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第十一章 騎士の守る王国 (助力)


「ここのようだね」

 突き当りの部屋の前でノーベルが立ち止まる。

 外見と同じように色褪せた木の扉。少し押せば壊れてしまいそうな扉のノブにノーベルが手をかけると、そのまま開く。

 中には人影が一つだけ存在している。


「まさか……貴方だったのですね。驚きました」

 宿屋にしてはベッドがない部屋。中央にテーブルと椅子だけあり、4つある椅子の一つに元老院の枢機卿が一人、ラニエ・ロ・エスター卿の姿があった。


「将来を嘱望されている若き枢機卿のエースに驚いてもらえるとは光栄だな。来た甲斐があったようだ」

 そう言うと椅子から立ち上がる。天井も低く狭い部屋の中では一段と、2m近くあるエスター卿の大きさを実感させられる。


「ご期待に添えるでしょうか。すでにレールの上から脱線した身です」

「ふ、それもそうだな」

 こんな状況だからこそなのか、エスター卿が口元に笑みを浮かべる姿を初めてみた。それくらい枢機卿としての彼は寡黙で静かなイメージだった。


「ジーニアスもエスター卿も、そんな固い話はなしだよ。ここはアセピレート大寺院でもないし。僕とジーニアスは追われる身なんだからさ」

「そうだな。いや、失礼」

「こちらこそ。それにしてもノーベル。もしやアルセントに入国する手段というのは?」

「そう。エスター卿の力を借りるのさ。手配はバッチリだよね?」

「もちろんだ。私が用意している馬車に貴殿らには乗ってもらう。もちろん私も一緒にだが。これで整理券をもらって待つ必要もない。貴族専用のトンネルを抜けることができる。それに教会の枢機卿であり、アルセントでも指折りの騎士の一族であるフラジリス家の親戚筋である私の馬車を止められる者はいないだろう」

 部屋で待っていた人物がエスター卿である時点で薄々気づいていたことだが、まさかエスター卿が国境を越える手助けをしてくるとは思わなかった。


「ありがとうございます。ですが……」

「なぜ私がお尋ね者である貴殿らに力を貸すのか。だろうか?」

「……えぇ」

 誰かに知られてしまえば共犯者のレッテルを張られてしまうデメリットこそあれ、エスター卿にとって助けることでのメリットはない。


「難しい質問だな。理由か……」

 考えるようにエスター卿は目を閉じる。


「しいていうなら新しい流れに乗ってみることにした。とでもいえばいいだろうか」

「新しい流れ?」

 思わず聞き返していた。


「貴殿も知っているとおり、私も決して枢機卿の中では古株ではない。どちらかといえば新参者だ。だからこそ古くからあるしがらみや慣習に疑問を持ちつつも、変わらないことへの苛立ちを覚えることもある」

「その中に私に味方する理由も含まれていると?」

「そういうことになる。枢機卿になったからこそ分かった。私は貴殿にかけてみたくなったのだ。それが分の悪い大博打だったとしても、教会を敵に回してしまうことになっても……だ」

「……でしたら、何もいいません。ただ一言、ありがとうございます」

「では私も一言だけ。どういたしまして」


「もー、また二人してよく分かんない話をしないでよ。それにエスター卿に話を持ち掛けたのは僕なんだから。僕にもお礼があってもいいと思うな」

 少し拗ねたようにノーベルは言う。


「もちろん。貴方にも感謝してますよノーベル」

「そ、ならいいけど」

 返事とは裏腹に、意外と嬉しそうに見えた。


「ゴホン。それでアルセントに向かう段取りだが……」

「えー今日は疲れたし、ここでゆっくり一泊して。明日にするってのはどうかな?」

 エスター卿の言葉を遮り、駄々をこねる子供のように言う。もちろんノーベルである。


「すぐに向かうことはできますか?」

「え? 本気かい。ジーニアス」

「もちろんです。善は急げとも言いますし。私の勘が今日、出発することが良いと教えてくれています」

「えー……でも、エスター卿だって準備に時間がいるよね?」

 救いを求めるように視線をエスター卿に移す。


「心配無用だ。グランヴィッツ卿ならそういうと思っていた。すでにいつでも出発できるように手配は済ませてある」

「ありがとうございます。あと、今はジーニアスでお願いします」

「そうだったな。すまないジーニアス」

 訂正するようにエスター卿は言う。


「すまないじゃないよ。無理して今日行かなくてもいいだろ。ジーニアス、アルセントは逃げないよ」

「ワガママ言わないで下さい。ノーベルさん」

 納得していない様子のノーベルの肩に、後ろからリンが手を置く。気のせいか肩に置いた手に言葉と共に力が加えられているようにも見える。


「い、痛いよリンさん。わ、分かったよ。行きます、行きます」

「納得して頂ければよかった。では先に行きましょうか。ノーベルさん」

「え……ちょ、ちょっとー。ジ、ジーニアスー」

 救いを求めるように手を伸ばすノベールを、まるで荷物のように引きずったまま部屋を出ていくリン。真面目すぎるリンが上手くノーベルと馴染んでくれたことは嬉しいことだけど……。


「なかなか貴殿の“影”は優秀そうだな」

「えぇ、自慢の“影”です。それでは私達も急ぎましょう」

「そうだな」

 先に出て行った二人を追うように、私達も宿屋の部屋を出ると、もと来た道を戻る。宿屋の前にはエスター卿が手配してくれた馬車がすでに待っている。

 ボロボロな宿には似つかわしくない、枢機卿用の豪華な馬車であった。


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