて、俺は購買の列に並びながら今日の午後の授業のことを考えていた。
(……また体育があるけど、着替えどうしよう。女の俺に「目隠しして」って言われても無理なんだよなあ)
『君、体育はちゃんと出て、成績を落とさないようにしなさい。私の成績表はオール5なのよ』
(いや、俺はオール3なんだけど……)
そんな脳内会話をしている間に、俺はパンを買って教室に戻ろうとした。
すると教室の中からなんか騒がしい声が聞こえてくる。……ん? 聖愛と武彦の声?
(……何やってんだ、あの2人?)
俺はそっと教室の入り口から覗いてみた。
すると聖愛と武彦が俺の席の近くで向かい合って、なんか言い争っているっぽい。
……そういえば聖愛と武彦って、今までほとんど会話したことがなかったよな?
聖愛は陽キャでクラスの人気者、武彦は一匹狼の陰キャ体力バカってお互いにイメージを持っていて、接点なんて皆無だったはずなのに。
昨日の話し合いでも、2人での会話はほとんどなかったのだ。
これはあれかな? 秘密の共有ということで仲間意識が芽生えたのかな?
いいことだ、うんうん。うん?
「ちょっとお、戦場君。あんた、勇の親友って言うけどさ、私だって幼馴染で親友なのよ。勇のことは私の方がよく知ってるわ!」
聖愛が腕を組んで得意げに言う。
対する武彦は、いつもの仏頂面で腕を組んでいるが、なんかムカついている感じが伝わってくる。
「は? 幼馴染だろうが何だろうが俺の方が勇と長い時間を過ごしている。親友ってのは、そういうもんだろ」
「ていうかさ、戦場君。あんた、勇のこと本当に親友だと思っているなら共通の思い出あるよね? 私は幼稚園の思い出があるよ」
聖愛がニヤリと笑いながら得意げに胸を張る。
武彦はムッとした顔で、眉をピクピクさせながら反撃に出る。
「あ? 幼稚園とか古すぎんだろ。俺だって勇との中学高校の思い出なら誰にも負けねえよ。ずっと俺と一緒にいたしな!」
……うわあ、よくわからないけど入り辛い。
俺は教室の影に隠れたまま、冷や汗をかきながら2人の言い争いを聞く羽目になった。
「勇さ、幼稚園の時、発表会で『おおきな栗の木の下で』を1人で歌う役だったんだけどさ……本番で緊張しすぎて歌詞を忘れて泣き出したの! しかも泣きながら『栗、栗、栗ー!』って叫び続けて、先生に抱っこされて退場したのよ! あれ、めっちゃ笑ったわ!」
聖愛がゲラゲラ笑いながら話す。
俺が忘れかけていた過去を⁉
ていうか、そんな俺の恥ずかしい話、なんで覚えているんだよ聖愛!
『……あったわね』
(君もあったんかい!)
俺が脳内でツッコミを入れていると、武彦がニヤリと笑って反撃に出る。
「はっ、そんな昔の話なんて誰が興味あんだよ。俺の方がもっと最近の勇との思い出があるぜ。あれは他校の不良に俺が囲まれた時だ。勇の奴、機転を効かせて「お巡りさーん。こっちでーす!」って叫んだんだよ。連中が怯んでいる隙に俺が全員倒したんだが、本当にお巡りさんがいてよ。ありゃあ傑作だったぜ。俺と勇、全力で走って逃げたもんさ」
武彦がドヤ顔で話す。
うん、あの時の逮捕されるかもって感覚、生涯忘れられないよ。
『ズルい! なんで君には戦場君との思い出があるのよ!』
(嫉妬している場合か!)
俺は顔を真っ赤にしながら教室に戻るタイミングを完全に失ってしまった。
聖愛と武彦が俺の恥ずかしいエピソードを競い合うなんて、予想外すぎる展開だ。
「何をー! あんた、勇が女になった今、なんか変な目で見てるんじゃないの?」
「はあ⁉ んなわけねえだろ! 俺はそんなんじゃねえ!」
……うわあ、なんか予想外の展開になってきたぞ。
俺はそっと廊下で隠れて様子を見ることにした。
ていうか聖愛と武彦がこんな風に話しているの、なんか不思議な感覚だ。
(……でも、聖愛と武彦が俺を巡って言い争うって、なんか……悪くない?)
『は? 君、何をニヤニヤしてるのよ。聖愛と戦場君が仲良くしてるのよ、これは危機到来だわ!』
(いや、仲良くしてるっていうより、喧嘩してるっぽいけど……)
『聖愛もついに、戦場君の魅力に気づいてしまったのね。親友と好きな男を巡って争うことになるなんて……なんという悲劇!』
……女の俺、相変わらず武彦のことになると暴走するなあ。
そんなことを思っていると、聖愛と武彦の言い争いがさらにヒートアップしてきた。
「ていうかさ、戦場君。あんた、アニオタなんでしょ? 勇が美少女になった今、絶対に変な妄想してるよね。ほら、きららとかいうアニメのヒロイン好きなくせに!」
「なっ⁉ てめえ、それ関係ねえだろ! 俺はアニオタだけどロリコンじゃねえ! それに勇は親友だ! そんな目で見てねえ! てめえこそ、ボーイズラブが好きらしいじゃねえか!」
「は? あんた、私のことバカにしてるでしょ? 私のBL愛は本物よ! 勇(男)と戦場君の絡みとか妄想しちゃうもんね!」
おい聖愛? 今、とんでもない爆弾発言しなかった?
「はあ⁉ 何を言ってんだ、てめえ! 俺と勇はそんなんじゃねえ! 俺と勇は健全だ!」
……うわあ、聖愛と武彦、互いの弱点を突き合ってるぞ。
アニオタとBL好きを罵倒し合うとか、なんかシュールだなあ。
ていうか俺の名前が絡んでいるのが、めっちゃ気まずいんだけど。
そして聖愛がさらに爆弾発言を投下した。
「ていうかさ、戦場君。今の勇は女の子だよ! あんた、勇に欲情してるでしょ!」
「はあ⁉ ん、んなわけねえ! お、俺はそんなんじゃねえ!」
武彦が真っ赤になって否定する。
……いや、武彦、顔が赤すぎるだろ。めっちゃ動揺してるじゃん。
『はっ⁉ 戦場君が私に欲情⁉ そ、そんなわけないわ! そういうのは結婚してからよ! でも……でも、聖愛と戦場君が仲良くしてるなんて…… 嫉妬しちゃう!』
(いや、嫉妬している場合じゃ……)
『でも、戦場君の真っ赤な顔……しゅきい、しゅきい……キュンキュンしちゃう!』
……女の俺、完全に暴走してやがる。
俺の心臓までドキドキしているんだけど!
身体は1つなんだから影響が出るのはマジで困る。
俺は顔を真っ赤にしながら、教室に戻った。
聖愛と武彦が俺に気づいて一瞬静まりかえる。
「ゆ、勇! いつからそこにいたの⁉」
聖愛が慌てて言う。武彦も顔を赤くしたまま、俺をチラ見している。
「あ、あの……俺、さっきからいたけど……」
「なっ⁉ じゃあ、全部聞いてたのか⁉」
武彦がさらに赤くなって俺から目を逸らす。
聖愛はニヤニヤしながら俺に近づいてくる。
「ねえ、勇。戦場君、顔真っ赤だったよね。あんたに欲情してるって、私の言った通りじゃない?」
「はあ⁉ ち、違うぞ勇! 俺は欲情してねえからな!」
武彦が叫ぶが顔が赤すぎて説得力ゼロだ。
女の俺は脳内でさらに暴走している。
『戦場君の真っ赤な顔……しゅきい, しゅきい……ああ、今日、私と彼が結ばれるのね!』
(それに俺が巻き込まれるのは駄目だろ! ていうか、結ばれないからね!)
俺は深呼吸して、なんとか平静を装おうとしたが顔が熱くて仕方ない。
聖愛はニヤニヤしながら俺の肩を叩いてくる。
「勇、あんたも顔真っ赤ね。もしかして、戦場君にドキドキしてる?」
「んなわけない! 俺はノーマルだ!」
俺が叫ぶと武彦がさらに赤くなって、聖愛が笑い出す。
俺はもう、どうしていいかわからないよ。
……そして、そんな俺たちを遠くからじっと見ている影があった。
炎城寺氷華である。彼女はいつもの優雅な笑みを浮かべながら俺たちのやり取りを観察していた。
異世界からの刺客であるアンドロイドを一体、足で踏みつけながら。




