事案
学校内の、カフェテラス。
食堂とは違い、アフタヌーンティーがメインの、学生たちが社交を学ぶためにあるとうたわれる空間で、王宮の一角のようにゴージャスな内装である。
隣のテーブルとは十分に距離があり、話し声は通らない。
距離を詰めて聞き耳を立てれば話す内容は聞こえるかもしれないが、総ガラス張りの窓際で、ひときわ美しく大輪の花の飾られたそのテーブルに、不用意に近づく者はいない。
席についているのは、この国の王族であるアーノルドとその婚約者にして、公爵令嬢であるジャスティーン。さらに、宰相の息子であるマクシミリアンと「聖女」の名で知られる伯爵令嬢リーズロッテ。
優雅な仕草でカップを傾けて、アーノルドが水を向ければ、傍目にはやや幼く可憐な少女にしか見えないリーズロッテが口を開く。
遠巻きに見る者たちにとっては、完璧に洗練された空気を持つテーブル。しかしそのとき彼らが話していたのは、昨今の政治経済の事情や、流行りの舞台における恋のセリフなどのきらびやかな内容ではなく、猫のことだった。
見た目は猫、自称「聖獣」。
ときに人間の姿となるその猫は、禍々しいまでの美貌の青年で、超強力な魔力を持つ古の魔法使い。
ちょうどこのときは、どこかへ行ってしまっていて、場を外していた。
「それで、ジェラさんとは仲良くやっているんだよね? 最近はすっかり寮のリズの部屋に入り浸っているんだろう」
黒髪の青年アーノルドが問題の「猫」について尋ねると、リーズロッテは真面目な顔で頷いた。
「ジェラさんによると、一緒にいることで、ジェラさんもわたくしも、魔力が安定するとのことです。それに、あの強さなので、番犬ならぬ番猫です。ヘイレン伯爵家の……その、彼らが関わっている組織の件もまだ解決したとは言い難いわけですから、わたくしも用心棒がいてくれることは、非常にありがたいのです」
その横で、すかさず相槌を打ったのは、冴え冴えとした美貌のジャスティーン。
「それはそうだね。『組織』に関しては、解決できれば良いけど、国の諜報機関が動いているとはいえ、実際にはまだまだ時間がかかる。相手は、地に潜って何百年も活動を続けてきた、全容のつかめない凶悪な組織だ。その狙いは潤沢な魔力――この先も、リズが標的になるのは間違いない」
ジャスティーンの隣で、眼鏡の似合う、理知的な風貌のマクシミリアンも同意を示す。
「今後は警備も強化するとはいえ、学校内にも出入りできたというのが一番の懸念事項です。ドロシー先生も標的に入っていると考えて、間違いないでしょう。こうなった以上、戦力として『聖女』には絶対に不利益を働かないと言っている『聖獣』ジェラさんの存在は、願ったりかなったりではありますが」
ありますが。
話を厳然と区切り、リーズロッテを正面から見つめて言う。
「一緒の部屋で過ごしているということですが、彼は『猫』なんですか。それとも、ひとめの無いところでは、人間の姿で?」
「はい、ここ数日は常に一緒ですが、魔力が安定してきたということで、人間の姿でいることも多いです。すみません、言うのが前後してしまいましたが、わたくしも実はこの体の、成長を止めていた魔力が正常化していまして、任意のタイミングで実年齢相応の肉体となることができます」
リーズロッテは、しそびれていた必要な報告を、ここぞとばかりにしたつもりだった。
そのひとことが何か問題だったのか、三人は一様に口をつぐんで、黙り込んでしまう。
(え?)
失言だったのかと焦ったリーズロッテは、慌てて「何か? 殿下? ジャスティーン? え、どうして?」と早口に尋ねた。
答えたのは、苦笑いを浮かべたジャスティーンであった。
「つまり、部屋の中ではジェラさんは人間型、リズも成人女性に近い姿で過ごしているんだ?」
もしかして、女子寮に男性を連れ込んでいる状態を気にされている? と、リーズロッテは焦りのままに釈明をした。
「いつもではありません。実は、わたくしの服がなくて……」
「服?」
薄く笑ったアーノルドに尋ねられて、こくこくとリーズロッテは頷く。
「年齢相応の姿になると、いま着ている服は全然体に合わないんです。それで、部屋で外見の変化を試すときはジェラさんのローブを借りているんですけど、下着もドレスも何もかも着られないので、部屋の外に出ることはできなくて」
無言のまま茶を飲んでいたマクシミリアンが、ぼそりと呟いた。
「想像するとかなり不適切な光景のように思われます。ジャスティーン、至急手配をした方が良いのでは」
「言われなくても。リズ、今日明日にでも公爵邸においで。実年齢相応の姿で採寸して、ドレスを仕立てよう。既製品もいくつか揃えておくから、体に合うようであれば一通り揃えて持ち帰ってくるとして。ドレスも下着もダース単位で。寮のクローゼットは、拡張するように職人を手配しておく」
矢継ぎ早に言われて、リーズロッテは「ありがとう、ございます。でも、そこまで?」と目を瞬きながら答える。
実際のところ、実家とは折り合いがあまり良くないリーズロッテとしては、ジャスティーンを頼るしかない面もあり、素直に感謝していり。
ジャスティーンは、まだまだ全然言い足りないという顔で、目を細めてリーズロッテを軽くにらみ、釘を刺す。
「いいかい、リズ。男は獣だ。というかあいつはもう、見たまんまの獣だ。気を許しすぎるな。寮の部屋で裸で二人で何をしているんだという話だ」
「は、裸ではないです! 魔力の定着を見るために、実年齢相応の姿になる訓練はしていますけど、ローブを借りていますから、ジェラさんの目に素肌が触れることはありません……!」
「いやいや、それはそれであの、顔面凶器男にはご褒美のはずだ。裸のリズのぬくもりが残ったローブを嬉々として着ているに違いない。はぁ、なんだか許せねえな」
珍しく、ジャスティーンが素を出して怒りを迸らせている。
その横で、アーノルドも「迂闊だったな。リズはしっかりしていると思っていたけど、相手があの男だと思えばもっと目を光らせておくんだった」とやるせない様子で呟いていた。
「誤解ですよー! ほんとうに、何もしていませんから! あの、何かされそうなときは、強制的に猫に戻していますから、何も起きないですってば」
「『何かされそうなとき』やっぱりあの男、何かしようとはしているんですね」
さらっとマクシミリアンに言質をとられ、言い返せないリーズロッテはあうあうと唇を震わせる。
そのとき、にゅっとテーブルに猫の前足が揃って乗り上げてきて、「にゃあ」という鳴き声が響いた。
リーズロッテには、猫が何を言っているか、はっきりとわかる。
“にゃんだおまえら、俺のいないところで楽しそうな話をしているな”
その言葉が彼らに通じていないと思い出したようで、猫はその場で「顔面凶器」こと迫力ある美青年の姿となり、テーブルの横に立ち上がって高い位置から全員を見下ろして言った。
「俺もまぜてくれよ。なんの話だ? おいそこの女だか男だかよくわかんねーやつ。お前いま、俺のことを変態扱いしていなかったか?」




