第十一章 騎士の守る王国 (隠家)
…………………………… Cecil side story …………………………
アルセントとハイダルシアの国境の街セイグラムに向かい一歩一歩と歩を進めていく。
追われる身ということもあって、堂々と街道を歩いていくこともできない。つまり獣道のような雑木林の中を突き進んでいくしかない。
普通の道に比べて、もちろん足への負担は大きく、リンに支えられながら後を歩くカッセル卿ことノーベルの息遣いも、耳に聞こえてくる程に荒くなっていた。
「はぁはぁ……はぁ。ちょっちょっとグランヴィッツ卿……いいかな?」
「ジーニアスですよ。ノーベル」
「ごめんごめん。それでジーニアス、ちょっといいかな?」
「どうしました?」
「少し休もうよ? もう足がクタクタだよ」
そう言ってノーベルは、ちょうどいい高さの切り株を見つけると体重を預けるように腰掛けた。
「またですか? 10分前にも休んだはずですけど」
怪訝そうな顔つきでリンは言う。
確かにリンの言う通り、いくら歩いている道が整備された街道ではないとはいっても休むタイミングが早すぎる。
枢機卿の時は馬車移動、裏の顔の時は古本屋から一歩も動かなかったせいで、よほど体が鈍っているのだろう。これでもノーベルにあわせてスピードを抑えていたのだけれども、あまり意味はなかったようだ。木々の隙間から見える太陽も、徐々に傾き始めている。急がなければ日が明るい内にセイグラムに着くことも難しくなってしまう。
「しかたがありません。置いていきましょう」
「リン。冗談でもそんなことを言ってはいけないよ」
「も、申し訳ありません。しかし、このままのスピードでは……」
先程の私と同じように空を見上げる。きっと同じように時間を気にしてくれているのだろう。
「置いて行かれるわけにもいかないから、やっぱり僕も頑張るよ」
よっぽどリンの冗談……もしくは脅しが効いたのか。ノーベルは慌てて立ち上がる。
「でも、本当に足はもうパンパンなんだ。まだ国境の街にはつかないの?」
「もうすぐですよ。もうかなり来たと思います」
雑木林の中を歩いているため、正確な位置までは把握しきれないが、間違いなくすぐそこまでは来ていた。
「その言葉信じるからね」
「もちろんです」
再び歩を進めた私達は、予定通り日が落ちる前に国境の街セイグラムにたどりつくことができた。
「はぁ……やっと着いたね」
「お疲れ様です。いい運動になったのではないですか?」
「やめてよジーニアス。それ嫌味?」
「冗談です。さて、ここまで来たのはいいですが、これからどうするかですね」
入国するためのトンネルと管理室は二つある。枢機卿の立場であれば貴族用のトンネルに並ばずにさっと行けるのだが。
「さすがに追われる身の枢機卿二人がバレずに身元を偽って入国ができるとは思えないですね。かといって山脈を登っていくなんてことは無理ですし。うーん、どうしたものか?」
「夜間に忍びこみますか?」
周りの目を気にしながら、小声でリンは言う。
「リン達のように優秀な“影”であればそれもできそうだけど……私とノーベルもいるからね。少し厳しいかな」
「……では?」
「うーん……」
ここまで来ておきながら上手い方法がまだ見つかっていなかった。
「ふふふ。悩んでいるようだね。それなら僕にまかせておきたまえ」
先ほどまでの疲れ果てた様子とは打って変わり、腰に手を当てて自慢げにノーベルは言う。
「何かいい案があるのですか?」
「もちろんさ。だけどその前に宿に向かおう。どこかで座って休みたいよ。もうクタクタさ。話はそこでしよう」
そう言い終わると、有無を言わさず人ごみをかき分けて進んでいく。宿のアテでもあるのだろうか? 見失うわけにはいかないし、とりあえずは着いていくしかないだろう。
「大丈夫でしょうか?」
リンは不安げに、意気揚々と前を歩く背中を見つめる。
「ここはノーベルを信じよう」
迷った様子もなく路地を抜けていくノーベル。セイグラムの街に詳しいのだろうか。地図もなく入り組んだ道を進んでいく。
「ここなんていいね」
立ち止まったのは廃墟のような建物の前。
「ずいぶんボロボロですけど……まさかここが宿ですか?」
「そうだよ。なにか不満でもある。リンさん」
「不満だらけです。こんなあばら家にセシ……ゴホン。ジーニアスさんを泊まらせるわけにはいきません」
「私なら構わないよ。リン」
「ですが……」
「いいから気にしないで」
「……でも」
有難いことだけど、私のこととなると少しリンは頑固になってしまうところがある。
「まぁまぁ落ち着いて二人とも。確かに見た目はボロボロに見えるけど、これはこれで僕は趣があって好きだけどな」
「趣なんてありません」
リンが食い気味に即答する。
矛先はノーベルに向けられてしまったようだ。
「そうかな……と、とにかくここじゃなきゃ駄目なんだ」
今にも外れそうに歪んだ扉を押し開いてノーベルは宿屋の中に入っていく。
中から出迎える声もない。受付のようなテーブルの横で座る老人は目を閉じたままうつむいている。これは寝ているのではないだろうか。
「こんにちは」
ノーベルの声に気づいたように、老人は右目だけ開ける。黒目がじっとノーベルの顔を見つめた後、小さくボソッと「2階の奥だ」と呟くと、再び目を閉じた。
「ありがとう。さぁほらほら行くよ」
礼を言うと、ノーベルは受付奥にある階段を上っていく。
「ノーベル。やはり誰かと待ち合わせをしていますね」
「さすがはジーニアス。鋭いね」
街についてからの様子や、あえてボロボロの宿にどうしても向かうところから想像すれば、なんとなく予想はできた。
「誰ですか?」
「それは会ってからのお楽しみ」
悪戯っ子のような笑みに、悪い予感はしない。
ならばここは素直に、ノーベルことカッセル卿のお手並み拝見としようではないか。




