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第十一章 騎士の守る王国 (流儀)


「まだ目的の場所には着かないの?」

 もちろんこんな事を言うのは一人しかいない。言葉の発生原でもあるノーベルは重たい足取りで最後尾をゆっくり歩いている。その顔が不満げな表情をしているのは言うまでもない。国境の街セイグラムからここまで、急な展開が続いたせいもあり、すぐ休めると思っていた予定も崩れてしまっていた。


「弱音を吐くなノーベル。貴殿も元枢機卿であるなら非人道的行為が目の前で行われているのを見て見ぬふりなどできないはずだ。それがジーニアスの知り合いであればなおの事ではないのか?」

「……そうだけどさ。僕は元々肉体派の枢機卿じゃなくて頭脳労働タイプなんだよ。二人と一緒にされてもさ……」

 見るからに肉体派ではないノーベルは言う。その点については私も同意するが、私とエスター卿が肉体派というのは少し気にかかる点でもある。ただ、あまり悠長におしゃべりをしている余裕はなさそうなので、聞き返すことはしないことにした。


 エスター卿の”影”から指示された道を進んでいう、四方はかつて住居だったであろう瓦礫の山が聳える。視界の隅にチラチラと移り込む影は、コソコソと動くことにより、小さな砂埃を巻き起こしている。これが悠長におしゃべりをさせてくれない理由である。

 分かりやすすぎるくらいだ。馬車を降りて歩き始めた頃から、一定の距離を保ちながらこちらを監視する一団がいた。最初は、追いかけているブルガタス家の別動隊という線もあったが、どうやら尾行の腕や荒さから、そうでもないことが分かった。

 もちろん私が気づいているのだから、隣を歩くリンや先頭を歩いているエスター卿もすでに気づいてはいるのだろう。


「エスター卿」

「あぁ囲まれているな」

 何も言わなくてもすでに同じことを考えていたようだ。おそらく気づいているがあえて無視をしていたのだろう。無駄な争いを好まないエスター卿らしいといえばそうかもしれない。ただ、そろそろ周りを囲む人数も増え、無視しつづけるわけにもいかなくなってしまったようだ。


「はぁ……荒い視線を感じてはいたが、まさかここまで治安が悪いとは思ってもみなかった。アルセントに住む者として、庶民の住む地域の情勢をも調べておく大切さを身をもって実感させられた気分だ」

「実感させられた? 治安? 何を言ってるのさエスター卿」

 唯一、尾行されていることに気づいていないノーベルは、不思議そうに聞き返している。ある意味でこれも彼のいいところなのかもしれない。


「きます」

 そう言ってリンが身構える。正面の瓦礫の山の影から1人、2人と見るからにみすぼらしい恰好をした男達が刃先の欠けたナイフやカマを手に姿を現した。それに呼応するように両サイド、背後からも囲むように男達が現れていく。


「へ、いい身なりをした野郎どもが迷いこんだか」

「女連れだぜコイツら。しかもかなりの上玉だ」

 正面の瓦礫の山から姿を現した男達が、エスター卿の服やリンを見て舌なめずりをする。どうやらこの二人が一団のリーダー格のようだ。


「お前らのいるべき場所じゃないぜここは。ひっひ。ケガしたくねぇなら金と女を置いてさっさと消えな。男にはようはねぇ」

「あぁ言ってますが、どうしますか?」

 返答する答えなど初めから決まっているのだが、一応エスター卿に尋ねてみる。


「簡単なこと、少し痛い目をみれば彼らも諦めるはずだ」

「そうですね」

 追われる身の立場で堂々と帯剣できるわけもなく。今持っている武器は、懐に隠し持ったナイフくらいだが、尾行すら簡単にバレてしまう素人相手なら十分であろう。服の下に手を入れ、ナイフを取り出そうとすると。


「待ちたまえ。ここは私一人で相手をさせてくれ」

 一歩前に出たエスター卿に制止される。


「ですが人数も多い……」

「リンちゃん、彼の好きにさせてあげてよ」

「……ノーベルさん」

 いつもはリンに止められることが多いノーベルが、珍しくリンを制止する。

 ノーベルとエスター卿の間にある関係性がされることなのかもしれない。


「ジーニアスもいいよね?」

「分かりました。私も依存はありません」

 元騎士であるエスター卿の腕を疑う余地もなく、私としてはエスター卿の剣技を見るチャンスでもあった。


「なにをブツブツ言ってんだ。金を置いてく気になったか?」

「待たせてすまない。私が一人で貴殿らの相手になろう」

「一人? ハハハハハ。馬鹿かお前? ビビッておかしくなったか? こっちの人数分かってんのか?」

「無駄な時間だ言葉はいらない。全員でも構わない。さっさとかかってくるがいい」

「チ、ケガしねぇとわかんねぇアホみたいだ。野郎共手始めに奴をズタボロにしてやれ」

 リーダー格の男が指示を出すと、一斉にエスター卿に向けて男達が襲い掛かる。四方から襲われ逃げ場もない、普通であれば絶対絶命の状況でもある。それでもエスター卿は落ち着いた様子で、帯刀している剣に手を添え、抜き取る。綺麗に手入れされた剣先は日の光を浴びて輝いていた。


「我が名はエビナス教会が元老院が一人、枢機卿ラニエ・ロ・エスターである。無法者ども我が剣の錆となるがよい」


 結果は戦い、といえることにもならなかった。

「さすがは元騎士というところですね」

 感心させられる。エスター卿の動作は4回~5回程度だっただろうか。その間に襲い掛かった男達は地面に倒れ込み。残ったリーダー格の男もすでにエスター卿の前に膝まづいている状況である。急所を外したおかげか、どうやら死人は一人もいないようである。


「か、勘弁してくれ。ちょっと、で、出来心なんだ。なぁアンタどっかのお偉いさんなんだろ? 下々の悪戯くらい許してくれよ。なぁ頼む」

 額を地面にこすりつけるようにリーダー格の男は土下座をする。他の男達も見よう見まねで同じ姿に。


「別に命まで取るつもりはない。ただし貴殿らが知る情報が欲しい」

「な、なにが知りたいんだ?」

 エスター卿は懐から小さな赤い紐で結ばれた小袋を取り出すと、中から銅貨数枚を男達の目の前に投げ落とした。


「?」

「私は脅迫も拷問もしない主義だ。この銅貨、これは正当な対価として貴殿らに払おう。これは情報料だ。では教えてもらおうか、先程ここを通った馬車について」




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