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第十章 岸壁の上の要塞(封鎖)


「初めて会った時からビビッときたっていうか……なんだろうな、運命を感じたんだ。俺はこの人と結婚するんだって」

 料理が運ばれてきても、気にした素振りもなくジェイドさんは熱く語り続ける。話はすでに二人の出会いから結婚するまでに差し掛かっていた。


「今までの人生で感じたことのない感覚っていうか……なんて言えばいいんだろうな。分かってくれるだろ? そういう感覚ってないかお前も?」

「え……僕ですか?」

 急に話を振られて困ってしまう。目の前のミートスパゲッティに夢中で途中からあまり本気で話を聞いていなかったこともある。


「えー……っと……そうですね」

 出会った瞬間にビビッと……思わず言葉に詰まってしまう。そんな感覚に陥ったことあるかな……助けを求めるように横のルインさん達の姿を見た時、ピンとくるものがあった。僕と同じようにスパゲッティを夢中で食べるエイダ。

 思い出されるのはリレイドの港、木箱の中でオレンジまみれになって眠るエイダの姿だった。ありえない状況と、綺麗な白銀の髪をした美少女。ミスマッチな光景なのに、あの時の僕は目を背けることができなかった。

 きっと最初に見た瞬間、僕の心はジェイドさんが言うようにビビッときていたのかもしれない。

 思い出していると一気に顔が熱くなるのを感じる。


「おいおい。どうした少年? 顔が真っ赤だぞ。あーもしかして何か思い当たるんだな?」

「え、いえいえ。そんな……違いますよ」

 慌てて誤魔化しながら、グラスに入った水を飲み干した。これで少しは顔の熱も冷めてくれたらいいけど。


「照れるな照れるな。ビビッときたことあるなんて幸せなことだって。なぁ言えよ、教えてくれよ。一緒に恋バナで盛り上がろうぜ」

 顔の熱は冷めてきたように感じるけど、ジェイドさんの恋バナ熱は一向に覚める気配はなさそうだ。

 こうなっては別の話題に話を逸らすしかないだろう。


「そういえばエクセラさん達もアルセントに向かう途中ですか?」

 現在進行形でしゃべり続けるジェイドさんを完全に無視して、隣のエクセラさんに話しかける。


「えぇ、ちょうど……」

「そうなんだよ。新婚旅行も終わってアルセントの家に戻るところさ。ほら、ここに整理券だって持ってる」

 話し出したエクセラさんに被るように、後ろから追いかけるようにしてジェイドさんが一段階大きな声で追い越していく。最愛の奥さんを邪魔してでもしゃべっていたいようだこの人は。


「あっちの道は通してもらえないのか? その方が並ばなくてすむだろ」

 今まで黙っていたルインさんが尋ねる。あっちの道というのはきっと貴族専用トンネルのことだろう。ということは……ジェイドさんは貴族ってことになる。この人が貴族? 本当だろうか?


「ほぉ詳しいな兄ちゃん。ルインっていったか。スペクトルって名前で俺が貴族と分かるなんて通だね」

「謙遜するなよ。スペクトル家といえばアルセント建国の時代から王家に仕える歴史のある名家じゃないか。アルセントの人間じゃなくても知ってる奴は知ってるよ」

 どうやら本当にジェイドさんは貴族みたいだ。それも有名な家らしい。少しも見えないけど。


「お褒めの言葉ありがとな。ただ現実は世知辛いねー」

「世知辛いとは?」

 思わず僕は聞き返していた。


「いくら歴史はあっても飯は食えねぇってことだ。うちの家は確かに歴史と伝統がある名家だ。でもそれは表向きだけ。実際は貴族としての対面を保つだけで精一杯な極貧一家ってわけだ。その証拠に息子が新婚旅行に行くっていうのに馬車一台使えないありさまだ。これでも貴族って言えるか? だから貴族専用の道は通れず、普通の道を通るために整理券を持ってるわけ。理解できたか兄ちゃん」

「そうだったんだな。悪い、スペクトル家の内情までは知らなかったよ」

「謝らないでくれ。それにまぁ俺はもともとこっちの方が好きだからいいんだよ。どうせ俺は貴族といっても家を継ぐ予定のない三男坊だ。三男坊は三男坊なりに自由にやるさ。だから何も気にせずマイワイフと結婚することもできたしな」

 そう言うと、隣に座るエクセラさんの方に腕を回す。

 笑って顔を寄せ合う二人は、なんだか最初に会った時よりもお似合いに見えた。


「そう言えばリオン達もアルセントに行くんだろ?」

「はい。整理券も持ってます」

「のんびり観光ってわけでもなさそうだし、何しにいくんだ?」

 ジェイドさんの何気ない一言に思わず固まってしまう。意図的に聞いているわけではないだろうけど、話していいものか迷ってしまう。悪い人ではなさそうだけど……。


「アルセントを経由してエルルインに行こうと思うんだ」

 迷っている僕を助けるようにルインさんが説明する。おそらくエイダの素性は隠しつつ、目的地の場所は話しても大丈夫と判断したのだろう。


「エルルイン? なるほど……それでアルセントに。確かエルルインに行くには陸路でアルセントを経由するしかないもんな。それにしても物好きだなお前ら。わざわざエルルインなんかに行くなんて」

「ジェイドさんは行かれたことがあるんですか?」

 なんとなく知っていそうな話ぶりである。


「いや、ない」

「あ、ないんですか……」

 変に期待させておきながら、答えは呆気ないものであった。


「ないというよりも……行けないというのが正解かな。なぁエクセラ?」

「えぇ、アルセントに住んでいる人でも、エルルインに行ったことがある人はかなり少ないわ。それにエルルインから来たって人も聞かないし」

「道はあるんですよね?」

「ここと同じように国境にトンネルがあるといえば……あるんだけど。完全に王家の管轄地になってるんだ。一般の人間は近寄ることすらできない。あそこを通るには国王の命令か、御三家レベルの貴族からお願いでもしないかぎり無理だな。つまり俺達のような下級貴族や一般市民には手も足も出ない場所ってことだ」

「そんな……」

「まぁ落ち込むな。過去に通った奴もいるらしいから。お前らにも0.1%くらいは可能性があるかもな」

 そう言って人の気も知らないで豪快に笑うジェイドさん。0.1%って……ほとんど可能性がないでないか。


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