7 家族の気持ち
レオンはヴァレンタインを馬車に押し込めると自宅へ向かった。
項垂れる弟に「マリアナはもう諦めたらどうだ?」とため息交じりに伝える。
「相手が悪すぎる、子爵家の嫡男で法務局のエリートで人格者。どう考えてもお前に勝ち目はない。それにヴァルはレイチェル嬢に熱をあげていただろう?あの噂はかなり広まっているよ……本当にマリアナのことが好きだったのか?」
「好きだ!今も好きだ!」
「だったらなんであんなことしたんだ!」
普段は穏やかなレオンは思わず声を荒げる。そうするとヴァレンタインは大きく目を見開いた。
現実を突きつけられヴァレンタインは兄からの言葉に愕然とし、自分が他人からどう思われていたのかやっと認識した。
諦める。そんな考えは今まで一度もなかった。
ヴァレンタインはマリアナのどこが好きなのかもう一度考えてみた。
考えて、悩んで考えて……容姿だけなら好みの女性は他にもいる。
肉感的で蠱惑的な女性は悪くなかった。気安くヴァレンタインの体を慰める蝶たち。だが、マリアナほど思慮深く、前向きに物事に取り組む女性をヴァレンタインは知らない。
ある日、切込隊長として持ち上げられ天狗になっていたヴァレンタインにマリアナは訴えた。
『お願いだから命を大切にして。貴方の帰りを家族も私も眠れなくなるほど心配しながら待っているの。だから名誉より命を大事にして』と。鉄面皮と言われたその顔を涙で濡らし切々と伝えてきた。
今までの女性たちは『すごい!!勇ましくて素敵!』と言ってくれていたのに、マリアナは『帰ってきて』と言ってくれた。
次男はスペアだと言われ続け、優秀な兄と期待されない弟という立場に自暴自棄になっていたヴァレンタインの心にその言葉は響いた。切込隊長と言われて軍に居場所を見つけたと思って生きてきたのに、「命を大事にして」と言われた瞬間自分は誰かに心配して欲しかったのだと心の底が見えた気がした。
常に考えて無茶をしてきたヴァレンタインには、その言葉が決定打であった。
『彼女と結婚しよう』そう心に決めたのだ。
副隊長になれなかった日。ヴァレンタインは幾らかの失望により落ち込んでいた。
マリアナは人事配置をヴァレンタインに聞いたあと静かにこう話した。
『きっと隊長は貴方を副隊長より向いている部署に考えていらっしゃるのよ。より多くの隊員が心が折れないように、先頭に立って鼓舞してもらいたいのだと思う。一番隊のリーダーは誰よりも注目を浴びる仕事だもの』
そう言われると今の役職に誇りが持てた。
『それにね、フフフ。副隊長になるのはもう少しお腹が出た頃でもいいんじゃないかしら?いやでもそういう年齢になる時が来るわ』そう言って笑わせてくれた。
彼女の言葉は魔法のようにヴァレンタインの気持ちを軽くした。彼女と話していると先が明るくなる。
思い出す数々の言葉がいつもヴァレンタインを励ましていたことを彷彿とさせる。
爵位のない自分に嫁いでくれると言ってくれたマリアナをどうして今まで粗雑に扱ってしまったのか。
派手な装いをしないことを責めたり、化粧を薄くしているのを『まぁ結婚したら要らないが、今日は派手にして欲しかった』などと勝手なことを言っても従ってくれる彼女をいつの間にか蔑ろにしてしまった。
エリック・レジロンティと一緒にいたマリアナは可愛らしかった。そして美しく、彼女の知性が垣間見えるようであった。
自分が与えたもので魅力的になったのではない。全てエリックと周囲の支えでマリアナは輝いているのだ。
ヴァレンタインは自分の器の小ささに気がつくと男ながら情けなくて涙が止まらなかった。
兄からは『自分が変わらないとどう足掻いても婚約は破棄されるだろう』とはっきり言われた。
翌朝、鏡に向かうと一月前より窶れた貌の三十路の男が立っていた。
髪を整えることもしていなかったから、優男風に伸ばしていた肩までの髪は野暮ったくもっさりとした印象になっているし、目の下には隈がひどい。
兄と義理姉シャロンの話を聞いてヴァレンタインは決意した。
(やれるだけのことはやる。せめて、レジロンティ子爵よりいい男になってもう一度マリアナに『話を聞いてもいい』と考えさせるだけの男になりたい)そう思った。
無駄かもしれないし、手遅れかもしれない。でもやらなきゃいけないと思ったのだ。
ヴァレンタインは朝一で街の理髪店に向かい、金髪を短く刈り込んだ。短髪と糊のきいた騎士服を見ると一瞬騎士団の訓練生のような初々しさだ。
ヒゲも綺麗に剃り上げると早起きさせた店主に多めにチップを渡し店を出る。
いつもならダラダラと立ち話をしていたパン屋の娘には会釈で済まし、隊員に喜ばれる芋とベーコンが刻んで入っている惣菜パンを大量に購入した。
いつもなら遅刻ギリギリで騎士団に到着するところ、ヴァレンタインはその日、日勤の誰よりも早く出勤した。
「おはよう、これ差し入れだ」
みんなが集まるテーブルの中央にドンと購入したパンを置くと夜勤明けの隊員が短髪になったヴァレンタインに驚いたように声をかけた。
「おいおい!失恋で髪を切るなんざ乙女にでもなったのかい?」
だが、ヴァレンタインは平然として答えた。
「まだ失恋はしていない。でも今から足掻いてみせるから……お前はこんなことで苦しむなよ」
「え……?」
巫山戯たはずが真面目に返されて困惑した表情を浮かべる男を尻目にヴァレンタインは朝練へと向かった。
素振りや走り込みをしていると段々と人が増え始める。
「今日は早いんだな」と声をかける者。
「差し入れ後で頂くよ」と礼を言う者。
「頭丸めて反省してますぅっていうのかな」と揶揄う者。
ヴァレンタインはその一人一人に『ああ』『いいんだ』などと柔らかな返事を返した。
隊長はその様子を執務室から静かに眺めていた。
◇◇◇
この日を境にヴァレンタインの変化は話題にのぼるようになった。騎士団の中でも目立つ存在であった為憶測も飛び交う。
一番多かったのはマリアナに振られて頭のネジが飛んでしまったに違いないと揶揄する者である。
そんな他人の言葉を知ってか知らずか、ヴァレンタインは黙々と鍛錬し、真面目な行動をひたすら繰り返した。
時間にルーズでいつもギリギリアウトであった男が、言い訳ばかりだった男が、黙々と仕事に励み、時間を守るようになった。
軽口を叩かないわけでもない。だが何となく気味が悪いほどに真面目に淡々と仕事をこなすさまは『失恋した痛みから逃れたいのだろう』と噂になった。
以前付き合っていた未亡人や女友達が再び火遊びのために連絡を取ろうとすると、ブラックホルム子爵家から厳重な注意文が届くようになった。
家の名をキチンと間に入れた抗議の態度は完全な拒否であるし、女性たちはみんな気まずい思いを家族の前ですることになった。貴族特有のはぐらかしなど全くないどころか、コッソリと楽しんでいた部分を晒され恥をかかされたと憤慨する。尻の軽い女性たちは今度こそ、二度とヴァレンタインに近付かなくなった。
『早くこうすればよかったんだ』
ヴァレンタインは自分では手に負えない女性関係のことを兄に頼んだ結果、家を挙げてキッパリとした態度と手段に賞賛の拍手を送りたくなった。あんなにグダグダとまとわりついていた女性たちが揃って手を引いたのを見て自分の解釈が間違っていたことに気がついた。毅然とした態度をとっていれば彼女たちは最初からマリアナに近付いて嫌味など言わなかったのだ。
そうさせていたのは己であったのかと情けなくなった。
夜会には一人で出席したが、パートナーは頼まず挨拶だけして早めに帰るようになった。好きだった社交クラブはあれから一度も足を運んでいない。
マリアナと廊下ですれ違う時は立ち止まってきちんと礼を執るようにした。しかしそれ以上はなしだ。
本当は話しかけたいが、彼女がそれを許してくれるまで待とうと本気で思っている。
今は彼女が望んでいる通りにことが運べば良いと考えが変わった。
ヤスミンはヴァレンタインの態度が変わったことで何かできることは無いかと手紙を認めた。
マリアナに謝罪する気持ちと、自分が女性であるにも関わらず味方になってあげられなかった弱さを素直に詫びた。
思ったよりも長い手紙になってしまったが、マリアナが好きだった焼き菓子を添えて女子寮に届けて貰った。
法務局の文官がどれほど優秀なのかヤスミンは改めてシャロンから教えてもらった。
聞けば聞くほど愛息子とエリート文官との差を理解し、もう婚約の続行は難しいのだと再びメソメソ泣いてしまった。
自分が同じ立場なら嫡男で高位文官であるレジロンティを間違いなく選ぶと考えたのだ。
『ヴァルはこの後どうにか誰かと結婚できてもきっとその子のこといつもマリアナちゃんと比べちゃうわね……』
ヤスミンの言葉にシャロンは(義母はそういうところは鋭いのに残念な人ね)と苦笑した。
マリアナはあの食事会以来数回エリックと会ってみた。
彼はその立場故に夜会への招待は多いそうだ。どうしても参加しないといけない席での女性パートナーとしてマリアナに頼んでくることが増えた。
「今日は友人との気楽な集まりですから。来ていただけるだけで感謝しているんですよ」と固くない招待客の時に、着ていくドレスを贈り、モリーを間に挟んでゆっくり仲を深めてくれる。
好きな食べ物や、本など手頃な贈り物。そして植物園などに連れ出してくれる。
現在婚約の状態が宙ぶらりんのマリアナとしてはちゃんと立場がハッキリするまでは断らなければ!と考えているのに素敵な食事先を提案されると黙って頷いてしまう。結局彼とは口の好みがよく合っていたということだ。
エリックはヴァレンタインとはまた違った意味で店をたくさん知っているし、会話ももう少し大人な内容である。説教くさい会話もなければ、自慢話もない。
退屈になることなど一度もなかった。
時折ヴァレンタインを騎士団で見かけるがマリアナは会釈程度で済ませている。始めは短く刈り込んだ頭にギョッとした。なぜなら、彼は自分の容姿にある程度自信を持っており、どんなに煩わしくともヘアスタイルを変えようとはしなかったからだ。
身嗜みは違う方向に向けられた。
女性を意識するものではなく、仕事を意識したものへ……
ヴァレンタインをよく理解していたマリアナからするとそれは衝撃的な出来事であった。
***********
「調子乗り男は絶対にそこは変えないと思っていたのにねぇ」
モリーはヴァレンタインのことを
『調子乗り男』と嫌なあだ名をつけていた。
自分の見てくれに変に自信を持っており、女性を見下している姿を見てそのように命名していたのだ。
短髪に刈り上げたヴァレンタインが何を考えているのだろうか?と慌ててモリーに相談したところ屋敷の少年たちからも笑われた。
「気になってるんですか?」
ナッティが笑いながら聞いてくるが知り合う前からずっとヴァレンタインは自分を変えないスタンスの人間であった。
「気になるというか、気持ちが悪いというか……」
マリアナは彼のことを聞かれると据わりが悪いような気持ちになる。
もういつ別れても問題のない婚約者の不審な行動に動揺した自分が恥ずかしい。
「これは婚約解消を受け入れたということなのかな?とも思ったんですけれど、向こうからは全く連絡が来なくてどういう心境なのか読めないんです」
マリアナはため息交じりにモリーに告げる。そして思わず口から漏れ出た息を隠すように口元に手を添えた。
「向こうもエリックと自分を比較して考えて行動を始めたということでしょうよ。マリアナは彼の元に戻りたいの?」ナッティは頬杖を突いたままストレートに聞いてきた。
「戻るつもりが無くなったと言ったのは本当です。だけど最近私の気持ちがずっと落ち着かないのは確かです」
そう言うとマリアナは紅茶を口に含んだ。ため息を吐くのがマリアナは嫌いだ。姉が困った時にいつもため息をついていたからだ。ため息は相手に自分が不本意であると感じさせる態度だと思っている。男の人は憂いを帯びたため息を女性が吐くと『色っぽい』と思うようだがマリアナは姉の癖を(言いたいことがあるのに察してほしいとアピールしている)と感じていた。性格の違いはこういった面であると思っている。
以前は男性に選んでほしいと思っていたマリアナだから、姉のそういった癖も真似しようとしていたが、この『ため息』だけは好きになれなかった。
思い返せばヴァレンタインとの関係はマリアナがいつも一歩引いていることが多かった。いつもの習慣で少しでも自身をよく見せたくて猫をかぶっていたのは否めない。
ヴァレンタインもそんなマリアナの心情をわかって掌で転がしていた。彼の思った返事をしなかった時は大きくため息を吐いて、大人ぶった笑顔を向けた。
『困った子だな。俺の婚約者なら対処してくれよ』
ボソリと告げられるとマリアナは捨てられたくない気持ちで、胸が苦しくなりヴァレンタインに自分の嫉妬などという感情で迷惑をかけてはいけないような気持ちになった。
「以前は彼を愛していましたから必死でした。同じだけ愛情を返して貰って大切にして欲しかったんです。でも今はその感情に自信はないんです。今みたいに真面目にしているのを見ると、だったら前からしてくれたら良かったのにって腹が立ったり、女性関係の清算もお兄様の力で出来たと知れば、だったらもっと早くしてよ!とイライラしました」
そう、マリアナはイライラしていた。
レイチェル・エリエファイス令嬢と抱き合っていた姿を未だに夢に見て気分が悪くなることがある。ナッティのいう通り、この記憶は消えないのだろうから、それを踏まえて今後彼と向き合えるのかを問われているのだと改めて思う。
ヴァレンタインはマリアナとは婚約の続行は望んでいるようだが、果たして前と同じような気持ちで接することが出来るのかは謎だ。
マリアナはヴァレンタインを間違いなく愛していた。だからヴァレンタインが不誠実に接していた時は本当に胸が苦しかった。しかしあの夜を境にその気持ちが醒めてしまったのも事実。
ほんの一月前はマリアナの世界の大半はヴァレンタインの機嫌一つに懸かっていた。『彼に嫌われたくない。過去の女性よりもっと愛してほしい』
その感情はヴァレンタインが他の女性に愛を囁く姿で砕け散った。
幸い今のマリアナには逃げ込む友人たちと、心を穏やかに過ごせる男性が側にいる。
ナッティたちと戯れ、日頃のストレスを発散し、エリックに美味しい食べ物を教えてもらってお酒を飲めばスッカリ毎日が充実していた。
プライベートは程よく変化があり、職場での人間関係は明らかに向上した。
化粧と服装を少し変えただけなのに周囲の空気が変わった。マリアナに気軽に声をかけてくれてコミュニケーションが向上し、仕事が捗るのだ。
「今の雰囲気の方がずっと良いよ。表情が柔らかくなったね」
そう言ってくれたのは同期の男性職員である。
(そう言えば私……ヴァルに最後に褒められたことって何かしら?)
一番身近な男性はいくら思い返しても最近は褒め言葉をくれなかったように思う。
少し歳が上だったこともありヴァレンタインは常に上から目線で話をしてくることが多かった。
いや付き合い初めの頃は優しく沢山褒めてくれていた。
女を口説く口……いやコミュニケーション力に長けていただけあってマリアナが自信を持てないところをヴァレンタインは言葉にして励ましてくれた。
『好きだなぁ〜マリアナのそういう謙虚なところ』
『置いて行かれた?違う。条件の問題だ。それに君をここに推薦したのは王女だ。王女殿下や周囲の人たちに信頼されていたって証だろ?騎士団に配属になったことは地に足が着いた優秀な人間という意味だぞ?認められた人材しか来れないところだ。この国で幸せになれ!ってことじゃないか?自信持てよ』
嫁いでいった王女は決してマリアナを見限ったわけではない。今ならそれがマリアナにも理解できる。
王女はできるだけ多くの人間を住みなれた国にそのままにしてあげたいと考える優しさがある人であった。その結果他国で自分が多少の孤独に苦しむとしてもだ。
『マリアナに来て欲しいのは山々なのよ。だけど、異国に渡るって簡単に家族とも会えなくなるじゃない。だからこそ結婚が決まった人間を優先したの。どうか私の気持ちを知っていて。貴女は必ずこの地で幸せになって』
王女はマリアナと個別でキチンと話をしてくれた。しかしその時は選考から漏れたという頭でしか話を聞けず、返事をするのもやっと。王女の言葉は頭の上を滑り落ちていた。
まさか
(私の婚活は海の向こうにあり!と思ってたのにー!!姫様あんまりです!!)とは言えない。
モリーは我が国の王女は思慮深いと頷いた。
「異国に渡るということは貴女は実家の人たちと向き合わずに生涯過ごすことになったかもしれないわ。こう言ってはなんだけど……ヴァレンタインのことがあってノビーパーク家は貴女を本当に心配していらっしゃると思うの。だからブラックホルム家にあれだけの抗議をしてくれたのよ。家を挙げて意見をあげるということはとても大変だわ。マリアナを家族として大切に考えていらっしゃるのよ。だからこそ、家族と拗れたまま異国になど連れて行けようはずがないわ」
マリアナにはその言葉は意外だった。
自分はユリアナのように選ばれず、相談もなしに家を出た人間だ。父親も事務官になったことを事後報告しても何も言わなかったから(その程度の興味しか私にないってことよね)と思っていた。
しかし自分が思うよりも家族はマリアナを心配してくれていたのだ。王女付きの侍女として隣国に渡れなかったときも「実家に戻ってもいい」は本気だったのだろう。見放すのではなく、一人の独身女性として窮地に追い込まれている時に手を差し伸べようとする姿勢。それが彼らなりに家族の愛を示そうとしているのだとやっと気がついた。
婚約が決まった時、あまり喜んでくれなかったのは条件の良い相手だと家族は思えなかったのだ。ヴァレンタインの女性遍歴は有名であったし、彼は嫡男ではない。継ぐ爵位がないから経済的に不安定な面もあるからとユリアナも父親も諸手を挙げて喜ぶことはしなかったのだ。
(私を認めてくれないのね)と、当時は冷めた感覚で家族の反応に目が吊り上がりそうになった。そして彼らを見ながら(自分で幸せになるからいいわ)と肩肘を張っていた。
家族の少し言葉が足りない内容を曲げて受け取っていたのはマリアナ本人であったのかもしれない。
「言われた通りかもしれませんね。ヴァルと婚約解消したいと言っても家族は私がしたいようにさせてくれていますから。私は家族と向き合ってもいなかったわ」
マリアナはモリーの言葉に素直に頷いた。
ヴァレンタインが何故今になってあんな風に自分のライフスタイルを変えているのか今のマリアナには理解しがたい。
しかし家族や王女が自分に向けてくれた『心配』という気持ちは深いところを理解できた。
(私ってやっぱり浅い人間なのだわ。深いところの意思を汲み取れていなかったのかも)
ナッティは会話を聞きながら刺繍を仕上げていた。
「マリアナの卑屈になる気持ちはわかるな〜僕はいつも周りと違う意見の持ち主だったから浮いていたんだ。家族から腫れ物に触るように扱われてきたから傷つくことも多かった。でも今自由にさせてもらえて家族と離れたからわかることもある」
マリアナが小首を傾げた。
「家族は僕のことを信じて自由にさせてくれたということだよ。マリアナのこともきっとそうだよ。信じていなかったり、破棄騒動で家名に泥を塗られたと思っていれば保身に走って家の利益になるお見合いばかりをどさりと持ってくるさ」
ナッティの言葉はストンと腑に落ちた。
確かに『私なんて』と思っているから視点が違うところを見てしまい、所詮自分なんてと卑屈なことばかりを言葉にしていた。家族はそんな言葉一言も口にしていないのに、勝手に想像して腹を立てていたのかもしれない。
最近ユリアナから届いた手紙を素直な気持ちで読み返してみればマリアナを案ずる言葉が綴られていた。
『貴女は何も悪くない。どうか一度でいいから顔を見せてほしい。正直私はマリアナがこの国に留まってくれたことがとても嬉しい。王宮に居づらくなったのなら遠慮せず領地でゆったり過ごしてほしい』
世間一般の貴族の令嬢としてはマリアナの状況は『残念』の一言に尽きるというのに家族はちゃんと受け止めようとしているのが痛いほど感じられた。




