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4.運動会の日に

 Eさんは小学1年生の息子が出る運動会に保護者として参加した。夫は仕事を抜けられないということで、母親単身での参加となった。

 空には雲が目立ったものの雨が降ってくることもなく、それほど暑くない日だ。

 とりあえず息子も出るという学年全体のダンスのプログラムだけは見ておこうと考え、その時間帯に着いた。

 校舎の前の運動場で、子どもたちが集まってダンスを披露しているのが見える。


「こんにちは、Eさん」


 立ち見の観覧席に辿り着いた彼女に話しかけてくる男性がいた。


「あら、T村さん。ご無沙汰してます」


 保護者会で一度話したことがあるT村さんだった。彼の息子もEさんの子どもと同じクラスなのである。


「私、運動会見に来るの初めてなんですよ。少子化って言われてますけれど、結構子どもの数多いんですね」


 Eさんは率直な感想を口にした。


「そうですね、僕は実はこの学校のOBなんですが、僕らの世代よりもむしろクラスの数が増えてますよ。なぜかと言うと、8年前に他の小学校と合併したからですね」


「OBだったんですね。私は結婚してからこちらに移ってきたもので、知りませんでした」


「僕も子どもがここに入学したのがきっかけで、今日は久々に来ましたよ。他との合併の時に校舎も立て替えするのかと思ったのですが結局は……あっ、ダンス始まりますよ」


 見ると音楽と共に1年生の子どもたちがズラズラと行進して各自の指定場所に並んでいくところだった。そして曲が変わり、ぎこちない動きでそれぞれが踊り始める。

 T村さんとの会話をそこそこに終え、Eさんは自分の息子の姿を探し出す。


「あっ、あそこにいた」


 息子の姿を見つけて、そのダンスにハラハラしながら見ていたEさんだ。

 ただ、彼女はしばらくしてその上の方に視線を移した。

 校舎の3階の窓のあたりで何かが動いたような気がしたのである。

 3階にあるのは5年生と6年生の教室。その一つの窓ガラスの向こうに、クリーム色のトレーナーを着た子どもらしき姿があった。

 髪の毛が短く、男子児童と思われた。窓のところに立って運動場の方を見つめているようだ。


「全校児童が運動会に出ているはずだけど、病気か何かかな」


 運動会中であり児童はほぼ全員が体操服のはずである上に、一人教室に残っても授業が行われているはずもない。

 病気か何かならば保健室に行っているべきではないだろうか。

 Eさんは一瞬でそのようなことに思いを巡らせた。


 ダンスの曲が流れていく。位置を移動しながらのダンスであるため、Eさんの息子は少し離れていってしまった。

 窓の子どもの影が気になったEさんは、再び先ほどの窓の方へ視線を戻した。


「あれ、3階だったと思ったけど」


 Eさんは目をしばたたいた。

 先ほど3階の教室の中にいたと思われた男子児童が、下の2階の教室にいる。姿があるのは窓際で、ちょうど同じ位置で階数だけが一つ下がったように移動していた。

 そして変わらず立ったまま運動場の方を見ている。


「はーい、そこで円からみんな出て……キイイイーン」


 ダンスの指示を出していた先生の拡声器がハウリングしたようで、運動場に異音が轟いた。

 Eさんは不快感を覚えながらも自分の子どもが気になり姿を探した。幸いダンスの演技には影響がなかったのか、他の子同様に踊り続けているのが見えた。少し安堵する。

 しかしそうなると、再び教室の方が気になった。

 男子児童がいた2階の教室の方を見る。

 いない。

 直感的にEさんは真下の1階の教室へと目を移す。

 そこにいた。

 半ば予想していたことだったが、移動時間を考えると人間ではあり得ない動きをしているのが明らかだった。  

 冷や汗が背中に流れる。鼓動が早まってくる。

 子どもの輪郭が3階にいたときよりもはっきりしてきたように思える。Eさんはわずかな太陽の日差しも流れ続けるダンスの音も意識から消えていた。

 彼の視線はこれまでと同様に運動場の方を見ているはずだった。

 いや、違う。

 こちらを見ている!

 立っている場所はそのままに、首を動かしてこちらに視線を向けている。


「ひっ!」


 反射的にEさんは下を向いた。足元にあるのは自分と他の保護者の靴だけだった。

 再び顔を上げる。男子児童が消えていてくれることを願って。

 いた。目の前に彼は立っていた。

 グラウンドと観覧席を隔てるロープの向こうにいたその顔は、笑っていた。

 嬉しさからくるものではない。勝利を確信した者が敗者に向ける嘲りの笑みだ。そしてその子の口元が動いた。


「みつけた」


 言葉は聞こえなかったが、そう言っているように見えた。


「ひいいいいいっ!」


 Eさんは貧血になる寸前のように目の前が暗くなっていくのを感じた。

 だが、運動場に響いた悲鳴はEさんのものではなかった。


「やっ、俺は、俺は、その、俺じゃない、違うんだ」


 尻餅をついて後ろに下がろうとしていたのは、T村さんだった。

 彼が後ろにいたことをEさんはこのとき思い出した。

 T村さんにも男子児童が見えているのだろうか。

 彼が叫んだことで、周囲の保護者が何かと集まってくる。


「やめて、やめてくれ、俺は……」


 頭を抱えてうずくまるT村さん。彼の怯えぶりでEさんは逆に冷静さを取り戻す。

 男子児童の姿は、消えていた。


 後日、小学校の菜園場の隅が掘り返され、そこから子どもの白骨死体が発見された。

 T村さんは運動会の日、何かしらがあって警察まで行ったらしい。それを聞いて、あの子の幽霊が関係しているのだろうとEさんは確信していた。

 警察で彼が何かを話したことで今回の遺体発見へとつながったようだ。

 T村さんの過去に何があったのかを知るよしもないが、Eさんは思う。

 あの男子児童は校舎の上の方から、自分を校舎内に埋めた人間をずっと探し続けていたのではないか。そして運動会という児童以外の人間が出入りするタイミングで、ついに発見したのではないか。

 T村さんの息子は、今も同じ小学校に通っている。

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