いつも通りの、ふたりの日常
「今日何か食べたいのある? 俺作るよ」
俺は結花に晩ごはんのリクエストを聞いてみる。
「そうだね……豚肉の生姜焼きとか?」
「あ、いいね! 冷蔵庫に食材あったか、見てみるー」
俺は冷蔵庫のドアを勢いよく開けて、中を覗き込む。
どれどれ……?
「どう?」
「あー、みりんとかなかった」
「じゃあ一緒に買い物行こ?」
というわけで俺たちは近所のスーパーまで連れ立って買い物に行く。いつもは、デートを兼ねて車で少し遠くまで買い物に行ったりするけど、たまには近くもいいよね。
「私たち、高校生の時もこんな風に歩いて2人で買い物行ってたよね」
「そうだね、懐かしい」
「ゆうくん、最初全然料理出来なかったもんね」
「え、そうだっけ?」
今では、日替わりで一条家の夕食を担当するようになった俺は、とぼけたように言ってみせる。
流石に覚えてるけどね。カップ麺やコンビニ弁当三昧の自堕落な生活を送っていた時期もありました。
「忘れたとは言わせないよ?」
「うそうそ、ちゃんと覚えてるよ。
俺が家事出来なくて、家事代行頼んだから距離が縮まったんだから。そう思ったら俺が家事出来なくて良かったなあ」
結花がにやっとして言ってきて、俺は冗談ぽく返す。
「でも、ゆうくんが家事上手くても、私たちはどこかで距離が縮まってて、こんな風に過ごせたと思うんだ」
結花は立ち止まり、澄んだ青空を眺めて言う。
「そうだね、俺もそう思う」
春らしい、あたたかなそよ風が心地よい。しばらくの間、高校生の頃に思いを馳せる。
「手、繋ご?」
「うん!」
俺たちはお互いの気持ちを確かめ合うように頷く。
そして、高校生の時みたいにお互いの指を絡ませる。まあ、特別なことみたいに言うけど、手を繋ぐぐらいは毎日やってるよ?
ただ、外での恋人繋ぎは久しぶりかな。流石に大人になったら外ではあんまりしないよな。家でイチャイチャすればいいし。
「なんかほんとに高校生みたいだねー、私たち」
「結花が繋ごうって言ったんだけどね」
俺たちは顔を見合わせて笑う。
そうこうしているうちに、スーパーの目の前までやってきた。俺はカートに買い物かごを乗せて、ゆっくりと押しながら歩く。
「これで全部かな」
俺は買い物かごの中身を確認しながら言う。
「ん、なんか入ってるな」
俺は豚肉のトレーの下になにやらお菓子が入ってるのに気付く。これ、俺が好きなやつじゃん。
「一緒に食べたいなって思って」
「おお……!」
お菓子を忍び込ませた張本人である結花が微笑んで言う。パーティー開けして食べるか。
買い物を終えて、俺たちは家に帰ってきた。もう夕方だし、さっそく生姜焼き作り始めるか。
肉と玉ねぎを炒めているフライパンに、自作の生姜焼きのタレを追加する。たちまち美味しそうな香りが辺りに充満した。
「わあ、美味しそう」
結花は俺の隣でフライパンを眺めながら言う。
「楽しみにしててね」
俺はちょっとドヤっとして言う。すぐ調子乗るんだよこいつ。
「どうぞー」
「ありがとう。……いただきます」
結花は丁寧に両手を合わせて、一口目を口へと運ぶ。そして、一口噛んだ瞬間、とろけるような表情を見せる。
「美味しい?」
「うん、幸せ」
最高級の褒め言葉をもらった俺は嬉しくなって、これからは日替わりじゃなくて毎日俺が夕食を作ろうかな、と真剣に悩む。
結花とゆっくり夕食を味わい、その後は分担して片付けまで終わらせた。
ソファにふたりで腰掛け、まったり過ごそうとする。
「ゆうくん、こっち来て?」
すぐ隣にいる結花が、俺のことを呼んでいる。もう距離の縮めようがないよ。
俺はごろんと横になり、結花の太ももに頭をのせる。すると、結花は優しく俺の頭に触れる。
「お疲れ様、ゆうくん」
「ありがとう」
ちょっと充電させてもらおう。まあ、あとで攻守逆転のチャンスは狙わさせてもらうけど。
「これからも、頼りにしてるよ?」
「うん。……少しは、結花に格好良いとこ見せれるようになったかな、俺」
この体勢で言うことではない気がするけど。
「格好良いとか、そんな言葉だけじゃ表せないよ」
結花は俺の瞳をまっすぐ見つめて言う。俺はゆっくりと体を起こす。
「いつも、私のことを大切にしてくれてありがとう」
「こちらこそ」
俺たちはぎゅっと抱きしめあう。
「あ、今度の結婚記念日はどこに行く?」
「……2人だけで入れる温泉に行きたい。泊まりで」
俺は欲望に忠実すぎる希望を結花に伝える。バレバレすぎるな、おい。
「予定より日程が伸びるかもしれないから、休み取っててね?」
「も、もちろん」
結花はニヤッとして、俺にカウンターを食らわせる。
高校生の時もこんな感じだったかも知れないな、と振り返る。
「楽しみだね」
「うん」
結花は俺の手に、そっと自分の手を重ねる。
お揃いの銀色の結婚指輪が、きらりと光った。
これにて完結です。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました!
皆さんの応援のおかげで、ふたりの物語をここまで書いてこれました。
次回作も楽しみにしていただけると嬉しいです!




