エイム
───習慣のせいか、いつもの時間に起床した。
昨日、街道で魔物の襲撃から救出した男は言葉が通じなかった。男の年齢は見た目から20歳前後だから、騎士団領を含む王国圏内ではそれはあり得ない。
王国では国民の識字率を上げるために、10歳になった子供には読み書きができる魔法がかけられる。知識を刷り込む魔法は効果が切れない。強制ではないが拒否する理由は無い。
だが、この魔法には副作用があった。共通語の話手になれることだ。王国の勢力圏は公国、騎士団領を含めると結構広い。地域によって話す言葉はまるで違う。言語の共有はメリットしかなかった。
そんな世界に言葉の通じない男がいきなり現れた。
閃光があたりを覆う前、付近にはパトロール隊しかいなかった。100メートル先なら視認できたはずだ。閃光が起こった後、男はいきなり現れたのだ。魔物の方は街道脇の草むらに伏せていて、襲撃対象を見つけて飛び出してきたのだろうが……。
雨の中で使用した銃を、念のため分解して部品のひとつひとつを夜のうちにしっかり乾燥させていた。てきぱきと銃を組み立てながら、昨日の出来事について思い出していた。
救出した謎の男は隊長の馬に乗せて拠点の街エイサムへ案内した。それが保護になるのか連行になるのかは微妙なところではあったが。
エイサムには騎士団の士官が常駐している。事実上その士官が町の責任者になるわけだが、その士官の判断で、識字魔法が使える司祭を呼び寄せることになった。言語体系が根本から異なる者に効果があるかは未知ではあるそうだが、試す価値はあるだろう。
そこから先は帰っていいと言われたので聞いてなかったが、朝のパトロールの為に詰所に出勤すると当然、噂話が耳に入ってくる。
「ゼファー君、当面例の彼の面倒を見ることになったんだって。そんでパトロールは当分お休み」
「そうみたいですね。南向きの隊長はまたスカーレットさんですか?」
「そうなのー! またエーちゃんと組めてうれしいっ」
「よかった。初めて組む人だと連携がめんどくて」
「それだけ?」
「それだけです」
それから順調に任務をこなしつつ2週間が過ぎた。
朝に「そろそろ司祭が到着しそう」と噂を聞いていたら、午後にエイサムに帰ってくると士官様からお呼びがかかった。
「ああ、ああ、毎日ごくろうさん」
士官は騎士団領の一部を管理する下級貴族の遠縁の遠縁といった感じの、言わばコネでその立場に付いた人だ。もともとは村長として据えられるくらいの家系の人物なので偉そうではないがほのかに威厳がある。
「ゼファーが拾ってきた男なんだけどね、司祭の魔法は成功したよ。言葉が通じるようになった」
「はあ、そうなんですか」
「それでね、彼が君に会いたがってる」
「えっ……なんで」
「お礼が言いたいんじゃないかね?」
「はあ、まあそうかも」
「帰ってくる時間はだいたい分かってたから、応接室で待たせてある。会ってあげて」
応接室のドアを開ける。2週間前に会った、その男がいた。
顔はよく覚えている。銃を見たときの”顔芸”レベルの驚いた顔が印象的だった。というかそれしかほぼ覚えてない。
思い出したら不自然な笑みがこぼれてきた。少し気味が悪かったかもしれない。
「いやあ、その節はありがとうございました」
「いえ、仕事ですので」
優しい笑顔だ。ゼファーと似た雰囲気がある。
「山歩きをしていたら知らない道に出ちゃって、気が付いたら化け物に追われてました」
「強烈な光を見ませんでした?」
「どうだったかな・・・司祭さまがいうには「転移者」かもしれないと」
「転移者……か」
「あっ、俺の名前はユウキ。君は?」
「エイムです。エイム・ランバート」
「エイム……!」
「異世界で出会ったガンガールの名前がエイム……。そのまんまじゃん。さすが異世界……」