第10話 女3人に男1人の状況はハーレムと呼ぶ
聖愛の豪邸、和風建築の中庭を囲む聖愛の部屋に集まった俺たちは重い雰囲気に包まれていた。
俺と聖愛、それに呼ばれた武彦。
俺はこの空間で再度自分の秘密を打ち明けなければならない。
「武彦、聞いてくれ。俺は……」
俺は深呼吸して言葉を続けた。
「俺は相模原勇だ。でも、俺の中に魂が2つある。今まで存在した男の俺と、別世界から来た、この身体の本来の持ち主である女の俺のね」
「つまり、二重人格ってことか?」
困惑する武彦だが、信じようとして聞く耳を持ってくれている。
それが嬉しい。
……女の俺がキュンキュンしっぱなしなのがウザいけど。
「二重人格じゃない。この女の俺は別世界を侵略者に滅ぼされて、こっちの世界にやって来た。同一人物が2人存在することでのバグなのか、空間移動の代償なのかは不明だけど、俺と女の俺が同じ身体に入っているんだ。そしてこれが一番重要なんだが……」
俺は指を差して、部屋の隅に置かれた冷蔵庫を指した。
「俺の男の身体が、あそこに保管されているんだ」
武彦の目が見開かれる。
聖愛が開ける冷蔵庫の中を確認して。
「な、勇? し、死んでるのか?」
「大丈夫。そこら辺は感覚でわかる。男の俺の肉体は朽ちていない。それとこの女の身体は、右手をマシンガンに変えることもできるんだ」
右手をマシンガンにする。
黒光りする俺の右手を見て、さすがの武彦も絶句した。
『さすが男の私。話が上手くなったわね。これで戦場君と私の間のフラグが立ったわ』
(黙って聞いててくれ)
女の俺、どうも武彦が絡むとバカになるな。
恋は盲目ということかな。
『聞こえてるわよ。君だって聖愛とずっと居られてウキウキしてるじゃないの』
うぐっ……そ、それはしょうがないじゃないか。
俺は気を取り直して武彦に向かう。
別世界での勇の存在と、指輪の力を説明。
それから侵略者たちがその指輪を取り戻そうとしていること。
そして俺の肉体が冷蔵庫に収納されている理由についても。
「し、信じられねえ。これ、冗談だろ? 勇、お前、頭大丈夫か?」
武彦の表情は真剣そのものだ。
けれど情報量の多さに理解が追いついていないってところか。
「これが嘘だったら、どうして俺がこんな美少女になってるんだ? しかも俺はこのマシンガンでアンドロイドを倒したんだよ」
俺は右手を念じてマシンガンを構えた。
黒光りする銃身が、静かに室内の空気を切り裂く。
「マジか……」
武彦の驚愕が声に表れる。
「でも、一体なんでそんなことになってるんだよ?」
「異世界からの侵略者に女の俺の世界が滅ぼされ、これが唯一の脱出手段だったんだ。武彦、協力してくれなんて言わない。ただ、親友として知っていてもらいたかったんだ。俺の事情を」
『男の私、やるじゃない。今のセリフは90点よ。マイナスポイントは親友って箇所よ。夫としてに変更なさい』
女の俺……あらゆることがすっ飛んでいるぞ。
妄想も大概にしろ。
武彦はしばしの沈黙の後、重々しく頷いた。
「わかった。……まあ、お前が女だろうが男だろうが、俺の親友は親友だ。ビビる事なんてないさ。つーか聞いて、はいそれまでって俺が言うと思うか? 最後までとことん協力してやるよ」
その言葉に俺も勇(女)も破顔した。
武彦は本当に頼りになる友人だ。
その時、ドアが静かに開いた。
聖愛のメイドの氷華さんが現れ、普段の優雅な微笑みを浮かべながら告げてくる。
「聖愛様、相模原さん、戦場さん、夕食の準備ができました。今日は特別に私が腕によりをかけて作った料理です」
「ありがとう、氷華さん。ねえ勇、みんなで食べようよ」
聖愛が立ち上がり、俺たちを食事へと促した。
俺たちは聖愛の部屋からリビングへと移動した。
テーブルには見事な料理が並べられていた。和食の盛り付けは芸術的で、俺の胃袋が鳴り響く。
「本当に美味しそうだな!」
「炎城寺さん、ありがとう」
武彦が感嘆の声をあげ、俺も感謝の言葉を述べる。
「どういたしまして。皆さんの力になりたいと思って」
氷華は優雅に一礼し、席に着いた。
食事が進む中、氷華がさりげなく話題を変える。
「相模原さん、その右手、少し力が入ってるんじゃないですか? 何かあったんですか?」
俺は思わず声を詰まらせた。
「いや、特に何もないよ」
『君、気をつけて。炎城寺氷華……私のいた世界に彼女はいなかったわ』
女の俺からの忠告の声。
(うん……でも聖愛が信用してるしなあ)
聖愛本人は気にせず食事を楽しんでいる。
どうする? どうも氷華さんは俺たちの事情に興味津々のようだ。
聖愛の家を活動拠点にするなら、彼女を仲間にしたほうが都合がいいだろう。
「そうですか? でも相模原さん、最近ちょっと変わったことが多いみたいですね。例えば、あの冷蔵庫……」
氷華が笑みを浮かべながら、さも興味ありげに言い、聖愛も慌てた。
「氷華さん、何を言ってるの?」
「いえ、何でもありません。大事な物のようですが、自室に置いておくのは如何かと思いまして」
氷華は微笑みながら告げてくる。
「それは……」
俺は言葉を探す。
「小さな冷蔵庫だし大丈夫よ。氷華さんは、うちのメイドで忙しいうえに、学校でも忙しいんだから気にしないで」
そんな聖愛の返答に氷華は優雅な笑みを見せてきた。
「私に何かお手伝いできることがあれば、言ってくださいね」
氷華は食事を続けながら、自然に打ち解けているように見えた。
俺は彼女の真意を見極めようとしたが、彼女はただのメイドとして振る舞い続けた。
聖愛は純粋に、他の人を巻き込みたくないって感じっぽいな。
武彦は食事のほうに興味が集中している。
『彼女が敵か味方かは、まだわからないわね』
(君の世界で存在しなかった……か。他にそういう人はいた?)
『今のところ、いないわ』
食事が進む中、俺は氷華の優雅な笑みをちらちらと観察していた。
聖愛も武彦も気にせず料理を頬張っているが、俺だけが妙に落ち着かない。
氷華の言葉、あの冷蔵庫の話、ただの興味本位とは思えない。
……いや、考えすぎか? でも女の俺の忠告が頭から離れない。
(……本当に、炎城寺氷華って何者なんだ?)
聖愛の家でメイドとして働いているってことは、聖愛の両親が雇ったんだろうが、聖愛の両親ってほとんど家にいないって話だ。
そんな家のメイドが、こんなに完璧すぎるって逆に怪しくないか?
転校生で、成績優秀で、料理もプロ並みで、見た目も美人すぎる。
……いや、俺が女の身体になってから美人って言葉に敏感になっているだけかもしれないが。
(……でも、もし彼女が敵だったら、どうするんだ?)
その考えが頭をよぎった瞬間、俺の右手がピクリと動いた。
この右手、敵と戦うための武器だ。
でも今の俺には敵が誰なのかすらわからない。
彼女が敵かもしれないって考えるだけで、心臓がドキドキするなんて俺は小者だな。
『君、考えすぎよ。炎城寺氷華が敵かどうかは、まだわからないわ。とりあえず様子を見なさい』
(……そう言われてもなあ。君は冷静かもしれないけど俺は初めてなんだよ、こんな状況)
そう思念で返事しながら、俺は氷華の笑顔をもう一度見た。
彼女の目は、まるで俺の心の中を覗き込むような鋭い光を帯びていた。
……いや、気のせいだ。絶対に気のせいだ。
でも、もし本当に敵だったら、この家にいる全員が危険に晒される。
聖愛も、武彦も、俺たち自身も。
(……本当に、大丈夫なのか?)
ふと、聖愛が俺の顔を見て首をかしげた。
「勇、何を難しい顔してるの? 氷華さんの料理、美味しくないとか思ってる?」
「いやいや、そんなわけないだろ! めっちゃ美味いよ!」
慌てて答える俺に聖愛が笑う。
「勇、緊張しすぎだろ。もっと気楽に食えよ」
武彦も暢気に言ってくる。
(……そうだな、今は様子を見よう)
俺は深呼吸して料理に箸を伸ばした。
でも心の中では、まだ氷華の謎めいた笑顔が頭から離れなかった。
『はっ⁉ ねえ、思ったんだけど、女子3人で戦場君1人って構図、ハーレムじゃない? どうしよう、聖愛と、あの氷華って人が戦場君を好きになったら』
女の俺の思考も悩みの種だよ。
ていうか俺の身体は女でも、魂に男の俺が入っているってのを忘れないでくれよ。




