我が姉 ラジオにて
三日前にネタが思い浮かび、空いてる時間でちょこちょこっと書いてみました。
自分の作品数が少ないので増やしたいなぁと思ってたのでちょうどよかった。
昼休み、購買で買ってきた焼きそばパンを齧っていた時の出来事だ。
小学校からの腐れ縁である鷹田と共に下らない話をしていたこの日。
昼休みが始まってから10分少々の時間が経過した時にスピーカーから流れた軽快な音楽、俺にとっては地獄を告げる鐘と共に始まった。
「おっ、始まったな。水曜日のお前のお姉様の番組」
鷹田が持参してきた具無しの握り飯に齧りつきながらそんな事を言い出した。
親から支給される昼食代を削っているらしく、昼は大体コレである。
そして、こいつは節約した金をゲーセンで使いつくす程のゲーマーである。
「お姉様言うな、きもい」
「ひどっ!?」
そう言って怒りをぶつける様に握り飯に齧り付きだした。
さて、我が学校ではお昼の校内放送でプチラジオみたいな事を放送委員会が行っている。
曜日によって番組が変わり、生徒のみならず、教師も楽しみにしている者もいる。
番組は月曜日には今週の行事、天気予報中心の番組【THE ニュー週】。
火曜日はリクエストされた音楽を流す【福音のPIECE】といった感じだ。
そして、毎週水曜日は一番人気の番組であり、俺が一番苦手な番組だ。
その名も…
『ハロー!皆さんお元気ですか〜?今日も元気に【私と一緒にトークでSHOW TIME!!】いってみようっ!合言葉は〜?』
「「「「「「『んなもんあるかっ!!』」」」」」」
『それでは今日も一日楽しんでみようね』
…身内の恥を曝す事になるがスピーカーから流れる声は我が姉の物だ。
2つ年上で放送委員会委員長を務めており、将来はニュースキャスターになるのが夢だそうだ。
明るい性格で友人も多く、自分の姉に対してこういうのも恥ずかしいが美人の部類に入るはずだ。
実際にファンクラブもあり、この学校の男子の半分程が加入するほどの人気らしい。
ちなみに先ほどの合言葉は姉がこの学校で流行らせたいと家で突然思いつき、この番組を利用したのが切欠。
この言葉はファンクラブを中心に広まり、1週間もすると本当に流行してしまったのだ。
ちなみに俺の目の前のこの男は授業中に…
「鷹田。この問題の答えはなんだ?」
と先生に聞かれて…
「んなもんあるかっ!!」
と答えた猛者である。
この後、グラウンド10週させられたがその勇気ある行動は多くの者に感動を与えたという。
俺からしたら唯の馬鹿なだけなんだが。
それからというもの、この放送では我が姉が合言葉は?と問いかけるとこの言葉を言うのが暗黙の了解となっている。
教師も例外ではない。
俺が昼休みに職員室にいた時にこの放送が流れ、先生方が一斉に…
「「「「「「『んなもんあるかっ!!』」」」」」」
と叫んだのだ。
ヤクザというあだ名の体育教師や嫌われ者の数学女教師、ヨボヨボの校長とその後釜を狙っていると噂の教頭もだ。
…俺はなんでこの学校に進学したのかと本気で後悔した。
さて、この人気者の我が姉だがもう一つの大きな特徴がある。
『さて、それでは番組を始める前に…圭ちゃん、今日も愛してるよ〜!今日の晩御飯は圭ちゃんの好きなホタテの刺身だよ。私がや・さ・し・く・食べさせてあげるからね〜!』
今日も視線が痛いです。
週に一回以上は殺意混じりの視線を浴びる。
男はもちろん、なぜか最近は一部の女子からも憎しみの視線を感じるようになった。
目の前の男は視線で人が殺せたら…というような表情で俺を睨んでいる。
「お前…毎日そんなうらやましい事を…」
そう言って掴みかかる鷹田に対し、俺は右手を高々に振り上げる。
「なわけないだろうが」
そして、目の前の男の顔に垂直に落とした右手チョップでピンポイントに鼻を潰した。
痛みで床に転がり、悶える鷹田を視界の端で捉えつつ、溜息を吐く。
そう、姉は極度のブラコンなのである。
しかも、それを隠そうともしない。
鷹田が言うような飯を食べさせてもらう行為なんてまだ甘い。
…毎日ではないので嘘は言っていない。
まぁ、それは置いておこう。
家に帰れば三つ指を突いてお出迎え。
食事は必ず俺の席の隣で限りなく密着。
風呂時は油断すれば裸で乱入。
寝る時は部屋に鍵を掛けないと夜這いの可能性あり。
それでも朝起きると布団の中には裸の姉さんが…。
…一線は越えてないですよ、たぶん。
『それでは本日の特別ゲストを紹介しま〜す』
「先週の畑中先生の話は面白かったな。あのハゲが学生時代にインターハイに出場。しかも、奥さんともそこで知り合ったなんてな」
いつの間にか復活した鷹田がそう言葉を漏らした。
こいつにとって畑中先生はよく説教を受ける天敵のようなものである。
そのため、そのなれ染めにかなりの衝撃を受けていた。
「本人も驚いていたな。インターハイはともかく、奥さんとのなれ染めは学校関係者には誰にも話したこと無かったらしいからな」
この畑中先生の情熱的ななれ染めで女生徒を中心に先生の株が急上昇したそうだ。
代価として放送中は真っ赤な顔でしどろもどろに姉の尋問を受けたことだ。
なぜ、放送中の姿を知っているかというと売られていたからだ。
写真、DVDが何処かで販売されているらしく、鷹田が購入したという写真を見せてもらった。
そういえば、姉が俺に色々とプレゼントを買ってくれているのだがその資金は何処から……うん、忘れよう。
つまりは、この番組はこういう風にゲストを呼び、その人と会談するという番組だ。
身内が司会と言う恥を我慢すれば俺自身も楽しめる番組だ。
『本日のゲストは我が親友かつライバル!』
「「んっ?」」
頭の中で該当者が一人。
『我が校の生徒会長で成績優秀で運動神経も良いときたもんだ!』
あの人だ。
鷹田も同じ人物を想像したようだ。
その証拠に顔を青ざめている。
『我が校のアイドル!その名も鷹田 綾 生徒会長っ!!』
「「「「「「うおおおおぉぉぉぉぉぉーーーーーっ!!」」」」」」
鷹田 綾。
俺の前の男の姉で我が姉の幼馴染。
この馬鹿と違い、成績優秀で運動神経も本当に良い。
クールで大人っぽいあの人は我が姉と同規模のファンクラブがある程の美人である。
『出番の前にそう言われるとかなり恥ずかしいのだが…』
と言いつつ新たにスピーカーから流れた新しい声。
冷静で静かな声は我が姉と同じ年には思えないほど大人っぽい。
『と言いつつも少しも顔を赤く染めないクールな綾ちゃんでした〜』
比較してみるとよく分かる。
綾さんが大人、姉は子供。
唯の声だけなのに2人の人となりをよく表している。
『だが心臓はバクバク鳴ってるぞ。ほら』
『本当だ。柔らかい〜、しかも、大きい〜』
『何を…んっ、言ってるんだ……』
あんた達が何をやってるんだ!?
ラジオだから姿が見えないと言っても綾さんの甘い声に周りの男子が大変な事になってるぞ。
俺の前の男は別の意味で大変なことになっているが。
「大丈夫か?」
机に倒れこむ鷹田の体を揺らす。
「…いっその事、殺してくれ」
ものすごい小さな声で懇願された。
鷹田、気持ちは痛いほど分かるぞ。
俺は週一以上は味わってるんだからな。
『それでは最初のコーナーは応募された投書からの質問を発表する【メリーちゃんのお人形郵便局】のコーナー』
姉の声が途切れるとコーナーに入る度に流れる効果音が響いた。
ってか何故にメリーちゃん?
効果音が途切れると綾さんが淡々と語りだした。
『前から思っていたがメリーさんというのは捨てた筈の人形から電話がかかってくる怪談話じゃないのか?初めは《私はメリーちゃん。今ゴミ捨て場にいるの…》というのから始まり、《私はメリーちゃん。今近くの駅の前にいるの…》《私はメリーちゃん。今貴方の部屋の前にいるの…》と言う風に徐々に近づいてきて、最後には…』
ゴクンッと喉を鳴らす音が聞こえた。
教室は静寂に包まれ、中にはすでに涙眼の者もいる。
そして、長い間の後…
『《私はメリーちゃん。今貴方の後ろにいるのっ!》』
「「「「「『キャーーーーッ!!』」」」」」
綾さんの決めの言葉を皮切りに絶叫が響いた。
俺もこの話は知っていたが背中に冷たい何かが走った。
綾さんの怪談話は綾さんの声質のためかとても怖い。
小さい頃は綾さんによく怖い話を聞かされて、綾さんに抱きついていた記憶がある。
姉の声が甘く、かわいい声だとすると綾さんはクールな冷たい声だ。
でもその温かさも知っているので綾さんの声は嫌いではない。
『まぁ、そのメリーちゃんがわざわざ届けてくれたお手紙なんだからね』
姉よ、何を言っている?
『初めがゴミ捨て場から始まるから汚れている印象があったが意外と可愛い人形だったな』
『でしょう。結構お茶目な所もあるんだよ』
待て、姉共。
冗談だよな。
あんたらが言うと冗談に聞こえないんだよ。
『それでは第一通目からです』
姉のその言葉に鷹田が顔を上げた。
眼は虚ろ、顔は蒼白で唇も青い。
「俺、早退しようかな」
泣きそうな声で呟く鷹田。
鷹田の虚ろな目が潤みだしている。
「俺も同じこと考えてた」
鷹田の言葉に同意する。
すでに疲労困憊だ。
徐々に生気が吸われている感じがする。
一息付くためにも俺達は揃って、パックのジュースを含み…
『最初の質問。《会長は好きな人がいますか?愛しています。教えてください by貴方の隣に居たい者》さんからです。残念、隣にはメリーちゃんがすでにいま〜す』
揃って相手の顔に向かって噴き出した。
姉よ、初っ端からそれか!?
ってかメリーちゃんいたのか!?
鷹田は顔に付いたジュースを拭きもせずに鞄を持った。
「帰る」
そう言って教室を出ようとする鷹田。
フッ、お前だけ安全な所には行かせん。
死なば諸共だっ!
「作戦開始!」
「「「「Yes, Sir!」」」」
俺がそう言うと数人の男子が軍隊のようにピシッとした敬礼を返す。
鷹田が教室の出口まで行った所でその数人の男子に捕まった。
「はなせっ!何が悲しくて自分の姉の恋話なんて聞かなきゃいけないんだっ!」
そう言って暴れるがさすがに数人での拘束を抜け出す事は出来ないようだ。
「総員、この防衛線は絶対死守せよっ!」
「「「「Yes, Sir!」」」」
無駄に団結の良い我がクラス。
アドリブだったのによく反応で来たな、お前ら。
『綾ちゃんと恋の話をするのも久しぶりだね〜』
ぎゃあぎゃあと騒ぐもラジオは姉の司会を軸に無情にも進行する。
『小学校以来か。懐かしいな』
「恥ずいっ!死にそうなほど恥ずいっ!」
自らの姉の声に反応し、苦しみ悶える友にせめてもの想いで合掌する。
周りも放送を聞きながらも鷹田の様子を面白おかしく見ていた。
『で結局はい・る・の・か・な〜?』
姉のからかうの様に聞く問いかけに教室、学校中が静まりかえる。
そして…
『いるぞ。それに私の答えはあの時と変わらんぞ』
ピシッと亀裂が入る音がした。
特に衝撃の告白をした方の弟から大きな音がした。
『えっ!?あの時って…諦めたんじゃないの?』
なぜだか我が姉の声が低くなった気がする。
『諦めるわけがないだろう。あれほどの男はそうはいないし、あれ以上の異性は私は知らない』
綾さんが何か凄い事言い出した。
聞いているこっちが恥ずかしくなってきた。
「お、お父さんっていう落ちだよ。きっとそうだ」
「そうだよな。あっ、あははは…」
クラスメートの一部がそのような事を話すが静寂に飲み込まれ、ただ、空しく響くだけだ。
『私は彼を愛しているし、出来る事なら結婚も考えている。ずっと彼の傍に居たい。彼の隣に居たい。愛されたい。笑ってほしい。喜んでほしい。幸せになってほしい。心の底から彼を欲しているのだ』
クールで通っているあの生徒会長が、あの綾さんが自分の気持ちをはっきりと言葉に表している。
その率直な言葉に聞いている方が、クラスの殆どの者が赤面している。
ただし、青い顔をしているその弟を除いて。
『だめだよ…』
ボソッとスピーカーから呟くような姉の声が聞こえた。
『そんなのだめだよっ!』
音が割れるほどの姉の叫び。
いつもの明るい声が今はその想いを伝えるために真摯に訴える。
『あの人は私が初めて好きになったんだもん。不安だった私に優しく声をかけてくれた時は嬉しくて涙が出た。怪我をして、痛くて歩けなかった時も自分も怪我をしてたのに痛みを我慢して私を背負って家まで送ってくれたのもあの人。いつも困っていた時に手を差し伸べてくれたのもあの人。いつも…いつも、いつも、いつもっ!あの人は私を支えてくれたの!だから、私は彼の傍にいたいの!私にしてくれた事を少しでも返したい!一生をかけて返して、返したら私があの人を助けたいの!あの人に私があげるの!あの人が欲しい!共にいたいの!』
綾さんにも負けない姉の想いの叫び。
それは心に訴えかける言葉。
それは誰もを魅了し、引き付けるのだが。
「姉よ。何が悲しくて自分の姉の恋話を聞かなければいかんのだ」
逃げ出したいがすでに入口は裏切られたクラスメートに固められている。
窓は…4階からどう逃げろと?
『そうか。結局はあの時と同じか』
『あの日から綾ちゃんとは親友かつライバルになったんだもの』
修羅場となっているラジオ放送。
今気づいたが時刻はとっくに始業時間だぞ。
いいのか、この学校?
『では、あの時と同じように決意表明兼宣戦布告だ』
『そうだね』
緊迫する空気。
すぅーと2人の息を吸う音が聞こえる。
まるで声の大きさが想いの強さだという様に。
そして…
『『圭ちゃん(君)は渡さないっ!!』』
……はい?
周りを見渡すと油の切れたゼンマイの様に音を立て、こちらに視線を向けるクラスメート。
……俺…ですよね?
『だが私と違って君は彼と血の繋がりがある。君は気にしないだろうが彼はどうかな?』
綾さんが含み笑いで挑発するように問いかける。
なぜ、お昼の校内放送がこのような修羅場になっているのだろうか?
『くすくすっ…』
スピーカーから漏れる誰かが笑う声。
この声は…姉さん?
『ムッ、何がおかしい』
姉の様子に気づいた綾さんが怪訝な声で問うと姉は憮然とした声で堂々と言い放つ。
『古い、古いよ。今の世の中は情報が制する時代。私が仕入れたとある情報によればその差はあっさりと覆るわ』
『何だとっ?』
堂々と宣言する姉の言葉に綾さんはたじたじの様だ。
『くすくすっ…』
『なっ、何だというのだ!?』
姉の勝利を確信したような様子に動揺を隠す事もせずに問いかける綾さん。
『それはね…』
長い間が空いた。
重々しい空気が圧し掛かる。
そして…
『圭ちゃんが養子の子だということよ!』
『なっ、なんだとっ!?』
驚愕事実ーっ!?
『私が真実を知ったのは2年前。それからというもの、証拠を一年がかりでかき集めたわ。つまり、私は姉では無く、義姉だから結婚も法律的に許されるの』
えっ、ドッキリ?
看板を探すために周りを見ると誰もが同情の視線を向けてきた。
「冗談だよな?」
そう漏らした俺の肩がポンっと叩かれた。
振り向くとそこには珍しく真剣な顔をした鷹田がいた。
「元気出せよ」
よりにもよってこいつに励まされた。
「これってお昼の校内放送だよな?」
目の前の男に問いかけるとなぜか痛々しい表情で視線を逸らされた。
周りの皆も目を逸らした。
女子の中には泣いてくれている人もいた。
ありがとう。でも、それは逆に傷つく…。
『フッ…甘いな』
スピーカーから綾さんの言葉が流れた。
まだ続くのか!?
『なっ、何がよ』
『君が姉と言う立場の鎖に縛られている間、彼と私は切っても切れない間柄になっているのだ』
綾さんの言葉に空気が凍った。
鷹田がすごい表情でこちらを睨みつけてきた。
「知らない、知らない!」
身に覚えがない。
どういう事だ!?
『どっ、どういう事っ!?』
義理かもしれないとはいえ、さすがは姉。
俺の疑問そのままの言葉を口に出す。
しばしの沈黙。
だが、俺には綾さんがうっすらと笑みを溢している様子がありありと思い浮かんだ。
『私は彼が寝ている時を見計らって彼の部屋に侵入し、寝ている彼の○〇を○で○○○したのだっ!』
………
……
…えっ?
『うそよ!そんな…』
うそ…だよね?
あの綾さんが姉さんみたいな事をするわけ…
『これを見よ!』
綾さんの言葉と同時にバサッと何かを広げる音が聞こえた。
『…そ、そんな……』
暫くすると姉さんの絶望の声と、綾さんの口から驚愕の言葉がスピーカーを通して流れた。
『その光景を写した写真、ビデオ映像だ。他にも○○に○○をした場面。○○○に○○させた場面。これは…』
………
……
…ビキッ!×2
「…鷹田」
「おう」
俺達は教室の出入り口で固まっているクラスメートに近寄る。
クラスメートも俺達の行動に気づいたようだ。
なぜか、皆が俺達の顔を見ると顔を青ざめた。
まぁ、今はそんなことどうでもいい。
「おいっ」
「はっ、はひぃ〜!」
俺が声をかけると何故か怯え出したが知った事では無い。
「「退けっ!」」
合わせた気もないのだが鷹田と台詞がかぶった。
目の前のクラスメートも気絶して倒れるようにその場から離れた。
さて、目指すは放送室。
急がなければ俺達の姉が恥を塗り重ねていく。
それから俺達は教室から放送室までにいた障害物を駆逐していった。
その後の事は…恥ずかしいので勘弁してください。