結花と体育祭練習
ゴールデンウィークが明けると俺たちの高校は体育祭の準備で慌ただしくなる。放課後には、廊下や校庭を体操服姿で歩く人の姿が多く見られる。
もう少ししたら休み時間返上で体育祭練習が始まるんだろうな、と思うと意識が遠のきかける。5月下旬は普通に暑いんだよ。
去年なにしたっけ……あんまり思い出という思い出はないんだが。
それはクラスの周りのやつらも同じようだ。俺含め、みんな乗り気じゃないんだよな。
「体育祭、ゆうくんは何に出る? 私は二人三脚にしようかなー」
種目決めの時間、隣の席の結花は俺の方に椅子を寄せて、近づいてきて言う。
これって「一緒にやらない?」ってこと?
もし俺の自意識過剰で全然そういう意味じゃなかったら、どこかの鬼みたく自分に腹パン打ってしまいそうなんだが。
俺は恥ずか死だけは回避しなければならない、と思ってなんと返そうか悩む。これで死んだらダーウィン賞もらえちゃうよ。
「やっぱりゆうくんは鈍感だなあ。……その、私と一緒に二人三脚やろうよ」
恥ずかしそうに、結花は俺の耳元でこそこそ話す。なんだかこそばゆい。
また鈍感って言われてしまった。
「も、もちろん!」
俺の返事を聞くやいなや、結花はぱあっと明るい表情を見せる。
やっぱ体育祭最高。これからの練習が楽しみになってきたぜ!
さっそく今日の午後から体育祭練習が入ってた。
体操服に着替えてグラウンドに出る。やっぱり暑い。
まだ何もしていないのに、うだるような暑さだ。でも9月開催よりましかな。
全体集合を終えて各種目ごとの練習に移る。俺はこれを待ってたんです!
全体集合とかいらないから。心の中でずっと早く終われ……って唱えてたよ。
「じゃあ、練習始めよっか」
「おー!」
とは言ったものの、足を固定する用の布が上手く結べない。
そんな俺の様子を、心配そうに結花が見つめる。
「大丈夫?」
「も、もちろん!心配しなくて大丈夫!」
まさか学校で結花とほぼゼロ距離になるとは。なんかどきがむねむねしちゃうな、てへっ。
こないだの結花の誕生日あたりぐらいから俺の脳のどこかしらがおかしい。
なんとか結び終わる。
「とりあえず慣れるために歩こっか」
「そうだね」
30メートルぐらいゆっくり歩いてみる。結花と上手く息があって、後半はちょっと走れるぐらいだった。
「あんまり心配いらないかも」
「たしかに、結構リズム合ってるね」
笑顔で結花と会話していると、他のペアからの視線を感じる。特に男子同士のペアからの。……皆さん、目に闘志が宿ってませんか? どうかお手柔らかにお願いします。
「いい感じだったね」
「うん、もう少し練習したらもっと速く走れそう」
体育祭練習を終えて、グラウンドを歩いて教室に戻る。
暑かったせいで、結構汗をかいた。結花の額や、体操服の袖から見える二の腕も汗が光っている。
「あ、ちょっと顔洗ってもいい?」
「おー、俺もそうしよ」
結花と一緒にグラウンド横の蛇口のところに行く。
「わっ、冷たい! でも、運動後にはちょうどいいかも」
結花は顔を上げると、持っていたタオルで水分を拭き取りはじめる。
結花の水に濡れた長い黒髪に、運動したあとの熱でほんのり紅潮した顔、そしてスタイルの良さが一目で分かる体操服。全男子(というか全俺)待望の瞬間。
……なるほど、水も滴るとはこういうことか。
じろじろ見ているのは良くない気がして、慌てて俺も蛇口を勢いよくひねって、顔をばしゃばしゃと洗う。しかし、目にはばっちり焼き付けました。俺のメモリは高性能なもんで。
そして髪ゴムをくわえて黒髪を慣れた手つきでまとめる。アニメのこういうシーンの良さを熱弁する翔琉の気持ちが良く分かった。ケアルガよりも体力回復しそう。
髪を結ぶ途中に、少しだけ腋がちらっと見えて、俺はドキッとする。今度こそ、じっと見ていたらいけないような気がした。
……あっ、タオル持ってくるの忘れてたわ。
水がぼたぼたと髪から滴り落ちてきて、俺はようやく頭を拭かなければならないことを思い出した。
結花は、持っていたタオルを俺の頭に優しくのせて、拭いてくれる。
しばらくの間、ふんわりと俺の髪を撫でるように拭いてくれた。俺の髪から水滴が落ちてこなくなったの確認してから、結花は拭くのをやめる。
「私が使ったあとだから濡れてたよね? あんまり拭けてないかも」
「いやいや、タオル忘れた俺が悪いから」
結花が使った後のタオルで拭いたからか、結花の甘い匂いがふわっと香ってきた。
「じゃあ、上がろっか」
「うん」
2人ともそれぞれ満足して、教室までの階段を上がった。
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