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1 婚約者の裏切り

新連載です

よろしくお願いいたします!

「フフフ、薔薇園に行ってみると良いわ。貴女もヴァルの真実が知れて納得するのではなくって?」

 赤髪の夫人はクスクスと笑ってマリアナを薔薇園に誘った。


 マリアナは『またか…』と心の中で溜息を溢す。

 婚約を結んで正式に発表されてからこのように皮肉を言いにくるご婦人、ご令嬢が後を絶たない。

 覚悟していたとはいえ、マリアナもここ最近は本当に疲弊していた。


 

 

 マリアナは王宮に勤務する事務官である。

 今の担当部署は騎士団で、そこでヴァレンタイン・ブラックホルムに出会った。


 彼は鉄面皮と呼ばれるマリアナ・ノビーパークに他の令嬢と同じように粉をかけてきた。


 ヴァレンタイン・ブラックホルムは小柄で顔が良く軽薄な女好きで、マリアナは最初の頃は彼のことが大嫌いであった。


 (心が弱っていたから彼の誘いに乗ってしまったのかも知れない………)

 と思わないこともない。


 ヴァレンタインとは相対の場所にあり、マリアナは王宮でバリバリと仕事を熟し、第二王女のお輿入れに抜擢され、隣国に渡る予定のキャリアを積んだ人間であった。

 事務処理と伯爵家の令嬢としてのスキル。

 第二王女からの信頼。外国語のスキル、礼儀作法。

 全てを兼ね備えていたのにも関わらず、輿入れの一団からマリアナ・ノビーパークは外された。


 周囲も驚いていたが一番驚いたのは本人マリアナである。


 22歳のマリアナは後輩のフィリーが代わって名簿に名前を連ねていることに少なからずショックを受けた。優秀ではあるが男爵家のフィリーは当初全く名前が挙がっていない人間だったためライバルとして認識していなかった。


 ガックリと項垂れているうちに第二王女は無事に隣国へと嫁いで行き、溢れたマリアナはむさ苦しい騎士団の事務方へと異動が決まった。

 (人生詰んだ……)マリアナは若干自棄になっていたのは間違いない。


 抜け落ちた表情のまま半年間仕事を淡々とこなしていると一人の男が擦り寄ってきた。


 子爵家の次男、ヴァレンタイン・ブラックホルムである。


 顔は好みであったが騎士団員にしては小柄でチャラチャラとした雰囲気は本当に信用ならなかった。

「はいはい、他の女性に同じように声をかけている人には興味持てませんから」

 としつこく口説くヴァレンタインを足蹴にしていたが、ある日その自慢の頬に大きな引っ掻き傷を作って彼がやってきた。


『今からはマリアナだけを愛する。他の女性にはこれからは見向きもしない。ちゃんとさよならして来たから。だから俺の手を取って欲しい』


 マリアナが絆された瞬間であった。


 ヴァレンタインはそれからは本当にマリアナだけに愛情を注いでくれていたとは思う。

 年齢が31歳と10才ほど年上だったこともあり女の扱いに長けていた為か、予想外にヴァレンタインの側は居心地が良かった。

 (女慣れしてると言えばそうなのだけどね……)


 マリアナが自信を失っている時期であったから、彼の言葉は魔法のように心に沁みた。


『マリアナは賢いな』

『我が家の家族は皆マリアナが大好きだ。あの堅物の兄貴まで君を大歓迎だよ』

『君は本当に品があって一緒にいる俺まで上品だと思われてる』

『騎士団長に褒められたよ。

 素敵な女性を口説き落としたんだなって。

 俺は今までヤンチャしてたけど一生大切にするから』


 交際などしたことのないマリアナは生まれて初めての甘言に簡単に堕とされた。


 ブラックホルム子爵家の家族は揃ってマリアナに優しく、婚約は相手の家族らの要望もあり簡単に整った。


 思い返せばあの時が幸せの頂に立っていた瞬間だったかもしれない。

 

 何故、騎士団に所属している顔の良い男が30才を超えても結婚していなかったのか、マリアナは深く考えていなかった。


 いや、何処かで気がついていたことから目を逸らしていたのかもしれない。

 社交界で発表がなされるとマリアナには厳しい試練が待ち受けていた。

 ヴァレンタインは今までのお相手が多過ぎたようで婚約者として隣に並び立つようになると出るわ出るわ。


『私こそ、ヴァレンタイン様に愛されていた元カノです!!』が………



 

 

 婚約者になった騎士団員ヴァレンタイン・ブラックホルムは過去の清算が済んでいないのを自覚しているのかいないのか…………このようなグラマラスで遊び人のご夫人や、可愛らしい男好きする令嬢が、婚約者になったマリアナの前に時々現れては嫌味を言う。

 嫌味を言うだけならまだ良い。

 刃物入りの手紙に噂話。

 姿の見えない悪意。(いや頻繁に現れた)


 そして、今日はエリエファイス公爵家での夜会。


『挨拶も一通り終わったし、少しだけ遊戯室に行ってくるよ』とヴァレンタインは別行動をした。


 マリアナは最近の令嬢たちの突撃や、友人達の反応にすっかり閉口していたため隠れるようにテラスで一人シャンパンを飲んでいた。


「今日はダンスも踊ったし迎えに来てくれるまでこのまま隠れておこうかしら?」

 そう独言していると赤髪の蠱惑的なご夫人が現れた。


「フフフ、随分可愛らしくて大人しい婚約者様ね」

(地味でヴァレンタインの派手な見た目にそぐわない女が婚約者になったものね)


 赤髪夫人がそう言っているのがよく分かる。

 誰かの妻であろうその女性は胸が溢れんばかりのドレスに大ぶりのルビーのネックレスを身に着けている。

 そして手入れの行き届いた肌と爪をしていた。

(またか…また過去の遊んだ女性か……………)

 マリアナは顳顬を軽く揉んだ。



 しかしこの大人の女性は今までの令嬢達とは違い激しくマリアナを罵ったりはしなかった。

 

「結婚前に真実を知った方が良いのではなくって?」

 その言葉にマリアナはグッと胸に迫るものがあった。


 事務官の友人達もマリアナの結婚を喜んではくれたが『あのヴァレンタイン様ねぇ』と苦笑いする人間がいたのも事実である。

 金髪に深い蒼の瞳のヴァレンタインは見た目も派手であれば性格も派手で、ずっと女性好きを公言していた。

 騎士団では小柄な170そこそこの身長ではあるが、切込隊長と言われるほど度胸があり、剣の腕は評価されている。

 マリアナも鍛錬や模擬戦では思わず惚れ直したほどだ。

 〈目を引く男の婚約者〉

 なのに結婚相手が地味な事務官とは驚きだ……と言いたいのである。


 着崩した騎士服に憧れる女は多い。ちょっとワルな目を引く男が選んだのが愛想も無い事務官。


 (釣れない魚に執着しすぎて結婚を餌に私を釣り上げたのかも…)と思わないでもなかった。

 だから、『さよならした』と言った割に湧いて出てくる昔の女達に苛つき、最近はついついヴァレンタインを束縛してしまったり、詰ったりと喧嘩も増えた。

 その不安がピークに達していた時期であり、マリッジブルー突入のマリアナはいつもは適当に遇うヴァレンタインの昔の女の挑発につい頷いてしまう。

 『過去は過去だろ?』とヴァレンタインに言われていたのに赤髪の夫人の思惑に乗ってしまった。





 バラ園の街灯の下、金髪のヴァレンタインのカチッと仕上げた髪が目に入った。


 そしてその両腕が一人の女性を抱きしめているのも。


「俺のお姫様。貴女の幸せを永遠に願う」


 ヴァレンタインの優しげな声音が虫の鳴き声と共に耳に届いた。



『レイチェル………レイチェル・エリエファイス公爵令嬢………』

 豊かな黒髪の楚々とした美しい令嬢には社交界で名を知らぬ者はいない程有名な令嬢であった。


(なんだ………そう言うことか…………)


 マリアナはストンと納得した。



 ─────────────


 ヴァレンタインは子爵家の次男坊であったが、レイチェル・エリエファイス公爵令嬢とは幼馴染である。

 30歳のヴァレンタインがあの歳まで結婚しなかったのはあの『不運なレイチェル様』と結ばれたかったからに違いない。


 黒髪の美しい公爵令嬢はその昔王太子の婚約者であった。

 何事もなければきっと20歳の歳にそのまま王太子妃となり、そして王妃と成った御人である。


 彼女は美しく賢く人格も申し分なかったが、残念なことに王太子が他の令嬢と恋に落ちてしまった。

 レイチェルは事実を受け止め、その身を引いた。

 父親の公爵は随分とご立腹であったが王太子が妻に望んだ令嬢が王妃となってレイチェルが側妃になるのはもっと許せなかったのだろう。

 すったもんだはあったが婚約は解消された。

 公爵令嬢という位も災いし、レイチェル本人は素晴らしい令嬢であるのに次の婚約者がずっと決まらなかった。


 地位が高い人間ほど婚約者が早々に決まっており、伯爵家クラスの男達が鞍替えするには注目を浴びすぎている。社交界では噂は飛び交うものの誰も名乗りを上げることが出来なかった。


 だが、そんな彼女にも転機が訪れる。


 公爵家の父親の代理で外交に出ていたレイチェルを海を渡った皇国の第二皇子が見初めた。

 遂にバスク王国最大の優良物件であるレイチェル嬢の婚約が整った……と社交界では話題になっていた。

 皇子は5歳も歳が下であるそうだが、大変熱心にレイチェルを口説き、婚約に漕ぎつけたそうである。

 正直にいえば王家もホッとしたのは間違い無い。

 何せレイチェル嬢は今年で25歳になっていたのだから。


 ヴァレンタインとレイチェルが幼馴染だと判ったのはつい最近である。

 婚約者としてブラックホルム子爵家に顔を出した時、エリエファイス公爵夫人が訪問してきたからだ。


『私たち実は学園の時からの友人なのよ』義母がふんわりと微笑んだ時はそこまで考え付かなかったが、夜会でエスコートの回数が増えたあたりでレイチェルとヴァレンタインの距離が近いことに気がついた。


『お二人ともお知り合いだったのですか?』とヴァレンタインに真正面から聞いたがはぐらかされた。

『母親同士が偶々仲が良かったからね』とサラリと躱されたのである。


 あの時から何となく靄りとしたものはお腹にあった。


 子爵の次男が公爵家に婿入りするのは非常に難しい。


 相手は王妃にまでなろうとした女性であるし、レイチェルがヴァレンタインに想いを寄せた所で公爵が『はいどうぞ』と言うような人間ではない。


 世の中には爵位を乗り越えた恋愛小説が出回っているが、実際は難しいことをマリアナはよく理解していた。王宮に勤めればそれはさらに肌で感じる。



 気がつくとマリアナは公爵家の裏口で蹲っていた。

 涙が止まらず人目がないのをよいことに嗚咽を漏らすほど泣いていた。


『あぁ………私はまた誰かに取って代わられるのだ………』そう思うと足の力が抜け倒れそうになった。

 レイチェルを抱きしめるヴァレンタインの姿が目に焼き付いて、そしてある光景と重なった。


『あの時と一緒じゃない……』


「貴女!!貴女大丈夫!?」

 いつの間にか背後に美少年と銀髪を美しく結い上げた夫人が立っていた。


 線の細い、青年と呼ぶには早い少年は、マリアナの脇を抱え上げた。


「モリー様、馬車までお連れします」

 マリアナはそこで記憶がプツリと途絶えた。


 (もう死にたい)


 声にならない呟きが唇からこぼれ落ちた。







 ──────────────


 白を基調とした客間でマリアナはフルーティーなホットワインをゆっくりと口に含んだ。

 オレンジや、ベリー、シナモンの香りのそのワインは思ったよりも美味しくてつい、ゴクゴクと飲んでしまう。


 その様子を見ていた夫人は穏やかに微笑んで話しかけた。

「モリー・ジャンピニですわ。今夜はもう遅いですから泊まって行きなさいな」

 40代半ばのその夫人はゆったりとした部屋着でマリアナの前で寛いで見せた。


 連れてこられたのは大きな屋敷であった。


 マリアナはヴァレンタインの不貞を見て想像以上にショックを受けた。

 いや…ずっと傷ついてきたのだが、あれは決定打であった。


 夫人はヒックヒックと泣くマリアナをシャワー室に放り込み部屋着に着替えさせた。

 ドレスは土の上に蹲ったせいで汚れており、顔も涙でグシャグシャ。見られたものではなかった。

 湯を浴び、すっぴんで呆けているとホットワインを差し出されマリアナは自分の状況を徐々に認識し始めた。

 モリー・ジャンピニの勧めで大きなソファに足を投げ出し、行儀悪くワインをお代わりすると気持ちが落ち着き、目の前にいる夫人にやっと謝罪をする余裕がうまれる。


「すみません……お見苦しいところをお見せして………」

 掠れた声で謝りソファに座ったまま頭を下げた。


「いいのよ。偶々だけど私みたいなお節介なおばさんが通りがかってよかったわ。貴女みたいな可愛らしいお嬢さんが弱っていたら、どんな怖いオオカミが攫っていくか想像するだに恐ろしいわ」

 ホホホと微笑ったモリー夫人は頬がふっくらしており可愛らしく、とても中年には見えない。

 そして何よりマリアナを蔑んだりはしていなかった。


 しばらくホットワインを二人で飲むにつれマリアナは自分の事情を話し始めた。


「私はこんな風にいつも捨てられるんだと思ったら辛くなって……本当にすみません」


 マリアナはそう切り出した。



<<<<<<<<<<


 マリアナはノビーパーク伯爵家の次女として生まれた。

 長女のユリアナとは1歳違い。年子である。


 ユリアナとは歳が近いこともあり非常に仲良く育ったがノビーパーク家には男子が生まれなかった。なので必然的にどちらかが婿を取って伯爵家を継ぐことが決まっていた。意識したのは13歳、貴族の子女が通う王立学園に入学した時だった。


 普通ならば長女のユリアナが家を継ぐと明言される筈なのだがマリアナは非常に成績が良く見目も良かった為家長のノビーパーク伯爵は一計を案じた。

 それに長女のユリアナは幼少期はとにかく線が細く、気管支の病を患っていた。

 夜中に咳が止まらなくなることもあり、両親はユリアナの方へいつも目を向けていた。

 常に手をかけている長姉だが『家を継ぐ』という観点からは不安も残った。

 その結果父は提案したのだ。


『自分が選んだ婿候補に娘のどちらかを選んでもらおう。彼が気に入った方に爵位を継がせる』と。


 姉は病を克服し、穏やかでのんびりとした気質。成績は中の中で特筆すべきところがない人間であった。

 妹のマリアナは空気を読み手のかからない子だと評判であった。学生になってからはそれは顕著でいつも明るく笑顔でクラスの人気者。頭も良く生徒会の役員にも抜擢された。

 そして運命の夏がやってきた。

 ユリアナ18歳、マリアナ17歳の夏期休暇に領地に一人の男性がやってきた。

 ケイオスと名乗る25歳のその青年は父の部下であり伯爵家の三男だと言った。


 (お婿さん候補だ)


 聡いマリアナはすぐに気がついた。


 物凄い美男子という訳ではないが彼はスラリとした体躯で『優雅』という言葉がピッタリであった。

 細面でメガネがとても似合っており、穏やかな喋り方をする。


 マリアナはすぐに彼に夢中になった。

 同級生とも違う大人の魅力と、大きくて細い指の動きに目を奪われた。


 マリアナは積極的に話しかけ、自ら彼をデートにも誘い、キャラキャラと明るく振る舞った。


 実際彼と一緒にいると気分が高揚し浮かれていた。

 そして姉のユリアナがその青年に同じように思いを寄せていることにも気がついていた。


 仲の良い姉妹であったがその戦いだけは負けられないと一夏躍起になっていた。



 

 ある日父親がマリアナを執務室に呼んだ。

「ユリアナがケイオスと婚約することになったよ。祝福してやっておくれ」


 頭をガンと殴られたような衝撃であった。


 そしてその晩ユリアナがケイオスと彼の実家に向かったことを告げられた。


 夏の終わりに二人は揃いの指輪をつけて領地に戻ってきた。

 マリアナはジクジクと痛む胸を抑えつけ笑顔を見せた。

「二人とも本当におめでとう」

 上手く笑えているか分からなかったが、矜持として二人の前では泣きたくなかったし、不貞腐れた態度もとりたくなかった。



 ユリアナは学園の卒業を書面で終わらせることが決定したがマリアナは夏の休暇が終わればまた学舎に戻らなくてはならない。


 マリアナは姉と最後の晩だと思い話をする為部屋を夜中に訪れようとした。


 ドアは僅かに開いており人の気配にマリアナは立ち止まった。


 姉の部屋にケイオスが居たのだ。


 二人は薄暗い部屋の中で抱きしめあっていた。


「誰にでも愛想の良いマリアナよりも僕だけに微笑んでくれるユリアナを僕は選ぶ」

 姉ユリアナの頬や瞼にその身を屈め、ケイオスはキスの雨を降らせていた。


 (愛想よくしていたから私は振られたの?笑顔を皆に見せていたからケイオスは私を軽薄な女だと判断したわけ?)


 マリアナはショックで立ち尽くした。


 今までの自分を全て否定されたと感じた。


 要領よく生きてきた自分はケイオスから見て選びたくない種類の人間だったのだ。明るい態度は軽薄に映り、楚々として自分を主張しない姉のような控えめな女性が男から選ばれるのだと突きつけられた。


 マリアナはそれから暫く姉たちと会話する気が起こらなかった。

 表面上は取り繕っていたが、心の中で一つの決意が固まった。


『領地から離れてユリアナたちと距離を置こう。私は文官になろう』


 幸い後継になるつもりもあったマリアナは優秀で王宮の採用試験もクリアし、王宮勤めもとんとん拍子で決まった。


 いつも明るく元気な妹キャラの自分は封印し、マリアナは大人しく、強く主張しない楚々とした女を目指した。


 王宮に上がると年齢の割に落ち着いており、騒いだりはしゃいだりしないマリアナは一目置かれることになる。


 男ウケを狙ったつもりが、まさかの上級女官たちからの信頼を得たのだ。


 しかも田舎とはいえ伯爵家の出身で所作も悪くない。

 事務官として勤務は始まったが第二王女付きの侍女たちから重宝がられ、遂には輿入れのメンバーにまで抜擢された。


 通常王女のお輿入れには伯爵家以上の女官や侍女たちだけで構成されるのだが事務官としても仕事が熟るマリアナは王女からも推薦を受けた。


 偶にケイオスが伯爵の代理として王宮に現れたが、その頃にはマリアナもすっかり気持ちが落ち着いていた。


 何せ王宮にはケイオスより顔も良ければ条件も良い男たちがわんさかと居る。


「お義兄様お久しぶりですね。お変わりなくてよかったですわ」

 形式だけの挨拶を交わしては返事も待たずにサッと踵を返して遇らった。昔のようにニコニコと笑顔を振り撒くようなことはしない。


 今度は自分を好きになってくれる人にだけちゃんとその笑顔を見てもらわなければならないのだ。

 (義兄に振り撒く笑顔を出し惜しみして何が悪いんだ!!)

 それほどマリアナの気持ちは強くなっていた。



 (きっとこのノビーパークの家とももう直ぐお別れだわ)

 王女と共に隣国へと行くことが仮決定した時からマリアナは婚活をキッパリと止めた。


 先ずバスク王国ではもう結婚相手を探す気は失せていた。

 学園卒業後は仕事が面白く、20歳の結婚適齢期には第二王女のお輿入れメンバーに名前を入れて良いか?と打診を受けた。

 うっかり結婚などしてしまったら、隣国行きはパーである。


 隣国はバスク王国より結婚の適齢期は上である。

 マリアナは王女をお助けしながら向こうの王宮で婚活しようと決めていた。

『私の王子様はきっと向こうの国にいるのだわ』そう信じていて疑わなかった。

 王女のお輿入れは絶対のイベントであり、着々と準備は進んでいたのだから。

 だから、お輿入れのメンバーが発表された日。自分の名前がその名簿に入っていなかったことにマリアナは茫然とした。


 バスク王国を出て隣国で結婚相手を見繕う気満々だったマリアナはガックリと肩を落とす。


 そして周囲も気の毒そうにマリアナを腫れ物扱いした。


 マリアナの代わりに旅だった男爵令嬢のフィリーは如何やら結婚相手の皇子の補佐官と恋仲になり、それを考慮されてお輿入れメンバーに抜擢されたらしい。

 (知らぬは自分ばかり………)

 男性事務官に教えてもらった事実にマリアナは更に落ち込んだ。


 王女(上司)がいなくなってしまえば担当事務官のマリアナは新しい部署に行かなくてはならない。

 それが王宮の騎士団であった。



 (詰んだ……むさ苦しい騎士団に配属されるなんて……………)マリアナはキャリアを積んできた矜持で決して表情には出さなかったが、笑顔は益々遠ざかった。


『鉄面皮』そんな陰口が聞こえてきても既に心は凍りついたままであった。


 ヴァレンタインはそんな落ちた自分の気持ちの隙間に入り込んだ一筋の光であった。



 女としての幸せを諦めかけたマリアナを熱心に口説き、一応今までの女性関係も清算(?)してくれた。

『まあ、実際は清算出来てなかったんですけどね』


 笑顔の少ない、生真面目な事務官を見初めた騎士のヴァレンタインは軟派でモテ男である。

 付き合い始めは浮かれていたが段々と自信を失っていった。


『この人何で私とだけ結婚決めたのかしら?』


 昔の自分なら(若気の至りで)自信に満ち溢れており、明るく甘え上手であった。だが、今の自分は『真面目すぎて面白みのない男に媚びない女』である。


 お洒落は嫌いじゃないが、派手すぎて素行の悪い事務官はお輿入れの人間としては不向きとされていたからマリアナは皆に望まれるような品行方正な人間に成った。

 しかし振るい落とされて今に至る。

 

 折角婚約まで漕ぎ着けた途端周囲の女狐たちに馬鹿にされるのだ。

『貴女はヴァレンタイン様に相応しくないわ』と。



 今夜の光景は姉を抱きしめていたケイオスと重なった。


「私って、レイチェル様の身代わりだったんです。

 婚約しようって言われたのもレイチェル様が婚約が整った後だったでしょう?きっとヴァレンタイン様は彼女を諦めるために私を選んだんですよ。

 結婚なんてしたくないですけど婚約式もしちゃったし父たちになんて言えば良いのか……

 王女に付いて隣国に行くって言った後、まさかの選考漏れでしょ。自棄になった私に義兄はこう言ったんです。

『マリアナ、君さえ良ければ領地に戻っておいで。面倒を見るから』って。馬鹿にされてる訳じゃないけど、同情されたことが辛くてすぐ断りました。

 義兄のことはもう好きでも何でもないんですけれど……でも、姉夫婦のそばにいるのも嫌なんです。

 事実を知って結婚なんてしたら絶対幸せになれそうにも無いし……

 はぁあぁ如何したら良いんでしょうね」


 そこまで話して顔を上げると穏やかだったモリー夫人の額には青筋が立っていた。


 え?と引き気味に目を見開いたマリアナにモリーは目が据わったまま微笑んだ。



「そんな馬鹿男選ぶ必要ないわ。貴女は選ぶ側の人間よ。任せなさい」


 マリアナは怒りながら笑う人間を初めて見た。

 

大体十一話くらいで終了予定です。

9話までは一気に投稿いたします。

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