5.スピリチュアル
怖い話の取材を行っている私が、スピリチュアルの動画を見るのが好きなDさんから聞いた話である。
彼女は動画投稿サイトでいくつか投稿されていた動画を観て感銘を受け、ある配信者にSNSで連絡を取るようになった。
そして個人向けに「現実を変える」テーマで講座をしてもらえることになった。もっとも相応の対価を事前に支払ったのだが。
約束の時間にWeb会議システムを使ってやり取りをする。配信者であるHさんと挨拶し、早速講座を始めてもらった。
Dさんは20分ほど配信者のHさんの話を聞き続けている。
「それで、過去の自分と自分の彼氏に対しての思いが執着心を生みだすということになるのね」
「なるほど」
少しDさんより年上らしいHさん。立て板に水の話に加えて身振り手振りも交えてくれるので、まったく退屈せずに頭に入ってくる。やはり直接教えてもらえてよかったとDさんは思った。
「そこで、思い通りにいかないからって怒りに身を任せたくなる気持ちはわかる。でも報われないことにずっと腹が立った状態を続けると、心が病んでしまうのよ」
「はい、本当に」
感心し、頷きながら話を聞くDさんである。
しかし40分を過ぎた辺りで違和感を覚え始めた。
それは、話をしてくれているHさんの顔である。
髪の色こそ少しピンクがかっていてやや奇抜だが、顔自体は普通である。普通というのはとんでもない美人というほどではないという意味だ。
「自分の気持ちに寄り添ってあげて、自己肯定感を高めることが大切」
「はい。ええ。あ、あの」
Dさんは思い切って切り出した。
「ん、どうしたの?」
「すみません、ちょっとこっちのカメラの具合が悪いのか、Hさんの顔が、その」
「え?」
「Hさんの顔が、真っ黒になってて」
沈黙が走る。
Dさんは見えていたことをそのまま口にしただけである。
ベージュのカーディガンを着ているHさん。服のない首元は肌色というか、うすだいだいいろでDさんと変わらない。しかし顔だけが、髪の毛を除いてしばしば真っ黒になるのである。
肌の色が変わったのではなく、顔の辺りだけが黒塗りされたように見える。
黒い固まりが画面に向かって話しているように思えた。
「や、何、それ? 別に、なんともないけど」
Hさんは自分の顔を触ったり自分のインカメラで確認したりしているが、特に異変に気づくことはなかったようだ。
「大丈夫そうだから、続けるね」
「あ、はい、すみませんでした」
Hさんが再び話し始めたが、Dさんはさっきまでのように集中できなくなってしまった。
黒塗りへの変化は起こり続けている。
「悲しみに意識を集中させてしまうと、そちらに引っ張られていくの」
そもそも序盤から身振り手振りを交えて話していたはずのHさんだったが、顔面が黒くなると、突然真っ正面を向いた姿勢で微動だにしなくなるのである。黒塗りの人と対峙したまま画面が静止したかのようだ。
その間にも画面からHさんの喋り声は聞こえ続けている。
「あ、ええと」
異常についてもう一度口にするか悩むDさん。そもそも先ほど何事もなかったと結論づけられているので、蒸し返すと気分を害されるだけである。
Dさんの心配をよそに、Webでの講義は突然終わりを告げることになる。
再びHさんの顔が黒一色になって画面が止まっているが、喋る声だけは聞こえていた。
「気分が落ち込むことがあったら、自分が望んでいることをもう一度見つめなおして」
「ひっ」
画面いっぱいに何者かの手が大きく映し出された。まるで話をやめろと遮っているかのようだ。
ブーーーーーーー。
画面がそのままで異音が走る。先ほどまで流れていたHさんの声すら入らなくなり、ノイズが10秒ほど続いた後で画面が暗くなった。
その日の配信はそこで終わった。
2時間ほど経ってHさん側の機材の故障があったということでDさんに向けた謝罪があり、日を改めた再度の講義を持ちかけられたがDさんは辞退した。
Dさんは怪現象のこともあってHさんのことが心配になったが、翌日以降もHさんの動画がアップされていたため安心した。
「スピリチュアルが怪現象に打ち勝ったのかもしれないですよね」
取材の最中もDさんは感心した様子だった。
もっともDさんの方はHさんの配信を観ようと思っても、あの日の黒塗りの顔のことが思い出されて吐き気に襲われるようになったという。必然的にHさんの動画を観ることも、その動向を追うこともなくなっていった。
「もうスピリチュアルの考え方からは離れていますが、当時は救ってもらったような気持ちになり感謝しています」
私はそこで少し合点がいった。Dさんがかつて信奉していたHさんが、知人から金銭を騙し取った疑いで逮捕されたという噂を聞いていたからである。取材を行う前の打合せで、Hさんの名前が出ていたから事前に調べていたのだった。
そうなると、顔が黒塗りになるあの怪現象は、Hさんに騙された被害者の怒りや恨みの念が形になって表れたのだろうか。
真相はわからないままである。