第十一章 騎士の守る王国 (純潔)
貴族街の道を馬車が進んでいく。
王国主義のアルセントの街並みは、ハイダルシアに比べて統率という名の牢獄に縛られているようで、規律と騎士道の色濃さが、街並みを見ていても感じることができる。
「何見てるんだ?」
「え……」
「じーっと取りつかれたように真っすぐ外を見てたからさ」
「なんとなく……落ち着かなくて。気を紛らわすためだけ……です」
そんな風に見ていたつもりはなかったけど、ルインさんの目から見ると、いつもと様子が違うように見えたのだろう。ついぼーっとしてしまうとエイダのことばかりを考えてしまう。頭の中で考えているだけでは解決しないって分かっているのに。頭の中の葛藤をかき消すように再び視線を窓の外に戻す、相変わらず窓から見える街並みは、薄暗い空の色も相まって、建物の外壁の暗い色合いが余計に心に巣くう不安を煽ってくるようでもあった。
「ルインさん。知っていたら教えてもらえますか?」
「うん? なんだ?」
馬車の中には僕ら3人しか乗っていないけど、なんとなく、なんとなくだけど外まで聞こえてしまわないように小声になっていた。
「これから向かう場所で待っている人物。枢機卿でもあるラニエ・ロ・エスター卿ってどんな人物なんでしょうか?」
枢機卿のイメージといえば、前にハイダルシアで会ったことがあるセシル・フォン・グランヴィッツ卿の姿や、仮の姿だったとはいえ、ずっと教壇の前に立っていたアラド先生ことアルベルト・ラス・ドゥーブル卿の姿が思い浮かぶ。
「俺も直に会ったことがあるわけじゃないからな。あ、そういえば……」
思い出したようにルインさんは視線を僕から、隣に座るマリアさんに移す。
「たしかマリアは直に見たことがあるんだよな」
「え? マリアさん。会ったことがあるんですか?」
「ちょっと待ってください。訂正しますけど残念ながら会ったことはないです。ルイン、誤解を招く言い方はよしてください」
「悪い悪い。でも直に“見た”ってところはほんとだろ?」
「えぇそれはまぁ、そうですけど」
そう言うマリアさんは、少し言いくるめられたことが不服そうであった。
「どういうことですか?」
いまいちピンとこない。会ったことはないけど、直接見たことはある?
「えぇ。実は一度だけ。でも直接といっても遠くからチラッとお顔を拝見しただけのことです。たしかエスター卿が枢機卿に就任された頃に行われた凱旋パレードだったと思います。アルセントの貴族街を馬車に乗って1周した時に、沿道から見かけた程度なんです。顔はほとんど見えなくて、馬車の中から手を振る姿しか覚えてないくらいです」
「凱旋パレードをするんですね……枢機卿になると」
僕なら絶対に無理である。人前に立つだけでも緊張してしまうのに、集まった人達に囲まれ、好奇の眼差しにさらされるなんて考えただけでも震えてくる。
「本人の意思なのかはわかりませんが、私の知る限りでアルセントにおいて凱旋パレードを行った枢機卿はエスター卿くらいだったと思います。ですので、安心してください」
なにを安心したらいいのかは分からないけど。なるほど、枢機卿に就任したからといって大々的にお披露目をしなければいけないわけでもないのだろう。
「あの目立つことが好きそうなセシル・フォン・グランヴィッツもパレードなんてものはしてなかったようだし。よっぽど人望と人気があるのか……それとも」
ルインさんは組んでいた腕を組みなおすと、眉間の間にしわを寄せる。
「それとも?」
「俺の勘だけど、アルセントの名門貴族に連なる系譜出身の枢機卿ってことはきっと、それなりに一定の層からは強い支持があるんだろなと思ってな。だからこそ断り切れないこともある」
「一定の層とは?」
「うーん。俺も詳しいわけじゃないが……主流派ではないグループだとか……。どこの世界にもあるだろ。主流には慣れない者達の集まりが。表向きは貴族の血を尊重しうる純血派って話も聞いたことがあるな。おっと、話してたら到着したみたいだ」
ルインさんの言う通り、車輪から伝わる振動が止まるとともに、窓から見える車窓も動きを止めていた。
「わかりやすいくらい名門騎士の家って感じだな」
呆れたようにルインさんは言う。ただ、その気持ちも分からなくはない。周りの貴族達の豪邸に比べ、見劣りはしてはいないけど……あまりに家というよりも砦のような門構えである。おそらく門を潜り抜けた先も、同じような造りの建物が出迎えてくれるのだろう。
「……鬼が出るか蛇が出るか」
「なんですかそれ?」
「大昔のことわざだな。それで覚悟はいいか?」
「……はい。もちろん」
覚悟なんて聞かれるまでもない。ここに来ると決めた時から決まっている。エイダの手がかりがあるなら……どんなことだって。
「愚問だったな。じゃあ行くか」
すると、まるで僕らの気持ちを待っていてくれたかのように、タイミングよく馬車の扉が開かれるのであった。




