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第1話 目覚めたら女子高生

 これが夢だとはわかっている。

 でもリアルだ。


 燃える街を息を切らせて走る俺。

 そこへ掌から炎を放つ集団が、逃げる人々を燃やし尽くしていた。


 俺の瞳に映るのは、赤いローブを纏い金色の王冠を被った人物の愉悦の表情。

 銃を連射した俺の身体が硝煙に包まれた。


 右手の指にはめていた指輪が煌めいた。

 その瞬間、奴は激昂し、俺の視界は揺らいでいった。


 ***


(変な夢を見たなあ。っと、トイレ。……ん? 鏡がおかしいぞ?) 


 俺の名前は相模原勇(さがみはらゆう)、どこにでも普通にいる男子高校生だ。


 ある日目覚めたら、どこにもいなさそうな女子高生になっていた。


「なんだこれ?」


 鏡に映っているのはセーラー服の女の子だ。

 ここまではいい。

 少女なら着る服だ。


 だが……だが!


「この右手がマシンガンみたいになってるのは、どーしてええええええ⁉」


 俺が声を発したのに、俺の声じゃない女の子の澄んだ声が響き渡る。

 そう、俺の右手は黒く光る銃火器だったのだ!


 黒く光るマシンガンの銃身は、闇を凝縮したかのような質感で、冷たい鉄の感触だった。


「待て待て、落ち着け俺」


 部屋を見渡すが、勉強机もベッドの位置も、ベッドの下にあるエロ本も、カーテンを開けて見る窓の外の景色も同じだ。


 慌てて鏡に戻る俺。

 そこに映る姿は紛れもなく、俺であり俺でない女の子。


 共通点は黒髪だけだ。

 切れ長の目に整った鼻。潤った唇を完璧な輪郭が包んでいる。

 背は女子にしては高いほうで、男だった時の俺と同じくらい。

 皮膚は透き通るような美白だ。


「めっちゃ美少女じゃね? 俺?」


 ぼーっとしてしまう。こんな子に見つめられたら、一発で好きになっちゃうぞ。

 長い黒髪が肩に流れ、キラキラした目が鏡から俺を見つめ返してくる。

 

 けれど、その顔が俺のものだなんて、どうしても信じられない。

 

(……本当に俺なのか、これ?)


 試しに頬をつねってみる。

 痛い。当たり前だけど、痛い。

 

 でも、その痛みを感じる手が、細くて白い女の子の手なんだ。

 俺の手は男らしいマメのある手ではないけど、こんな美しい見惚れる手でもなかったはずだ。


「はあ……どうなってんだよ、これ」


 ため息をつきながら、俺は自分の身体を見下ろした。

 セーラー服の胸元が、少し膨らんでる。

 いや、少しってレベルじゃない。

 男の俺には絶対にない、女の子の身体の特徴が、そこにある。

 慌てて目を逸らすけど、逸らした先には、鏡に映る細い腰と、スカートから伸びる白い脚。

 ……脚、めっちゃ綺麗じゃね?


(いやいやいや! 何考えてんだ俺!)


 頭を振って、そんな考えを振り払う。

 でも振り払っても、身体の違和感は消えない。

 歩くたびにスカートの裾が揺れる感触。

 髪が肩に触れる、くすぐったい感覚。

 そして何より、胸が……いや、もう考えるのやめよう。


(これ、俺の身体じゃない。絶対に違う)


 でも、鏡に映る顔は紛れもなく俺に似てる。

 黒髪とか目元の雰囲気とか、たしかに俺の面影がある。

 でも、こんなに可愛い顔は俺には似合わない。

 

 いつも「死んだ目」って言われてた俺が、こんなキラキラした目をしてるなんて、気持ち悪いくらいだ。


「……俺、男だよな?」


 当たり前のことを、わざわざ確認するように呟いてみる。

 でも、その声が、女の子の高い声で響く。

 

 ……もう、頭の中が嵐みたいに荒れ狂ってる。

 思考がぐるぐる回って収拾がつかない。

 

 男の俺が女の身体になって、しかも右手がマシンガンになってるなんて、意味がわからない。

 

 この身体が俺じゃないなら、俺のアイデンティティって何なんだ?

 俺が俺である証明って、どこにあるんだ?


 そんなことを考えていたら、急に怖くなってきた。

 このまま、この身体に慣れちゃったら、俺は「男の俺」を忘れちゃうんじゃないか?

 

 いや、もっと怖いのは、この身体が気に入っちゃうことだ。

 だって正直に言えば、この顔めっちゃ可愛い。

 こんな子がクラスにいたら、絶対に目で追っちゃうくらい。

 でも、それが俺自身だなんて、どう受け止めればいいんだよ?


「……落ち着け、俺。まずは現状を整理するんだ」


 深呼吸して心を落ち着かせようとしたけど、胸が動く感覚が気になって、ますます混乱するよ。

 

 この身体がどうなってるのか、ちゃんと理解しないと前に進めない。


 考察しよう。

 まず、部屋は俺の部屋で確定だ。


「アルバム! 卒業アルバムで確認だ!」


 そこに映っているのは紛れもなく男の俺だ。


「ということは、TSってやつか……一体何故だ」


 膝から崩れ落ちる俺。

 右手がガシャンと音を立てる。


「いやいや! その前に、この銃火器どうやって外すの⁉」


 落ち着け俺……ぐううううって鳴る腹に、美少女も腹が鳴るのかとアホなことを思いつつ、台所へと向かった。


「えっと、昨日買っておいたニラレバ炒めと、冷凍していた御飯」


 そして開けたる冷蔵庫。

 小さいけど、一人暮らしには十分な代物だ。

 なのにそこには……男の俺の肉体が、ぎゅうぎゅう詰めにされて収納されていた。


「うわああああああああああああ!」


 なんだこれ! もしかして、俺、死んだの⁉


『落ち着いて』


「だ、誰だ⁉ この声⁉」


 頭の中に直接響くように、女の俺の声が聞こえてくる……だと⁉


『その右手のマシンガンを、冷蔵庫にある肉体に撃って』


「す、するとどうなる⁉」


『私の身体から、君がいなくなるかもしれないわ』


 つ、つまりTSじゃなくって魂が交換されたってこと⁉


「わ、わかった。……いや、ちょっと待ってくれ。

 俺は俺の肉体に戻れるのか?」


 冷蔵庫にある、ピクリとも動かない俺の身体を見つめながら呟く。


『戻れる……かもしれないわ』


「マシンガン撃ったら、俺の肉体、蜂の巣だよね?」


『ちっ……』


 舌打ちされた⁉


「あのお……ところでまず、あなたはこの肉体の女性と思っていいんです……よね?」


『冷蔵庫にマシンガン撃ったら教えてあげるわ』


「いやいや、それ、俺死んでるよね⁉」


『ちっ……』


 また舌打ちされた⁉


『仕方ないから説明してあげる。

 そのマシンガンは人を殺すための物』


「それくらいはわかるよ! どうして俺と君の身体が入れ替わって、俺の身体が冷蔵庫に入ってるの⁉」


『……しまった。敵に気づかれた』


「話逸らさないでよ! え? 敵?」


 沈黙すると静寂が訪れ、蛇口から水滴が滴り落ちる音が耳に入る。

 直後、ピンポーンとインターフォンが鳴った。


「こんな朝早くに……誰だろう」


 ピンポーンピンポンピンポンピンポン。


 うわあ、絶対出たくない連打してくるよ。

 碌でもないやつなのは間違いない。


『出ちゃ駄目、殺されるわ。早く私に身体を返して。

 そうすれば……』


「そうすれば?」


『私は助かる』


 それ、俺は死ぬってことだよね⁉


 ドカンバキンと、玄関から大きな音が響く。


 嘘だろ? 強行突破してきやがった?


 足音が響く。それも複数。

 ドカドカと乱暴に部屋に踏み込んできたのは、全員黒スーツで覆面姿の男たち。

 怪しさ満点、いや、怪しさしかない連中だ。


 無言で現れ、俺を見るなり銃を構える。

 次の瞬間、バンッ!という乾いた音とともに、鉛の弾が飛んできたんですけど⁉


「うわっ!」


 慌てて身をかわそうとする俺。

 でも、待てよ? 飛んできた弾が、はっきり視覚できるってどういうことだ?

 スローモーションみたいに、銀色の弾丸が俺の目の前をゆっくり通過していった。


(これって……この身体の能力なのか?)


 考える間もなく、頭の中に響く謎の女の子の声。


『こうなったら仕方がない。敵よ。倒して』

「倒せって、簡単に言うけど……!」


 でも身体が勝手に動く。

 右手のマシンガンが唸りを上げ、生き物のように脈動する。

 俺は右手の筋肉を意識し、指で引き金を引くように力を込める。


 ガガガガガガ!

 部屋が震えるほどの轟音と共に、黒光りする銃口から火花を散らしながら弾丸が飛び出す。

 

 空気を切り裂く音、壁に穴が開く音、そして敵の身体を貫く鈍い音が重なり合い耳をつんざく。


 血煙が飛び散り、部屋中に腐った鉄のような臭いが充満する。


「うっ……!」


 息を止める俺。

 敵の銃撃が止み、静寂が訪れる。

 床には黒スーツの男たちが倒れ、動かなくなっていた。

 立っているのは俺だけとなった。


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