79忠告
「睡眠時間が異様に長くなっちゃってね、1日20時間ぐらい寝るよう生活になった。頭の中に原稿はあるのに、執筆を1時間続けたら急に眠気がきて10時間寝る。1日2時間しか書けない。残りの時間はまた明晰夢を見てストーリーを疑似体験しながら原稿を夢のなかで書いてた。1日中書いてるのに、実際は2時間分しか書けてないんだ。まあ、それでもギリギリ締切には間に合ったけど。そんなことしてたら、ある日にぶっ倒れて一ヶ月昏睡状態になった。なんとか奇跡的に助かって、医者もびっくりしてたぜ」
そう言って、小説家はコーラを飲んだ。
「僕は、そんなことないですよ。むしろ明晰夢を見始めてから元気なくらいです」
「記憶を断片的に失ってるのに? それも数日単位で」
「……なんで知ってるんですか」
「ここが君の脳みそで、僕がいるからだよ。僕レベルの能力があると、記憶を読むなんて簡単なんだよ」
ふふん、と小説家は自慢げに話す。人のプライベートに踏み込んで、自慢げにしないでほしい。
「あなたが言いたいのは、僕とあなたが明晰夢が原因で、脳や身体が壊した人間だといことですか?」
「そうじゃない。これから話すのは、僕の能力についてだ」
小説家は続けて言う。
「僕の元に大量のファンレターが来たんだ。ワクワクして読んだら、感想がこぞって、僕に会ったって言うんだ。そのとき僕はサイン会もやったことないのに、そういうファンレターが届いてね。どうやって知ったか分からないけどストーカーもいたよ。そこから非現実的だと分かりつつ、僕の小説を読むと、僕が脳に現れると気づいたんだ」
「それが、あなた……?」
「そういうこと。僕は、僕を生み出す力を得た」
「…………」
なんて荒唐無稽な話だ。とても信じられる内容ではない。やっぱり僕自身が夢迷宮を読んだうえで思い浮かんだ作家像が、キャラクターとして動いているのではないだろうか。
「そもそも、キャラクターとして動くことが不思議じゃなくなってる君もおかしいんだぜ、少年」
小説家はそう言って笑う。
「あなたが言ったことがすべて事実として、じゃあ、あなたの本を読んで現れるあなたは、この後、なにをするんですか? あなたを夢で見た読者はどうなったんですか?」
「本来は一度夢に現れて、終わり。まあ神秘的な体験と捉える読者が多くてね。熱狂的なファンになってくれたかな。でも、君は違う。僕と同類だ。明晰夢のなかでこんなに対話できるのは初めてだよ」
「じゃあ特に用はないんですね? ただ現れるだけですか。まあ、あなたにとって熱狂的なファンができて、本が売れる、いい能力ですね。さぞ儲かったでしょう」
「ああ、儲かったよ。死んだけど」
「え」
「4人目のストーカーに刺されて死んじゃったんだ。元カノの娘だったよ」
今の姿は夢迷宮書いたときの年齢ね、と青年姿の小説家は自分自身に指をさして説明してくれた。
「死んじゃった、んですか……」
「まあ、それはいいんだよ。別に自分の命に興味なんてない。こうやってわざわざ面と向かって話そうと思ったのは、忠告だよ」
「忠告?」
「そう。僕の頭がおかしくなったとき、ぶっ倒れて、昏睡状態になった。僕と君が同類なら、近々、君もぶっ倒れる」
「…………」
「昏睡状態のときに明晰夢を見ることになる。そのとき絶対に死ぬな。夢のなかで死ぬな」
「な、なぜですか?」
「昏睡状態のとき、実際の死と夢の死が直結している。それは経験すれば感覚で分かる。いいか、自分の能力をフルに活用して、生き残れ。わかったな?」
小説家の表情は真剣だった。僕の命を本気で心配していた。
「わ、わかりました」
そう言うと、小説家は安心したようだった。
「僕は夢の能力を小説に活かしたけど、君はどうだ? 生き残ったら、なにか使う予定はある?」
「ど、どうでしょう……将来のこと、あんまり分からないので」
「じっくり考えればいいさ、あ、おっさんみたいなこと言っちまった。まあ、おっさんなんだが」
ははは! と小説家は笑った。
太陽と白い空間とアパートが、輪郭を失いはじめた。夢から覚める兆候だ。
「あの、蝶野幻屋さん」
「ん?」
「アドバイスありがとうございました。えっと、本当に倒れるか分からないですけど、そうなったら、が、頑張ります」
小説家はまた笑う。
「ああ、頑張れ、少年!」
その明るい顔を見たあと、夢は消えていった。




