85失敗
僕は丘の家まできた。
瞬間移動は問題なくできた。何度か試したことがある程度だったが、この緊急事態でもできると分かってよかった。
僕はドアを開き、なかへ入った。
家は静かだった。家のなかにはドラールだけがいた。
家に空子はいなかった。現実で別れの手紙を残して、家にとどまっているとは思えない。予想はできていたが、念のためやってきた。
空子は死のうとしている。絶対に止めたい。
空子は自らが死ねば、僕の異常が取り払われると思っている。でも、それはあくまで可能性の話だ。確定していない。
それに夢迷宮の小説家の話を読み解くに、昏睡状態で見る明晰夢(つまり今、僕がいる夢のなか)で生き残れば、次に目覚めた後は、普通に生きられるようだった。現に、小説家は昏睡状態から目覚めてから作家業を何年も続けていた。
現実の時間で一ヶ月間。その期間、僕が死なず、生き残れば、これからも空子と一緒にいられる。
僕がするべきことはふたつ。
ひとつ、空子を見つけて自殺を食い止める。
ふたつ、僕自身が死なないこと。
「よし」
目的がハッキリできた。すべきことをしよう。
とりあえずは空子だ。
空子は家にいなかった。どこかへ行って、自らで命を絶とうとしている。
自殺するだけなら、この家でもよかっただろう。でも、そうしなかった。理由は僕でも分かる。ここは思い出の場所だ。僕と空子は長い間過ごしてきた我が家だ。多分、自分の死で、家に負のイメージが付いてしまうことを気にしたんだと思う。
(そう考えているのなら……穢れた場所、死んでも気にもされない場所に行った?)
誰にも目撃されないような人気のない崖で身投げ? それとも危険な森のなかに行ってモンスターに食われる?
情報がまるでない。
でも、問題ないだろう。
僕には明晰夢のなかで夢の内容を自由に変えられる要領で、夢のなかなら全能と言ってもいい力を発揮できる。
僕は空子をイメージして、どこにいるか見つけようとした。もしくは、家に呼び戻そうとした。
「…………出来ない」
しかし、僕は空子を見つけることも呼び出すこともできなかった。




