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9.行かなきゃ

 Tさんが大学4回生で就職も決まり、残ったわずかな大学生活を過ごしていたときの出来事である。


 彼は投稿ホラードキュメンタリーのDVDを観るのが趣味だった。つまりは視聴者から投稿された怖い映像集である。

 夜にお酒を飲みながら1人で鑑賞会をすることもよくあった。

 この日はレンタルDVD店で、そこまで有名でないが10作以上出ているシリーズの1本を借りて夕食の後でじっくり見るつもりだった。

 手に持ってレジへ向かうTさんに声をかけてくる者がいた。


「おう、Tじゃん。何借りるの」


 同じゼミ仲間のNくんだった。彼とゼミでは一緒とはいえ話す機会はさほど多くなかった。ゼミの飲み会で話はするが、プライベートでどこかに遊びに行ったりということもない。


「なんだ、ホラーのDVDじゃん。お前もこういうの観るんか。暇だからおまえんちで観てもいいか?」


「え、まあ、いいけど」


 こいつ、結構図々しいなと内心思うTさんである。

 Nさんの距離の詰め方にはっきり言って辟易していたが、どうせ大学を卒業したら会うこともないゼミ仲間だ。とりあえずOKした。


 当初の予定が変わって夕食の前に、Tさんの家まで行って2人で観ることになった。


「なんか、まあ、そこそこって感じだね」


「俺としては最初の以外は普通かな」


 口々に感想を言い合う。そろそろ見始めてから50分が経過しようとしていた。

 このDVDの収録時間が確か54分だったと借りたときに記憶しており、次がいよいよ最後の映像であろうとTさんは思った。

 そして映像が流れだす。どこかの公園が舞台のようだ。

 カメラを持った人物が撮影しながら歩いているのだが、特に何が起きるでもない、言ってしまえば退屈な内容がしばらく続く。

 と、そこへ画面にノイズが走り始めた。

 さらにノイズの中に女の顔が混じってきて、ついには画面いっぱいにその顔が広がるという事象だったのである。

 Tさんはこの最後の映像に対してはかなり驚いた。ビックリ系だがそれにまんまとハマる満足の内容。

 そしてスタッフロールが流れ始めた。Tさんの予想通りこれが最後の映像だったことになる。


「おお、最後だからなかなか怖いのを入れてきたな」


 Tさんがボソッと呟くが、Nくんからは特に返事はない。

 Nくんの方を向くと、彼は口を半開きにして画面を見つめ続けている。

 DVDが終わり、画面が暗くなってもNくんはボーッと画面を見たままだ。口も開いている。


「おい、おい、どうしたんだ」


 彼の目の前で手をぶんぶんと振ってみても、一向に反応はない。

 数秒後、無言だったNくんがついに口を開いた。


「公園、あの公園、知ってる」


「え? なに?」


「公園、行かなきゃ、おれ、知ってるから」


 そう言うとゆっくりとNくんは立ち上がり、Tさんの部屋を出て行こうとする。


「どうしたんだよ、なあ、何言ってんだ」


「行かなきゃ、おれ、行かなきゃ」


 Nくんは止めようとするTさんの手を振り払い、靴を履いて玄関から出て行ってしまった。


「どういうことだよ……」


 この日は白けた感じで終わってしまった。こんなに勝手な奴だとは思わなかったが、もうすぐゼミも終わるし卒業してからは会うこともない。Tさんは早々と気持ちを切り替えた。


 翌日からNくんは姿を消してしまった。大学のゼミを休み、他の講義でも姿を見ない。


 もともと同じゼミになったことでNくんと知り合ったTさんだが、思えば彼のバイト先やサークルなどもよく知らないことにこのとき気づいた。他のゼミ仲間も、彼がどこに住んでいるのかまでは知らなかったようだ。

 ゼミの教授によると、行くところがあるのでしばらくゼミを休むという連絡だけはあったそうだ。出席日数は今のところギリギリ足りている計算らしい。


「もしかしたら彼、退学するのかな」


 同じゼミの女性陣がそう噂しているのを聞いた。Tさんにもそれを否定できる材料はない。

 とはいえ、Nくんがいなくなったのは自分と一緒にDVDを観たからかもしれない。Tさんの頭の中にはわずかに後悔の念もあった。

 NくんがDVDを観て反応を示していた公園に何かあるのではないかと考えたTさん。表示されていた映像投稿者の住所を手がかりに、同じ県内にある公園をしらみつぶしにネット検索したものの、該当の公園を見つけることはできなかった。


 NくんとともにDVDを観てから1ヶ月ほどが経過したある日のことである。Tさんの部屋のインターホンが鳴った。

 ドアのスコープから見ると、なんと部屋の前に立っているのはNくんではないか。

 彼がゼミに出ない状態にも慣れつつあったTさんだが、こうして姿を見られたことで少し安堵した。ドアを開けて迎え入れる。


「どうしたんだよ、突然いなくなって、ゼミにも来ないしさ」


 玄関に入って、うつむき加減だったNくんが口を開いた。


「アア、ナントモナイヨ」


 明らかにイントネーションがおかしい。おかしいというか、以前に会ったときと喋り方が変わっている。


「あの……しばらくいない間に、どこか痛めたのか」


「ナア、マエニDVDミタダロ、ココデ。マタミセテクレ」


 Tさんの質問に答えずに自分の要求だけを伝えてくるNくん。様子がおかしい。よく見ると目の焦点が合っていないし、服の着方もおかしい。比喩ではなく、ボタンを掛け違えている。


「あれはレンタルだから、うちにはもうないよ。見たかったら自分で借りてきた方が」


「カリテキテクレヨ」


 抑揚のない声で言うNくん。Tさんは少し恐怖を覚えつつも、もめ事を避けるためにDVDを借りに行くことにした。


「わ、わかった。じゃあ、20分ほど待っててくれ」


 1人でDVDを借りるTさん。なんとなく想像していたことがあった。

 Nくんはおかしくなってしまったのか。あるいは……

 Tさんが戻ると、Nくんは部屋の前で立って待っていた。

 渋々Nくんに付き合って再びDVDを観ることになる。


 DVDを半分ほど観たときに、Tさんの携帯電話に一通のメールが届いた。

 その差出人はNくんだった。

 (えっ、どういうことだ?)

 無表情で座ってテレビ画面を見ているNくん。彼が携帯を操作してメールを打ったような様子はなかった。中身が気になってはやる気持ちを抑えながらメールを開くTさん。

 添付ファイル付きのメールだったが、文章が文字化けしていた。


 『菫コ縺ッ菫コ縺ァ縺ッ縺ェ縺???蜉ゥ縺代※縺上l』


 得体が知れず不気味に感じられた。文章は短い一文だけであったが、画像ファイルが添付されていた。写真だ。しかし写っていたのはNくんではなかった。

 それはどこかの橋を撮影したものだった。赤茶色をした小さな橋が川に架かっている。橋の向こうには神社らしき鳥居が見えた。

 単なる風景写真のようにも思えるが、橋の中央付近に何者かが立っている。

 黒い、人の形をした影だった。

 動くでも手を上げるでもなく、ただ橋の上に揺らめくように立っている

「オイ、ナニカアッタノカ」


 DVDを観ながらNくんが話しかけてくる。


「ああ、迷惑メールみたいだったよ」


 Tさんは送信者のところを指で隠しながら、文字化けした文章のみをNくんに見せた。


「……」


 言葉は発しないものの納得したのか、Nくんは再びテレビ画面を凝視しだした。

 再びDVDの最後に収録された公園の映像が流れる。Nくんが画面を見る目が少し開いたように思えた。

 そしてノイズが走り女の顔が、となる前にNくんは立ち上がりゆっくり玄関の方へ向かっていく。


「なあ、まだ途中だけどいいのか?」


 Tさんが声をかけたが、すでに彼は部屋から出ていった後だった。


 Nくんはその後もゼミに出席している。

 これまでと人が変わったようだと陰口をたたくゼミ生もいた。


 Nくんが来た数日後、Tさんはこの件を他の友人に相談した。その友人は文字化けした文章を復元できるサイトを知っているというので、Tさんは早速あの日Nくんから送られてきたメールの文字化け文章を復元してみた。

 背筋がゾッとした。


 『俺は俺ではない 助けてくれ』


 そう書いてあった。

 Tさんはこのとき理解した。

 この前にTさんの家にやってきたのはNくんではない。何者かが彼に化けていたのだと。

 公園の映像が彼に異常を引き起こしたのか、Nくんが実際に公園に行って何かに巻き込まれたのか。わからないことばかりだ。

 Tさんがしばし硬直していると、友人が口を開いた。


「なあ、ちょっと思ったんだけど」


「なんだよ」


「Nから一緒に送られてきた写真があったよな。川に架かっている橋の」


「ああ」


「あれ、三途の川なんじゃないの」


 友人がなぜそう思ったのかは不明である。直感的にそのイメージが頭に浮かんだということだった。Tさんはうまく返事をすることができなかった。


 このときは身震いしたTさんだが、考えた末にNくんについては特に何も行動を起こさなかった。

 大学卒業が間近であり、卒業したら会うこともないゼミ仲間だからである。


 Nくんがその後どうなったのか、彼は知らない。


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