第二章 旅の始まりと少年の初恋 (発見)
「どれくらい歩くんだ?」
「もうすぐだよ。十分、二十分くらいかな」
ルインさんの問いかけにヨンは振り返って言う。
「けっこうあるだろ……」
はぁーっと大きくため息を付きながら登ってきた道を振り返る。
クライストの町を出発してからどれくらいの時間がたったのだろうか。見下ろす町はずいぶん小さくなっている。
山育ちのヨンにとってはすぐの距離でも、山歩きに慣れてない僕らには過酷な道である。タダという言葉にまんまと釣られてしまった。
「こんなことなら素直に宿に泊まっておけばよかったな……」
三人の気持ちを代弁したかのようなルインさんのぼやきも後の祭りである。
ちなみに三人というのはエイダを除いているわけで、あんなに白くて華奢な体つきのはずのエイダは、ピッタリと横に張り付いて話続けるヨンに相槌を打ちながら、ケロッとした顔で斜面を登っていた。
これも灯り師の特殊能力だろうか? 一瞬疑いたくなってしまう。
明るかった空も次第に日が沈み始め、夕焼けに染まっていく。
そんなに登ったつもりはなかったけど、気のせいか少し風が冷たく感じ始めていた。
「ほら、見えてきたよ。ハイムの村が」
そう言ってヨンは嬉しそうに駆けだす。あれだけ歩いてどこにまだそんな力が残っているのだろうか。山育ち恐るべしだ。
ヨンの後を追うように小高い丘を登ると、暗闇の中でほのかに光る点がいくつか浮かび上がっている。一つ一つが家の明かりなのだろう。
「ただいま」
小さな木造の家の前で立ち止まると、ドアを開けて入っていく。開いた隙間からは暖かな光が漏れ出してくる。遠くから見えていた光は、室内のロウソクの火であった。
「おかえり。おや、お客さんかい?」
ニコッとした気持ちのいい笑顔で女性が迎えてくれる。おそらくこの人がヨンの母親なのだろう。一目で優しそうな雰囲気が伝わってくる。
「うん。エイダと……えーとその友達。あれ? 名前聞いてなかった」
「この子ったら。みなさん、さぁ上がっとくれ」
ヨンの母親に迎えられ、家の中へ上がっていく。
中心にある囲炉裏の炎が部屋全体を明るく暖めている。外で冷えた体も心も溶かしてくれるかのようだ。
囲炉裏の反対側にかまどが見えるので、あそこで料理を作るのだろう。外から見ると小さな木造の家に見えたけど、奥には3つのドアが見えることから、意外と中は広く、部屋も多いのかもしれない。そんな風に家の中を見ていると、お盆にカップを乗せた母親がやってきた。
「外は寒かったでしょ。この時期でもこの辺は夜になると肌寒いからね。こんなものしかないけど飲んでちょうだい」
置かれたカップからは白い湯気がたち、甘いフルーツの香りが鼻に吸い込まれていく。
「……おいしい」
小さくエイダは呟く。落とさないようにカップを両手で可愛らしく持っている。
「そうかい。口に合ってよかったよ。そういえば自己紹介がまだだったね。私はステラ、この子の母親さ。何もない辺ぴな田舎町だけどよく来てくれたね」
ステラさんにならってこちらも簡単に自己紹介と、エルルインを目指して旅をしていることを説明した。ついでに町でのヨンとの出会いについても。
「コラ。食い逃げなんてする子に育てた覚えはないよ。私は」
「おいら、食い逃げなんてしてないよ」
「でも、お金を払わなかったんだろ」
「それは……そうだけど」
「いつも言ってるでしょ。食べたらキチンとお金を払わないと駄目だって。どんな理由があるにしても逃げるのが一番駄目だって」
「……うん。ごめんよ。かーちゃん」
俯いて素直に謝るヨンの姿を見て驚かされる。町で会った時の印象とは大違いである。やはり母親というものは怖いのだろう。
「すまないね。この子おっちょこちょいで、後先考えずに行動しちゃうから」
「かーちゃんやめてくれよ」
嫌がるヨンの髪をステラさんはクシャクシャに撫でる。
「あら、いっちょまえに恥ずかしがったりして」
「もう母ちゃんやめてよ」
止めてというヨンの顔は、言葉とは裏腹に楽しそうで、とてもいい笑顔をしている。親子とはこんなものだろうか? 物心ついたころから孤児院で育った僕は母親の顔を知らない。母親代わりをしてくれたシスターや村のおばちゃん達はいたけど、子供ながらに普通と違うことだけはなんとなく分かっていた。母親ってあんなものなのだろうか? 分からないけど……目の前のヨンの姿が、少しだけ羨ましく思えた。
「ねぇ、エイダ」
ステラさんの手から逃げたヨンはエイダの傍に駆け寄る。
「……何?」
囲炉裏の淵にカップを置くと、エイダは首をかしげる。気を許したのか髪を隠すための帽子も脱いでいた。
「おいらの部屋に来てよ。すごいもの見せてあげる」
「……うん」
頷いたエイダの手を握ると、ヨンは一番奥にあるドアを開けていく。どうやらあの先にヨンの部屋があるのだろう。
立ち上がったエイダの長い白銀の髪は囲炉裏の炎に照らされてダイヤモンドのように輝いていた。
「あらあらすっかりエイダちゃんに懐いて、惚れちゃったのかしら。でも確かにこの世のものとは思えないほど綺麗だね。あの子の目と髪は、都会にはあんな子が多いのかねー?」
感心したように言うステラさんの言葉に、内心僕はヒヤヒヤしていたし、きっと横に座る二人も同じ気持ちだと思った。
---------------------------------------ヨンの部屋---------------------------------------
「そこらへんに座って」
勧められるまま手編みのシーツを被ったベッドにエイダは腰掛ける。
「たしか……この辺に置いてたよな」
小さな部屋の中にはベッドと3つの戸棚があるだけ、ただし戸棚にはこれ見よがしにガラクタと言いたくなるような石や木の棒、謎のコインなど、ところせましに置かれていた。
「あ、あったあった。これ見てよ」
そう言ってヨンは戸棚の奥からから小さな透き通る石を取り出す。
「……キレイ……」
壁に掛けられたロウソクの光を吸収するように石は輝く。
「だろ、宝物なんだ。昔父さんがくれたんだよ。なんでもクリスタルとかいうみたいで、今でもほとんど取れないんだってさ」
「お父さんが?」
「そう、もう死んじゃったけど……」
「……悲しい?」
「悲しいけど……おいらは男だから、かーちゃん達のためにも頑張るって決めたんだ」
「……そう」
「エイダはどうして旅してんだ?」
「……仲間を探してるの……」
「仲間? リオンたちのこと?」
「違う、リオン達は……仲間だけど違う」
「そっか、見つかるといいな」
「……うん……」
そう言って頷くエイダの目には、ヨンの持つクリスタルの光が、色濃く照らされていた。
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瞼の隙間から光が射し込み始めると、脳内を活発に血が動き回る。重たい瞼をこじ開けるとカーテンの隙間から朝日が差し込んでいた。もう朝なのだろう。確か昨日はヨンの家にやってきて夜通し話し込んで、寝るのが遅くなっていた。再び重くなる瞼、睡魔が僕を手招きしてくる。今が夢と現実の狭間でウトウトしている幸せな時間である。
「起きろー。寝ぼすけ」
「う……」
幸せな時間をぶち壊すようにお腹に鈍い衝撃が走る。夢? いや、夢にしては随分リアリティがあるし、なにより衝撃を受けたお腹が重たい。まるで何かが馬乗りになっているかのようだ。
「さっさと起きろー」
再び鈍い衝撃が走る。
「なんだ、なんだ?」
飛び起きると、お腹の上には楽しそうに笑う子供の姿があった。
僕と目が合うこと約1秒、二カッと笑うとお腹の上でさらに子供は楽しそうに飛び跳ねる。
「ちょっと待って。い、痛いから、えーっと誰?」
「おいらはイルだよ」
イルと名乗る少年は、人のお腹の上でまた飛び跳ねだした。
「ちょっと待って痛いから……イル、ストップ」
イルをどけて起き上がると、今度は僕の周りで手を羽のようにバタバタさせながら周り始める。意味不明な光景だ。朝から元気ありすぎだろう。僕が呆れていると、部屋のドアが開いた。
「お、リオン起きたか」
そう言って、部屋に入ってきたルインさん。
横には、ルインさんの服の裾を握った女の子の姿があった。
「おはようございます。あの、この子は?」
未だに僕の周りを飛び跳ねているイルを指差して言った。
「ヨンの弟だってさ。で、この子が妹のアンちゃん」
紹介されるとアンと呼ばれた女の子はペコリと頭を下げた。
なるほど、言われてみれば確かに二人ともどこかヨンと似ている。特にイルは元気いっぱいなところがヨンにそっくりである。
飛び跳ねているイルを退かすとルインさん達の後についていく。
囲炉裏の間にはステラさんが朝ご飯を作っている途中のようで、美味しそうな匂いが部屋全体に充満していた。
「おはよう。よく眠れたかい」
「はい。ぐっすり、でも……寝起きはビックリしました」
寝ぼけているのもあるけど、一瞬、屋根を突き破って隕石でも落ちてきたのかと勘違いしてしまうくらいの衝撃だった。
「おやおや、ごめんよ。うちの子は元気が有り余ってるから、ほら謝りな」
料理をテーブルに並べながらステラさんが注意すると、僕の前にイルと、なぜかアンも一緒に正座して座る。
なんだか小さな子をいじめているようで、逆に罪悪感する。
「ごめんなさい……なんていうもんかー」
「いうもんかー」
二人して飛び上がると、僕を周りを「いうもんかー」と叫びながら、そのまま二人は楽しそうに外へ逃げていった。
全く反省なんかしていないようだ。
「コラ二人とも。もう、ごめんよ」
「いえ……そんな怒らないであげてください。子供のしたことですから。それに……それになんだか孤児院に居た頃を思い出して、ちょっとうれしかったですから」
孤児院にいたころは、たくさんいた弟や妹達に悪戯されるのには慣れていた。
「そうかい、ならお詫びにおいしい朝ご飯作ったから、たくさん食べとくれ」
気が付けば目の前にはたくさんおいしそうな料理が並んでいた。
「田舎っぽい料理だから口に合えばいいけど」
「いえ、すごくおいしいです」
「そうかい。たくさんあるからいっぱい食べとくれよ」
「ありがとうございます」
お世辞抜きでステラさんの料理もどれもおいしかった。
「あれ? ルインさんは食べないんですか?」
横に座ってお茶を飲むルインさんに尋ねる。
「あぁ、俺はもう先に食ったからな。それより朝ご飯食べたら行くか?」
「行くってどこにですか?」
「一宿一飯の恩返しだよ。それにお前にとってもうれしいことだと思うぞ」
「うれしいこと?」
さらにチンプンカンプンだ。
何も知らされないまま、朝ご飯を食べ終わるとルインさんに連れられるまま家を後にする。どこに向かうのだろうか? 僕とルインさんが歩く前を、道案内とばかりに手をつないで歩くイルとアンの姿もある。
「そういえばエイダはどこにいるんですか?」
起きてからまだ、エイダの姿を見ていなかった。
「エイダなら、ヨンやマリアと一緒に先に行ってる」
「そうですか……」
「なんだ? ヨンとエイダが一緒で落ち込んでるのか?」
「そ、そんなことは……ないですけど」
昨日からやけにヨンがエイダに懐いているには分かっていた。でも、だからといって僕がどうこうできることでもない。
「妬くなよ。リオン」
「別に妬いてませんよ」
「そうか、ふーん」
僕の反応が面白いのか、ルインさんは終始楽しそうに笑っている。
別に妬いてなんて……妬いてなんていないと思うけど……おもしろくなかった。もしかしたらこれが妬いてるってことなのだろうか……。
「人生の先輩から忠告してやろう。クールなのもいいけど、あんまり消極的なのはよくないぞ。時にはヨンくらいの積極性が必要だな。二人もそう思うだろ?」
「うん、ヨン兄ちゃんはエイダ姉ちゃんにベタベタだから」
「ベタベタ、ベタベタ、ベタベタ」
「ベタベタ、ベタベタ」
手を伸ばして走りながらイルとアンはおもちゃのようにべたべたと楽しそうに復唱し始める。
「ベタベタはいいから、まだ着かないの?」
「もうすぐだよ」
イルの言う通り徐々に開けた場所に出てくる。
目の前には小高い丘が見え、その先に見える斜面一面が果樹園のように実のなった木々が生い茂っていた。
「あの、ルインさん。あれってもしかして?」
「そうだよ、植物好きなお前が喜ぶものだ」
「すごい、リンゴが樹になっているところを初めて見ました」
リレイドの街は海も近く、港に送られてくるリンゴを食べる機会があっても、潮風や、気候のせいでリンゴの木を育てている農家はいなかった。
「おーい、イル、アン」
遠くから、二人を呼ぶヨンの声が聞こえてくる。
「兄ちゃーん」
手を振っているヨンの元へイルとアンは走っていく。
ヨンの横にはエイダとマリアさんの姿もあった。
走り回る二人の後を、僕を追いかける。
「ほら、リオン。これがうちのリンゴだよ」
そう言って、ヨンは木から真っ赤に染まったリンゴをもぎ取る。
「すごい。本物のリンゴの木だ」
「え?」
リンゴを持ったままヨンの顔が固まる。
僕としてはリンゴなら見たことも食べたことだってある。それよりリンゴがどうやって実際に生っているかの方が気になる。
「リオンって……変わってるな」
「そう? ぼくは普通だと思うけど。あ、あの葉っぱ貰っていい? いや、こっちの幹の皮がいいな」
「……リオン。楽しそう……」
エイダが駆け寄ってくる。
「うん、楽しいよ、エイダが昨日、行きたいって言ってくれてよかった」
夢中でリンゴの木を調べていると、遠くから何か聞こえたような気がした。
それは徐々に近づいてくるように。
「また来やがったか、ドンチ達め」
収穫作業を止めて、ヨンが砂煙が立つ方向を凝視する。
徐々に砂煙は大きく近づいてきて、その正体が馬の集団だということが分かってくる。
馬には動物の毛皮を纏った男達が乗っている。カッコいいと思っているのか、ところどころに骨で作ったアクセサリーを巻き付けている。
馬に乗った男達の集団は、果樹園傍までくるとスピードを緩め、一直線にヨンの前で手綱を引いて止まった。
「よぉヨン。またのんきにリンゴ作ってるのか?」
集団の先頭にいる、みるからに柄の悪そうな男は言った。この男がどうやらリーダーで、ドンチという男のようだ。
「お前らには関係ないだろ?」
「そうだー、そうだー」
ヨンの後に、イルとアンがやまびこのように続けて言う。
「うるさい」
男が叫ぶと、イルとアンはエイダとマリアさんの後ろにスッと隠れる。
「いちいちうるさいガキだな。まぁいい、今日こそはこの土地を出てってもらおうか」
「ふざけるな、誰がでていくか。ここは昔からおいら達のものだぞ」
「そんなんことはもう関係ねぇーよ。人がせっかく優しく話し合いをしてやってるのによー、野郎どもやっちまえ」
「がってんだー」
ドンチの号令に、子分達は馬に乗ったままリンゴの実をムチで落とし始めた。
「やめろ。せっかく実ったのに……」
「アハハハ、やめて欲しかったら出てけ、この土地を置いて出てけ、ひゃははは」
リンゴの実が落ちていく様子を、ドンチは楽しそうに笑っている。
「ふざけるな」
ヨンは必死に樹を守ろうと走りまわる、ただ、馬のスピードと人数の多さに、みるみるうちにリンゴの木は丸裸にされていく。
「はぁー……どこにでも、駄目なやつらはいるな」
男の言動を見ながら、ルインさんは呟く。
「あん、そこの兄ちゃん、なんか言ったか?」
「いや、ただどこにでもゴミみたいな奴らがいるなって」
「おい、それは俺たちのことを言ってんのか?」
「そう言ってるんだが、耳まで悪いのか?」
挑発するようにルインさんは言う。
「なんだと、やっちまえ野郎ども」
怒りで顔を真っ赤にしたドンチが叫ぶと、子分達は勢いよくルインさんへと向かって突撃していく。リンゴを叩き落とした鞭を器用に回しながら。
「はぁ……しょうがないか」
突っ込んでくる子分たちを見ながら、面倒そうにルインさんは頭を掻く。
「私もお手伝いしましょうか?」
「いやいいよ。マリアはみんなを下がらせておいて」
「はい、分かりました」
子分達の乗る馬の動きを見ながら、ルインさんは足で落ちている木の棒をすくい上げると、片手で1回、2回と練習のように振り下ろす。
「そんな武器で戦えるのか」
一人の子分が鞭をルインさんに目掛けてしならせると、それを紙一重で避けると、行き場をなくした鞭を木の棒に絡めて勢いよく引っ張ると、馬の上から子分がバランスを崩して落下。
続けざまに詰め寄る子分二人の振り回す武器を華麗にかわしながら、馬に乗っている子分たちを一人ずつなぎ倒していった。
「こんなところかな……」
数分後には、肩を木の棒でポンポンと叩いているルインさんの横には、悶絶して倒れる子分達の山ができていた。
「な、何をやってるんだ、一人相手に」
倒れている子分たちにドンチは怒鳴り散らす。
「すいやせん兄貴、でもこいつ強いっス」
フラフラになりながら子分達は起き上がる。
「お前も、相手してやろうか?」
さらに挑発するように、怒鳴り散らすドンチにゆっくりと近づいていく。
ルインさんから出ている気迫にドンチもたじろいで、後ずさりしている。
これではどっちが襲ってきたかわからないくらいだ。
「お、おぼえてろ」
定番の捨て台詞を吐くと、ドンチは子分を残したまま馬に乗って一目散に逃げていった。
それを見た子分達も急いで馬に乗ると、後を追って逃げていく。
「バーカ。二度と来るな」
逃げていく男たちにヨンは石を投げながら叫ぶ。
「くるなー」
「くるなー」
イルとアンもヨンに習って逃げていく男達に向かって叫んでいた。
「ルインは強いんだな」
ひととおり叫び終わると、感心しながらヨンは言う。
その目には羨望の眼差しが込められていた。
「まぁな、でもあいつらは何もんだ?」
「うん。それは……とりあえずうちに帰ろう、話はその後で」
そう言うとヨンはイルとアンを連れて家に向かって歩き出した。
ヨンの心を表すかのように、背後にある果樹園のリンゴは無残に地面の上に落ちていた。
家に戻ると、心配そうにステラさんが外に出て待っていた。
どうやらドンチ達の襲撃を見ていた周りの農家さん達から話を聞いて心配してくれていたようだ。
「大丈夫だった?」
「ルインのおかげで大丈夫だったよ」
「そうかい。ありがとね、あんた達も」
「そんなことはいいですけど……エイダとマリアはちょっとイルとアンと一緒に外で遊んでおいてくれないか」
マリアさんにそっと目配せしながらルインさんは言う。
「分かりました」
マリアさんは一度頷くと、子供達とエイダを連れて家の前にある広場のほうに向かって行った。
「あの、こんな事を聞くのはなんですが、あの集団は何ですか?」
部屋に入ると、黙っているステラさんとヨンに尋ねてみた。
「それは……」
ステラさんは言いあぐねたように俯く。
きっと僕らを巻き込まないために黙っているのだろう。ステラさんの優しさを昨日今日だけでも感じているので、なんとなくそう思えた。
「俺たちのことは気にせず教えて下さい」
僕と同じように感じていたのか、二人を気遣うようにルインさんは言った。
「父ちゃんは……あいつらに殺されたようなもんなんだ」
「ヨン、おやめ」
「だってそうだろ。あの男達が来たせいで全部メチャクチャになっていく。偉そうにしてたのがドンチっていって、子分のボンチたちを使ってこの変の土地を巻き上げようとしてるんだ」
「そんな……でも何のために?」
「詳しくわかんないけど、あそこの土地を使って大きな建物を建てるだってさ」
それでヨンたちを追い出したのか……それにしてもあんな斜面に奴らは何を立てる気なのだろうか? それとも別の目的でも……。
「そんな強引なこと警備隊に訴えたら」
「ハイダルシアの警備隊は何もしてくれないよ。こんな田舎の村がどうなってもいいと思ってるんだ」
そういえばリレイドの警備隊も何もしてくれなかったことを思いだす。
「このままだと村のみんなは嫌がらせに疲れて、リンゴ作りを止めていくだけさ」
「お父さんが殺されたっていうのは?」
「父ちゃんは一人でも立ち向かったけど、毎晩の見張りや、住民の説得に疲れ、心労で死んじゃったよ」
父親の話をするヨンの目からは悔し涙が流れていた。
「そうだったのか……」
涙ぐむヨンをステラさんはそっと抱き寄せる。
「なんだか表が騒がしいな」
「まさか」
嫌な予感がして表に飛び出ると、そこにはエイダとイルを抱えた先程の男達、ドンチとボンチの姿があった。
「離せよー」
ボンチの腕の中で、必死にイルは逃げ出そうと暴れる。
「このガキ、静かにしてろ」
腰袋から白い布を取り出すと丸めてイルの口の中に詰め込んでいく。
「うーうーうー」
上手くしゃべれないのか縛られた手足だけ悔しそうにバタつかせる。
エイダ無事だろうか? 横を見るとドンチの馬に乗せられたエイダは気を失っているのか、目瞑ったまま動く様子がない。
「お前ら、二人をどうするつもりだ?」
「ふん、ガキと譲ちゃんは預かるからな。返して欲しければ、さっさと土地を開け放すんだな、ハハハハ」
そう言い放つとドンチとボンチは高笑いしながら馬を走らせ、逃げていった。
「すいません。私がついていながら……二人を……」
申し訳なさそうにマリアさんは言う。
その横には連れ去られずにすんだアンの姿があった。
さすがのマリアさんも一人ではアンを守るだけで精一杯なはず、というか僕なら誰一人守れなかったかもしれない。それにくらべたらアンだけでも守ったことは大手柄だ。
「マリア、きみのせいじゃないよ」
ルインさんも慰めるようにマリアさんの肩に手を置く。
「しかし二人を助けに行かなと」
「ぼくは行く」
「おいらだって」
エイダが攫われたのにじっとなんかしていられなかった。それもあんな奴らにつかまっている。
「まぁ落ち着け」
焦っている二人を落ち着かせるように、ルインさんは引き留める。
「ですけど?」
「行くってどこにやつらの隠れ家があるか知っているのか?」
「それは……」
ルインさんの言う通りである。気持ちだけが先走っていた。
「おいら知ってるよ」
横からヨンは自信満々に言う。
「本当に?」
「嘘なんかつくもんか」
「なら、ヨンに道案内をお願いしましょう」
「じゃあ今すぐ」
「今は駄目だ。とりあえず一旦落ち着け」
「……わかりました」
エイダは大丈夫だろうか? 今にでも飛び出したい気持ちじっと耐えることしかできなかった。