第十一章 騎士の守る王国 (偽物)
「お待ちしておりました。中へどうぞ」
エスター卿の従者に促されるまま馬車の中へ入る。外から見ているよりも馬車の内部は広く、4人が乗っても十分余裕があった。外から見えないように窓には赤い刺繡のほどこされたカーテンが閉められている。
ゆっくりと2頭の馬が歩みを始めると馬車が動き出す、ボロボロな宿屋から休む間もなく出発したことに、ノーベルはあいかわらず少し拗ねているように見えた。率先して話だしそうな彼が、じっとカーテンの隙間から街の様子を眺めているのがいい証拠でもあった。
「カッセル卿、いやノーベルだったか今は。そんなむくれるな。アルセントにつけば我が家で思う存分休息をとることもできるだろう。何者かに襲われる可能性のある貴殿にとっては、セイグラムの宿で休むよりも安全で合理的な考えであると思うのだが」
「それはわかってる。でも僕は今疲れているんだ。子供のようなわがままではないよ。本心として疲れているんだ。疲れている時に休息をとるのは当たり前、でも僕は思うんだ。休むことは眠ることと一緒で量や質よりもタイミングが大事だってこと」
「ノーベル、急に何を言い出すんだ?」
真面目な顔で休息について語りだすノーベルに、思わずエスター卿がツッコむ。これもまた珍しい光景である。
「いいかい? 例えば少ししか眠れていないからといって、休日に寝貯めすることが解決になるかというと、それは違うよね。一番は眠たいタイミングでしっかり寝ること、トータルで眠った時間よりも睡眠欲が湧き出たときに眠れるかが大切なタイミングなんだ。それと一緒で、休息も確かにエスター卿の豪邸の綺麗なベッドやソファでリラックスしたほうが質も量もいいかもしれない。でもね、やっぱり今の疲れは今休んだほうがタイミングとしては体にも心にもいい休息になると思うんだ」
「ただの屁理屈では」
ここ数日でノーベルの評価がかなり落ちている様子のリンは、疑う様子で言う。
「リンさんはわかってないね。きっと働きすぎなんだよ。上司であるジーニアスのせいかな」
「働きすぎではありませんし。セシル様のせいなんかではありません」
どうやらお互いに相手の扱い方が上手くなっているようにも見える。
ただ、ノーベルが言うことに賛同できないわけでない。時にふざけているようで、彼は確信を得たようなことを言う。ノーベルことカッセル卿が枢機卿に推挙されたのは、普段ののほほんとした部分に隠れる研ぎ澄まされた感性と、一つのことに極度に集中できる集中力を買われてのことだと聞いたことがある。自らの欲する欲求に忠実であることも彼ならではの考え方なのかもしれない。
そんな風に考えていると、規則的に体にかかっていた揺れがなくなる。どうやら馬車が動きを止めたようだ。
「どうした?」
エスター卿が前方部分についているのぞき窓から従者に尋ねた。国境を越えてアルセントにつくには早すぎたからだ。思ったとおり、カーテンの隙間から外を見ると、国境のトンネルを越えるどころか、まだ国境管理室すら越えてはいなかった。
「申し訳ありません。どうやら前にいる馬車がなにやら手間取っているようです」
従者がいうように、国境管理室と山脈のトンネルを繋ぐゲートの下に一台の馬車が道を封鎖するように止まっていた。
「手間取る……珍しいこともあるな」
エスター卿が首をかしげる。それもそのはず我々が今から通ろうとしているのは貴族専用の国境である。つまりトンネルを通る権利と権威を持つ者しか通過しないということ。それが分かっている国境警備室の貴族の馬車を止める理由もなければ止める権限もないからだ。それでも止まっている、つまり馬車に乗っている主人自らが、止まることを望んでいることになる。
少し待っていると、警備室から数人の男が出てくる。この男たちが馬車の主になるのだろう。
男たちの姿や動きを見ていると、不思議と違和感を感じた。一般の人間にはわからない、枢機卿だから分かること。教会内部まで浸透していくと、自然と教会関係者か全くの一般人なのか、なんとなく匂いというか感覚でわかるようになっていた。今、目の前で作業している男達は十中八九、教会関係者だ。
ただ教会関係者が国境を越えてアルセントに向かうこと自体が珍しいことではないし、逆に多いくらいである。教会のアセピレート大寺院も近く、陸路ではアルセントから向かうしかないからだ。
止まることなく男たちは木箱や布の袋を馬車に詰め込んでいく。
その中で、ひときわ大きな木箱を男3人がかりで運んでいく。まるで人でも入りそうなくらい大きな箱である。重たさと取っ手のない持ちづらさから、一瞬、木箱が傾く。すると箱の隙間に太陽の光が降り注ぎ、太陽の光を反射するかのような白銀の髪をチラッと覗き見ることができた。
「エスター卿、見えましたか?」
「あぁ。一瞬だが人が中にいるように見えた。もちろん、ただの人形だったかもしれないが」
「え、なになに?」
ノーベルの席からは角度的に見えなかったようで、興味津々といった様子で尋ねてくる。向かいの席に座っていたリンからもおそらく見えていなかっただろう。
「あの箱の中に人が押し込められているかもしれません。一瞬ですが特徴的な髪が見えました」
「特徴的な髪?」
「白銀の髪です」
「それは……ジーニアスさんまさか」
リンにはすぐにピンとくるものがあったようだ。
遅れてエスター卿やノーベルにも意味が理解できたようだ。枢機卿ではあれば直接会っていなくても灯り師の特徴である髪の色くらい知っていてもおかしくない。
「貴殿の想像していることはわかる。だが見間違えではないのだな」
「はい。間違いないです」
チラッと見えた少女の髪の毛は、太陽の光を眩しいほど反射していた。一度でも過去に見ていれば見間違えるわけはない。
「おそらく……私の知る彼女だと思います」
「そうか、貴殿は灯り師の少女と直接邂逅しているのだったな。それなら疑う余地もないか」
ミッサーレでの私の発言を覚えていてくれたようだ。
「馬車が出発するみたいだよ」
カーテンの隙間から覗いたままの姿勢でノーベルは言う。
「どうするジーニアス?」
「……追いかけて下さい」
なぜ彼らと一緒に行動しているはずのエイダが一人、男達に連れ去られているのかは分からない。ただどちらにせよ、彼女にとって今が好ましい状況でないことだけが確かである。それならば私が選ぶ道は一つしかなかった。




