結花のクッキー
「ピザ注文しておきました!」
「おー、いいね! ありがとう」
「えへへー」
姫宮は意外とできる後輩だったらしい。俺が褒めると、姫宮はにまーっと笑う。
「じゃあ、ピザ届くまでこれ食べてて?」
結花が俺の背中をつんつんしながら言って、いつの間にか焼いてたらしいクッキーを配る。一瞬だけ、結花と姫宮が火花を散らしていたのが見えたような。
「おー、美味しそう!」
「あ、いくつかお楽しみで隠し味入れてるからね」
「まじか、なに入ってるんだろ」
結花の口角がちょっと上がったのを俺の目は捉えた。え……。
俺は恐る恐るクッキーを一枚口に運ぶ。
うん、普通のクッキーだ。売ってるのよりも美味しいけれど。
ほどよい甘さが、クッキーを噛み砕くごとに口の中に広がる。
そして同じ調子で、2枚目も続けて口にする。
「からっ!?」
俺は咳き込んで、涙目になる。甘いと思い込んでて辛いと、辛さが倍増して感じられる。
「1枚目は、ゆうくんかあ」
結花は俺の様子を見て言う。周りの女子3名と翔琉は、「普通に美味しいけど、どうした?」みたいな顔で俺の方を見てくる。皆も食べてみような?
「い、いちまいめ?」
まだ口の中で辛味が暴れまわっている。これに2枚目とかあるの……?
俺はもう1枚食べるべきか少しの間考えて、辛くてももう変わらないか、と思って食べることにした。
もうさっきので口の中ヒリヒリしてるし。
「せんぱい、大丈夫ですか?」
姫宮は俺の顔を覗き込む。笑いを噛み殺しながら。
まあ俺もサンタの仮装したやつが激辛クッキーに苦しんでたら笑うな。
結花の視線が刺すような冷たさなんですが。姫宮もよくポイント稼ごうとするよな、この場で。
「次のクッキー食べるからだいじょぶ」
「え、辛いかもですよ」
姫宮が言い切らない内に俺はクッキーを口に入れる。
「あ、美味しい」
今度は甘いクッキーだった。口の中が急速に中和される。
これで俺はクッキーを全て平らげたみたいだ。
「うっ!?」
俺に続いて激辛を引いてしまったのは翔琉みたいだ。うん、頑張って耐えてくれ。
「はい、お水」
「おっ……ありがとう」
翔琉は天野さんから水を受け取る。翔琉の目が輝いてたような。これってもしかして……恋の始まり?
……ただ涙目なだけです。
「結花のクッキー、美味しかったー」
「一ノ瀬先輩、料理上手ですね! ……私ももっと練習しないと」
女子3名はニヤニヤしながら言う。一回激辛クッキー食べてみてもらいたい。
「ゆうくん、ココア飲む?」
結花はそっとカップを渡してくれる。ほどよい甘さで、俺の口の中の感覚は完全に回復した。
そしてインターホンが鳴る。ピザ届いたか。
「私、行ってきますよ」
姫宮はそう言いつつ小走りで玄関に向かう。よく気が回る後輩だなあ、と感心する。
「一条さんのお宅で間違いないですか?」
「はい、一条で間違いないです!」
おい。そういう目的かよ。
いやまあたしかにここは俺ん家だし間違ってはないが。
姫宮はしてやったり、という感じのポンコツドヤ顔でピザを抱えて戻ってくる。
「姫宮さん……?」
結花は貼り付けたような微笑みを見せる。
「なんですかー?」
「これはあとでゲームで決着つけるしかなさそうね。
まあ私はゆうくんと付き合ってるわけだし、決着もなにもないけれど」
「楽しそうですね、やりましょう」
突如始まったラブコメ的修羅場。
結花の言う通りで、ほんとに決着もなにもないと思うんだけど。
「まあ、とりあえずピザ食べよう?」
橘さんが結花に提案して、結花は心からの笑顔で頷く。
「「いただきます!」」
皆の声が定員オーバー寸前の俺の家に響いた。
「美味しいね、ゆうくん」
「うん、そうだね! 夏にキャンプ行って食べたりしたいな」
「自分たちで作っても美味しそうだね、今度やってみよう?」
「うん!」
周りは「なにこのレベル高い会話……」って反応だ。なんだか俺まで料理上手になったみたい!
「成瀬くんは料理とかするの?」
「まあ、たまには」
翔琉は天野さんに聞かれて、なんともないことのように答える。
嘘つけぇぇぇ!! 前家事代行頼んでただろ。
「私もやってみたいと思うんだけど、なかなかねー」
「簡単な料理から始めたらいいんじゃない?」
翔琉はあたかも料理ができるような口振りで言う。あとで苦しくなりますよ、それ。
「そうだね、今度やってみる! 困ったら成瀬くんに聞くね?」
いやいや、天野さんも聞く相手間違ってるって。
料理の話を続ける2人を、翔琉が料理をしないことを知っている俺と結花は少し笑いながら眺めた。
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