卒業旅行③
朝目が覚めると、結花は両足で俺を挟んでぐっすり寝ていた。抱きまくらにされている。
「結花ー、そろそろ起きよう?」
俺は結花の耳元に近寄って囁く。
「ん……ゆうくん、おはよ」
結花はびくっと動くと、目をこすりながらゆっくりと体を起こす。もう少し寝顔見ながら待ってても良かったかな。
「今日はどうするの?」
「糸島に行って、夜9時の飛行機で東京に帰る予定」
「分かった! 今日も楽しみだなあ」
結花はすっかり眠気も飛んでいった、という感じで、頬を緩ませて言う。
朝ごはんをいただいて、9時前ぐらいに糸島を目指すとするか。
電車を乗り継いで、1時間ほどで糸島に着いた。まだ春だけど、暑いくらいの海風が吹き付けてくる。
結花は、涼しげな白のワンピースを身に着けていて、爽やかな印象だ。
風で飛ばされかけた結花の帽子を、優しく抑える。
「えへへ、ありがと」
俺は結花に微笑み返して、ゆっくりと歩きだした。
「あのブランコ、大きいね」
「おー、乗ってみよう」
砂浜にヤシの木を使った大きなブランコがぽつんとある。目の前に海が広がっていて、きっと気持ち良い風を浴びられるだろうな、と思う。
「ゆうくんの背中、押すね?」
「うん、よろしく」
俺は結花の方を振り返って、笑顔を見せる。
「ふたり乗りしたくなるね」
「ちょっと調べたんだけど、ふたり乗りできそうなところあるみたいだよ」
「じゃあ、あとでそこにも行きたいな」
「もちろん」
そう答えて、俺はブランコを降りる。今度は結花の背中を俺が押す番だな。
「たしかに、このブランコならふたり乗りできそう」
「うん、まあ……ね」
俺の返しがなんとも歯切れの悪い感じになっているのは、ハートのオブジェがブランコの腰かけにくっついているからだ。
流石に恥ずかしさがある。JKが写真撮ってそう。
「ゆうくん?」
「いや、恥ずかしいわけではないです。乗ろっか、結花」
「ふふっ、ゆうくんはほんとに面白いね」
結花はくすっと笑って、俺が差し伸べた手を取る。
ハートのオブジェの感じからして、俺が想像していたようなふたり乗りはできそうではないけど、座ればふたりで乗れるな。
「気持ちいいね」
「うん!」
俺は隣に座っている結花の方に目をやる。美しい黒髪が、ブランコの動きに合わせてふわりと揺れた。
笑いあいながらブランコを漕いでいると、この時間がずっと続くかのような不思議な感覚になった。
そして、もう1つ行きたい場所だった、壁に天使の羽が描かれている映えスポットにやってきた。
「こんな感じ?」
「そうそう、写真撮るねー!」
やはり結花は天使であるとこの瞬間に確信した。
写真は、もちろんSNSに上げるわけではなく俺と結花で楽しむために残しておく。
結花独占禁止法違反だって天野さんあたりに騒がれたら、結花に許可を取ってもらおう。俺からは渡すことはできない。
正直この写真は、独り占めしたいくらいだ。
夕方になって、俺がこの福岡の卒業旅行で一番行きたいところだった二見ヶ浦にやってきた。恋愛のパワースポットだそうだ。
「ここに結花と一緒に来たいなあと思って、福岡にしたんだ」
砂浜から少し離れた、海の上に浮かぶ2つの岩。真っ白なしめ縄が、それらを結びつけている。
夕焼けの中、その夫婦岩と、その前に立つ鳥居が輝いて見えて、神秘的な雰囲気だ。
「高校入ってから3年間、結花と過ごした日々はほんとに楽しかった。卒業式の時は色々あって伝えられなかった気がするけど」
「私も、ゆうくんと同じ気持ちだよ」
「だから、大学に行ってからもその先も、こんな風に楽しく過ごしたいなと思って、そのお願いをしたいな、と」
「ゆうくん……」
結花は俺の胸に飛び込んできて、俺は結花を抱きとめる。
「やっぱり、肝心な時の格好良さはゆうくんには敵わないね」
「そう? それなら嬉しい」
「もう料理も上手くなったし、怖いものなしだね?」
「イチャイチャモードの結花、たまに怖いときある」
「じゃあやめようかなー?」
昨日の寝る前の結花を思い出して、俺は言うと、結花はニヤニヤしながらそう返してくる。
「それは困る」
「えへへ、私だけの特等席、独り占めさせてね?」
「もちろん。じゃあ帰ったら、結花のためにもつ鍋作るね」
「いちご買ってケーキ作るのもいいかも」
俺たちはちょっと気が早いけど、帰ってからの料理について話し合いながら、夕焼けに照らされた砂浜を後にした。
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明日最終話を投稿します。ここまで結花と優希の物語を見守ってくださりありがとうございました。




