7.カーテンの向こう
女性のRさんはマンションに一人暮らしをしている。
天気予報が数年ぶりの大雪を伝えており、昼から本格的に降ってきた。Rさんは午前のうちに身の回り品の買い物を済ませていたのである。
夕食を採って普段ならば動画などを見て時間を潰すのだが、この日は早めに布団を被って寝てしまうつもりだった。
Rさんはカーテンを少し開けて外の様子をうかがう。遮熱レースカーテンであるため、ある程度の断熱性があるのがありがたい。
「あー、やっぱり積もったか」
少し見ただけで部屋の外がいつもより明るいのがわかった。雪が光を反射して、普段の夜よりも光の量が多いのだろう。
部屋で一人でいるとひたすら静かだ。雪が音を吸収しているようだ。出歩く人もいないのか無音の時間が続く。ときおり車が雪をはねのけながら進んでいく音がする。
「さむさむっ、もう寝よう」
時計は22時を回ったところ。まだ早いがそろそろ寝てもいい頃だ。少しばかりの眠気が訪れていた。
寝る前のトイレから戻り、Rさんは部屋の電気を消した。
「ひっ」
思わず声を上げた。レースのカーテンの向こうに誰かが立っている。
ぼやっとした人の形の影がベランダにそびえ立っているのだ。外の雪明かりが影を映し出している。
眠気が一気に覚めた。Rさんは恐る恐る窓の方へ近づいていき、カーテンを一気に開けた。
「えっ……」
何もない。先ほどまでカーテンにその形を作っていたであろう何かが、ベランダにない。
せっかく暖めた部屋に寒気を入れたくはない。Rさんは電気を消したまま、窓を開けずに部屋の中からベランダを見回していく。さらに激しさを増した横殴りの雪が窓に吹き付けていた。
ベランダの床部分はすでに白く染まっており、手すりにもところどころ雪が積もっていた。世話をやめて空になって久しい植木鉢にも雪が入り込んでいる。
「でも……何も、ないよね」
徐々に自分の見たものが見間違いのように思えてきたRさん。これ以上見ても仕方がないと結論づけ、再びカーテンを閉めた。
「ひゃあっ!」
途端にまた影が現れた。レースのカーテンにぼんやりとその姿が映る。全身の毛が逆立ち、今度こそ悲鳴を上げてしまう。
思わずカーテンからパッと手を放すと、揺らめく布に合わせて影の姿も揺れる。
「やだ、もう、やだ」
Rさんは泣きそうな気分になる。もはやベランダをもう一度見る気になれない。
正体を確かめるのを放棄し、布団を被って寝ることを考えた。しかし明日の朝に起きてまだ影がそこにいたらどうしようという思いが瞬時にわき上がり、Rさんは立ったまま動けなくなった。
ドサドサドサッ!
何かが落ちる音がしてRさんは我に返った。雪が屋根から落ちた音かもしれない。
Rさんはこのときあることを思いついた。
カーテンの方へ近づいて、手をかける。しかしカーテンを開けることはせず、窓とカーテンの間に首から上だけを滑り込ませた。
「あっ」
そこに影はいた。人の形をした黒いものがいた。カーテンと窓のすき間に入り込んでいたのだ。
そして影がRさんの方を向く。黒一色であるはずなのに、顔をこちらに向けたのだとRさんにはわかった。
いや、顔だけは黒一色ではなかった。黒い髪のすき間から垣間見えたのは雪のように白い顔。そして白目のない黒一色の目がRさんを見つめていた。
Rさんはそのまま気を失った。
翌朝、目が覚めるとRさんは床の上で倒れていた。部屋の暖房を入れっぱなしであったため、雪が降り積もる夜でも凍えずにすんだのである。
レースのカーテンは閉まっており、その向こうに昨晩のような影が見えるということもなかった。
「夢だったのかな」
自らの見たものに対して半信半疑のRさん。窓の方に近づき、カーテンを開けた。
「あっ」
ベランダは積もった雪で白く染まっている。その中にひときわ目を引く赤色のもの。
片方の手袋だった。赤い毛糸で織られた手袋。Rさんのものではない。
昨晩の怪異は、ベランダに迷い込んできたこの手袋が引き起こしたもののようにRさんには思えた。
ちなみにRさんが住んでいるのは、マンションの2階である。