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第十一章 騎士の守る王国 (橋姫)


「ここが奴らの隠れ家です。はい」

 すっかり従順になった追い剥ぎのリーダー格の男に連れられるまま、スラム街の外れにあるブルガタス家の隠れ家へと案内されていた。あまりの変貌に、初めからエスター卿の従者であったと言われても違和感がないほどだ。もちろんボサボサの髪や汚れきった服は考えないものとしてだが。


「間違いないのか?」

「もちろんです。金まで貰って嘘はつかねぇーよ。それにあの隠れ家の奴らはこの辺のスラム街で急に幅をきかせだして頭にきてたんだ。余計に忘れないっス、です」

 無理やり敬語使おうとしても、気持ちの高ぶりから普段の言葉使いが出てしまうようだ。


「先に追わせた私の“影”からの情報でも、追っていた馬車はあの建物の中に入っていったようだ」

 2つの情報が同じ場所を示している。どうやらここが彼らの隠れ家で間違いはないようだ。


「先程、急にと言っていましたが、それはいつ頃のことです?」

「うん? 3年か? それくらいだよな?」

 私の問いに、リーダー格の男は確認するように同行していたもう一人の男に尋ねると、男は頷く。


「3年か……ちょうどエンテリカ家の当主が今の当主に代った時期と一緒だな」

 思い出すようにエスター卿は口ずさむ。


「偶然でしょうか?」

「いや、少し怪しいタイミングではあるな。今の当主に代ってから確かに、良くない噂が増えたような気もする」

 ダミー貴族であるブルガタス家が灯り師の少女を誘拐し、スラム街へ連れ去る。そこへは3年ほど前からブルガタス家の者が頻繁に姿を現すようになり、同じタイミングでブルガタス家の裏の主人であるエンテリカ家の当主の入れ替わりが行われた。こう考えてみると、点と点が一本の線で繋がっていくように思える。きっとそれはエスター卿も同様にだろう。


「じゃ、じゃあ俺達はここまで案内したんだ。もう行ってもいいだろ?」

「えぇ助かりました。ただし今後、あんな事は控えたほうがよいですよ」

「わ、分かってるよ」

 敵意がないと分かっていてもエスター卿が怖いのか。リーダー格の男は仲間を連れて逃げるように去っていった。買い被りすぎだっただろうか、どうやら彼にはエスター卿の従者は務まりそうにないようだ。


「さて、それでは乗り込むとしようか。ジーニアスとリンはいいとして。ノーベル、貴殿はどうする?」

「もちろん。ここまで来たなら一緒に行くよ。誘拐した奴に一言文句を言いたいからね。ひとの休憩を邪魔するなって」

 鼻息荒くノーベルは言う。国境の街セイグラムからここまで休む間もなく連れてこられてことを相当根に持っているようだ。


「そ、そうか。分かった。では行こうか」

 エスター卿を先頭に、辛うじて倒壊を免れている建物の中を進んでいく。限られたスペースの中、ドアノブの朽ちてしまった扉の向こうから人の気配が感じられる。何やら話している声も聞こえてくる。


「……行くぞ」

「えぇ」

 エスター卿はこちらに目配せした後、押戸のように体を使って一気に扉を開ける。

 扉の先は大広間のような空間が広がり、中には男が4人。そのうち3人は国境検査室で荷物を積んでいた男達である。男達の中心には眠らされているのか、エイダが細長いテーブルの上で、うつ伏せのままじっと動かずに目を閉じていた。


「誰だお前ら。うん? 小奇麗な格好ってことは、この辺に住んでいる奴が迷い込んだってわけではなさそうだな」

「誰でもいい。その子を離してもらおうか?」

 そう言うと、エスター卿は早々と腰に下げた鞘に手を添える。


「コイツ目当てか。チ、つけられたみたいだな」

「どうする? 消すか?」

 男達の物騒な会話が、こちらにまで聞こえてくる。


「よせ。お前たちの敵う相手ではないようだ」

 傍観者のように3人の男達の後ろに立っていた人物が、一歩前に繰り出すと、言い争う男達を制止する。

 柱の陰に隠れるように見えなかったその姿は、全身を黒いレインコートで包み込み。頭もフードですっぽりと覆い隠されている。声からして男だとは分かるが、フードのせいで顔全体がはっきり目視できず、しゃべるたびに時折、口元が少し見える程度だった。


「ラニエ・ロ・エスター卿、オットー・ア・カッセル卿、そしてセシル・フォン・グランヴィッツ卿。これはこれは元も含めて枢機卿が3人も、ミッサーレでもないのにこんなところになんの御用でしょう?」

「こちらの素性はお見通しか。ならば貴殿も顔を見せるのが筋ではないのか」

「エスター卿、申し訳ありません。皆様と違ってお見せできる程、器量のよい顔ではないので」

「それは残念です。ただ名前くらい教えてもらえますか?」

 エスター卿が次の言葉を話す前に、横から口を挟む。


「いいでしょう、グランヴィッツ卿。名前ですか……そうですね、ハンフリーとでも呼んで下さい」

「ハンフリー……冗談にしては笑えないな」

 意図的に口にしたのか、ハンフリーとは10年以上公の場に姿を現していない枢機卿の名前と同じであった。


「冗談を言ったつもりはないのですが、ただの名前。番号のような物です。お気になさらず。それとも私が本当のハンフリーだと言ったらどうしますか?」

「……」

「……」

 男の問いに、大広間の空気が凍り付くのを肌で感じる。


「それこそ笑えない冗談だ」

「……ですよね、失言でした。おっと時間のようです。もう少し皆様と話していたかったのですが、これまでのようです。それではまたどこかで」

 何かの知らせを受けたかのように話し終えると、エイダを残したまま取り巻きの3人を連れて広間の奥へゆっくり姿を消していく。まるで追ってこないことが分かりきっているような立ち振る舞いである。


「いいの逃がして?」

 じっと立ち尽くしたままのエスター卿にノーベルが尋ねる。


「深追いをしてもいいことはないだろう。それに目的は灯り師の少女の奪還だ。彼女が無事であるならば無益な争いは避けよう」

「エスター卿がそう言うならいいけどさ……」

 不完全燃焼といった様子のノーベルだが、私もエスター卿の意見に賛成である。今は彼を追うよりも、まずはエイダの奪還を優先するべきであった。


「ジーニアスさん。これを見て下さい」

 エイダの側に駆け寄ったリンが、こちらを呼ぶ。


「どうしました?」

「これを……」

 リンはエイダの細く白い腕を持ち上げる。そこには充血した赤い点が一つあった。間違いなく針を刺した跡である。


「ジーニアス。灯り師の少女の腕に針で刺した跡がある、これが何を意味するか貴殿なら理解できるだろう」

「彼女を連れ去った目的が灯り師の血だったということですね」

「そうだな。しかし何に使う為にしても、誘拐してまで手に入れようと思うとは……灯り師の血とはそこまでの物なのか」

「分かりません……ただ、その謎を解く鍵は近くまで来ているはずです」

 囚われの姫となっていた灯り師の少女を保護していれば、遅かれ早かれ姫を守るナイト達と再び会えることは、いうまでもないことだろう。


…………………………… Cecil side story Fin …………………………

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