第1球
木々には騒々しいツクツクボウシの鳴き声。その間隔を詰めていく音はまるで心臓の鼓動を代弁するかのように焦燥に満ちていた。
立っているだけでグラつく真夏のバッターボックス。
状況は9回裏7対7の同点、1アウトランナー3塁でカウントはツーツー。
バットに当たってはいるが上手く前に転がせない、そんな進展のなさに環丸涼之菅はキャップと前髪の間に指を突っ込んで掻いていた。
「たまたまー! 頑張れぇー!!」
ふと可愛らしい応援がベンチ上の客席から聞こえてきた。
張り詰めた緊張感の中に咲いた一輪の花、俺は思わず口元が緩んでしまう。
声の主は笹追鳴都奈、身長147センチの小柄でハシビロコウにも負けないポケェーっと具合が癒しのクラス内モテ女子だ。
そんな彼女と俺は大事な約束をしていた。
それは──
「ここでキメて彼女と付き合うんだぁーー!!!」
ピッチャーの指先から白球が放たれた瞬間、直線3分の1までリードしてた3塁ランナーはバックめがけてスタートを切る。
最終回裏、同点、1アウト、このシチュで手堅くいくならコレだろ。
バットを横に、芯の手前の下から握り、目線を白球との衝突に備える。
「チェックメイトだぁっ!」
と意気込んでから聞こえたのは鈍い金属音。ではなく、銃声みたいな気持ちいい音だった。
キャッチャーは補給後すかさず向かってるサードランナーとお見合いしワンタッチ。
そして振り返る鉄黒色のマスクから覗く目は冷ややかだった。
「おまえがな」
一瞬の出来事に実感が湧かない俺はただただその場で水分のなくなった枯れ木のように佇んでいた。
さよならチャンスを潰した頭には彼女が悲しげに離れていく光景が思い浮かんだ。