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第九章 追う者と追われる者 (知識)


 民家の数も少なくなった町外れに、目的の建物はあった。他の民家に比べ遥かに大きな屋根は、土台となる家自体の大きさも物語っているかのようだった。それと同時に、開いたままのドアから見える、不規則に詰め込まれた本や傾いた本棚の様子から、湖で出会った女性たちがゴミ屋敷と呼んでいた理由も、なんとなく分かった気がした。

 古本屋の中には窓がないのだろう。入口から差し込む光以外には屋根の隙間を縫うように本を照らす小さな点のような光だけだった。


「ここ……ですよね?」

 少し嫌悪感をおびた様子のリンが尋ねてくる。予想していた古本屋とのギャップが大きかったのだろう。店主の素性が枢機卿としっているだけにそれも分かるような気がする。枢機卿がオーナーの古本屋……響きだけであれば聞こえはとてもいい。


「間違いないね。それにきっとカッセル卿もお待ちかねさ」

 散らばった本を踏まないように、店内に一歩足を踏み入れると「ようこそ、セシル・フォン・グランヴィッツ卿」と本の山の向こうから呼びかける声が聞こえた。その声はどことなく聞き覚えのある声であった。


「お久しぶりです。オットー・ア・カッセル卿」

「こんなところまでやってくるなんて物好きだね。グランヴィッツ卿は」

 本棚の影から姿を現したのは、ぼさぼさの髪にヒビの入った眼鏡を掛けたカッセル卿らしき人、よく考えてみれば同じ枢機卿とはいえ真正面からしっかりとカッセル卿の姿を見るのは初めてに近かった。それでも目の前の人物がカッセル卿であると確信がもてるのは、ボロボロな装いの奥に隠れている枢機卿同士だから感じることのできる匂いと、声のおかげである。


「探し物がありまして」

「お尋ね者が、探し物かい?」

 冗談にも聞こえる言葉に、一瞬空気がピリッと張り詰める。


「やはりご存じでしたか?」

「こんな田舎町でも新聞はくるさ。それに僕独自の調査だってしているよ。これでも一応は枢機卿だからね」

「“影”……ですか。では誰がドゥーブル卿を襲ったのかご存じでは?」

「さぁそれは残念ながら分からないよ」

 両手を上げて降参するかのように言う。


「誰がドゥーブル卿を襲ったのか……そしてドゥーブル卿が生きているのか? こればかりは僕にも分からない。でも君たちが無実の罪で追われていることだけは分かっているよ。だからこそ、こうして面と向かって会っている。君たちが犯人なら、怖くて僕は隠れているよ」

「……そのようですね」

 ドゥーブル卿の事が分からなくても、自分達の無実を理解してくれているだけでありがたいことだ。


「本題に入りますが、ここに灯り師に関する本、正確には灯り師の持つ血の秘密についての本があるはずですが?」

「よく知っているね。なるほど……マクベス様の入れ知恵だね」

 何かを察したかのようにカッセル卿は言う。ひび割れた眼鏡の奥の目は真っ直ぐ私を射貫くかのように見つめてくる。


「どうしてそう思われるのですか?」

「簡単なことだよ。君の欲している本の元々の持ち主はマクベス様だからね」

「マクベス殿の? どういうことですか?」

「そのままさ。マクベス様から頂いた本をここに並べていただけ。というよりもここにある本のほとんどはマクベス様から頂いたものばかり。つまり簡単に言うと、この古本屋は彼の一族が所有する本を保管している場所ということになるね」

 彼の一族……つまり教会にとってもっとも尊いマクベスの系譜だ。


「カッセル卿とマクベス殿が、そこまで親しい間柄だったとは知りませんでした」

 一族の大切な書物を預けられる相手に選ばれている時点で、親しいを通りこしているような気もする。


「実は……そうでもないんだ」

「そうでもない?」

「うん、教会本部でもほとんど話したことはないかな。マクベス様はいつもマリー・ルク・セブルス卿と一緒だからね。二人の時間を邪魔するほど無粋ではないよ。それなのに、ある時急に頼まれたのさ。古本屋をやっているなら、僕の本も預かってくれないかって。高貴な一族の人が考えることは分からないね」

「それには同感です」

 枢機卿になってみて私も同じことを感じたことがあるからだ。


「それで、私の探している本はここにあるのですか?」

 話が脱線してしまったが、目的の物は誰の物であれ、ここにあるはずの本である。


「あるよ。いや、正確にはあったよと言うべきかな」

 含みを持った言い方で、目的の本がここにないことは一目瞭然となった。


「あった……つまり今はないと?」

「そうだね。残念ながら少し前に売れてしまったよ」

「な? どうしてそんな大切な本を売ってしまったんですか? それもマクベス様からの預かりものなのに?」

 黙っていたリンがムッとしたように言う。ここまで旅してきた理由がすでにないと分れば、誰でも少しはムッとしてしまうだろう。


「グランヴィッツ卿。君の“影”は素直だね」

「……ありがとうございます」

「素直なグランヴィッツ卿の“影”である君に、僕は逆に聞きたいな。ここは古本屋だよ。求める人に本を売るのが当たり前の場所さ。売らない理由はあるのかい?」

「それは……でも、預かり品では?」

「マクベス様からも本当に欲する人が来れば、僕の判断で与える許可は最初に貰っているよ。それに僕は本にも縁が存在していると思うんだ」

「縁……ですか?」

「人と人の出会いに目に見えない縁があるように、本を手に取る人にも本との縁があるはずさ、だからどんな大切な本でも、手に取って欲する人には与えるべきだと思うんだ。違うかな? グランヴィッツ卿」

「違うかどうかの判断は私にはできかねますが……考え方としては分かる気がします」

 共感できるだけにカッセル卿を攻める気もしないし、ないものを今さらどうこうできるわけもなかった。


「ただし、買った相手のことを教えないとは言わないよ」

「覚えているんですか?」

「こんな古本屋で本を買う人は多くないよ。それにもう、勘のいい君なら気づいているんじゃないかな。グランヴィッツ卿」

 察していることが嬉しいことのようにカッセル卿は言う。


「確証はありませんが……おそらく亡霊で間違いないかと」

「さすがだね。そう、今の本の持ち主はアルセントの亡霊貴族さ」

「感謝しますカッセル卿。貴方の言葉で新たな目的と、既存の目的が上手く重なりあいました」

「どういたしまして。行ってらっしゃいグランヴィッツ卿。さらなる君たちの旅に幸多からんことを願っているよ」


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